第14話 2本足の小屋の主
「何者だ、ここで何をしている!」
ヴィクトールが大声で問いかけるが、2つの黄金色の目はブレもせずにこちらを睨み続けていた。
「私の名前はヴィクトール・マルティネス。
サブテラニアン・シュタット王国の地上探検隊のリーダーだ。無礼を承知で尋ねるが貴公の名は何という!このような辺境で活動している国があるとは聞いていない、地上の者なのか!」
「リーダー、この人、私見たことがあります」
恐怖で上擦った声にヴィクトールと老婆がセージの方を振り向く。
「見たことがあるというよりも読んだことがあります、この人」
しわがれた声が返ってくる。
「ほぅ、言うてみな。ノコノコとやってきた挙句見ただの読んだだの抜かしおって」
「『鶏足の小屋に住むバーバ・ヤーガ』ですね。」
顔を青くしながらもキッパリと言い放ったセージに、老婆は顎を撫でながら目を細くした。
「小娘の癖によぅ知っておるわい。だがわしの名前を当てたところで貴様らの命は風前の灯なのには変わらんがな」
「ですが、あなたは物語や伝承だけの存在ではありませんか、なぜここに…」
「物語に伝承? フン、言わせておけばしゃあしゃあと喚きおって。だが強ち間違いでもないわな、バーバ・ヤーガという魔女は子供を怖がらせるおとぎ話だっただろうさ」
「では尚更、なぜここにいるのですか?彼女の…」
ヴィクトールがセージを庇いながらじりじりと後退りしたが、バーバ・ヤーガは恐ろしい勢いで小枝を投げつけてきた。小枝が柔らかい地面に音を立てて刺さる。
本当に逃がす気は無いようだ。
「バーバ・ヤーガ。貴方は人に試練を課すと聞いたことがある。我々にも試練を与えてくれないだろうか」
「フン、試練だと?まんまとわしを出し抜き逃げ出そうってのかい。
まずあんたらは子供でもない。
わしは賢い幼子には難問を与えるがあんたらは大人だ。何時ぞやぶりの人間であるからこうしてあんたらの前にいるだけだ。自らこの深い迷い森に出てきた者をわしが見逃すとでも?」
「この森に我々が出現したのは我々が自ら願ったことではない。恐ろしい偶然が生んだ副産物だ」
ヴィクトールは迷いもなく真っ向から対立すると、魔女は木の上から顔を近づけ問い詰めた。
「では、もしわしがあんたらに試練を課したとしてわしには何が得となる?あんたらには得が生まれるだろうがわしには何もあるまい」
「では貴方は何を望む?」
「なかなかに強気な態度だ。そのような態度を取る者は随分と久しいぞ」
ヴィクトールの真剣な表情に対し、魔女はケタケタと笑った。
「そうさな、ではあんたらが試練に参加しない、或いは負けたとしたときは問答無用で命も肉体もわしのもんだ。そして、試練をその身に受けているときはわしの命令はすべて聞くこと、だな」
「我々の命にかかわることでないこと且つ人間にとって不可能ではないことならば受けよう」
「面白い、あんたらのその無謀な根性に免じて試練を課してやろうじゃないか。そいじゃ付いていな」
「どこへ行こうというんだ」
「どこ、だと?もう命令に背くのか?わしの家だ」
老婆が暗闇から細い腕をにゅっと伸ばし指さしたのは鶏の足の上に立つ古びた小屋だった。
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暗闇から出てきた老魔女は痩せ細った体をしていた。
魔術や呪いがもしないのならば、体術で抑え込めるだろうなとヴィクトールは思ったがもちろんそんなことはしない。
木に登っていたと思われていた魔女は木ではなく細長い臼に乗り、片手に大きな杵を持っていた。
既に沈んだ太陽の代わりに昇ってきた月の光が歯にギラギラと反射し、もとの形相から人間らしさをもっとなくしたように感じた。
「さぁ上がりな。最初の課題はそのうち教えよう」
バーバ・ヤーガが近づくと、小屋はカクンと膝を折った。
それでも登るのには高さが足りず、どうするのだろうとみていると、バーバ・ヤーガはパチンと指を鳴らした。
すると中から踏み台が飛び出てきて足場となり、家の中へはいるのを手助けした。
老魔女の小屋の中は思ったよりも小ざっぱりとしていて寝台、テーブル、小さな暖炉くらいしかなかった。
「この前丸々掃除をしたから物はそんなにないぞ。寝床は自分たちでどうにかするんだな」
意地悪く言い放った老魔女にセージが少しムッとしつつ、リュックを開ける。
だが開けた途端に中身はすべてバーバ・ヤーガの手の中に飛んで行ってしまった。
「な、なにするのよ!あなたが寝具を用意しろって言ったんじゃない」
「うるさいねぇ!ピーピー喚くな。あんたの持っている寝具は随分と良い素材を使っている、わしが貰うぞ」
「あなたには自分のベッドがあるじゃない!なぜそんなことするのよ!」
「やかましいっ!あんたらはどうやら物忘れが激しいようだね。命令は命令だよ、これ以上歯向かったらハエにでも変えてやるからな」
セージは脅されて口をつぐんでしまったが、ヴィクトールの寝床を借りるわけにはいかない。
ハエにされるなら今のうちに歯向かってしまえとそのあともバーバ・ヤーガに口酸っぱく訴え続けると、さすがの老魔女も手に負えなくなったらしく、ため息をついた。
「ハエにすると言ったのに本当にうるさい小娘だねぇ!あんたらに試練を課したからにはまだ手出しすることはできないが、今すぐにでも焼いて食ってやりたいよ」
老魔女は疲れたようにヒョイと左手を振ると、セージの足元にもともと彼女のものだったのと同じような寝具が現れた。
「さぁ、それを使ってさっさと寝な。大人の癖して喚き散らかすとはなんてざまだい」
セージがありがとうといいながら寝具を拾うと苦々しい声を出しながら老魔女は答えた。
外へ出るとヴィクトールが少し不安そうであるものの、怒ったような顔をして待っていた。
「セージ、君がいくら勇敢だと言ってもこれからはあの魔女に歯向かうのはなるべくやめてくれ。別に魔女が怖いとか恐ろしいという話ではない。なんなら魔法が存在することがわかり感激だ。
だが、君は僕の隊の1人であるし、君に何かあってほしくない。それこそ隊がバラバラになっていて、ブレナの代わりに僕がいる状況で君が怪我なんてしたら僕はリーダーとしてもブレナの代わりとしても耐えられない。お願いだから、これからは無茶はしないでくれ」
ヴィクトールが自分のことを心から案じてくれている、とセージには伝わった。
「ごめんなさい、リーダー。ついムキになってしまって。これからは今みたいなことがないように気をつけるわ」
「そうしてくれるとありがたい。今回はバーバ・ヤーガが折れてくれたから助かったが、次にどう出るかはわからないからね。では寝る準備をしようか」
テントを張り、寝床を準備していると、小屋の主が戸を開け声をかけてきた。
「2人のうるさい客人ども、あんたらの通信機とやらがわめいていて騒がしいっ!」
荷物を奪われたとき通信機も取られていたらしい。
バーバ・ヤーガの持つ通信機からは副リーダーのフィルムスとブレナの声が大音量で響いてきていた。
「ヴィクトール、大丈夫ですか?!聞こえてますか!」
「セージ!無事なら声を聞かせてくれ!今どこにいるんだ!」
「ずっとこの調子じゃ寝れん!とっととこいつらを黙らせてくれ!」
機械音痴なのか呪いが使えないのか、老魔女はヴィクトールに通信機を突き返すと戸をバタンとしめ静かになってしまった。
「フィルムス、ブレナ。こちらヴィクトールだ。僕もセージも大丈夫。僕らはバーバ・ヤーガという魔女に試練を与えられた。だが与えられた試練をクリアできなければ喰われてしまうらしいから幸運を祈っていてくれ」
「ズズ…リーダー!セージには手を出すなよ!あと絶対に試練とやらは合格してくださいねッ!」
「ブレナ、手を出しはしないし、言う順序が逆だよ。まぁ、通信機はつけたままにしているから何かあったら連絡する。それではみな、おやすみ」
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2人が寝床に入り、眠り始めるとバーバ・ヤーガはそっと起き出し2人の様子を観察した。
その金色の目には何かを企むかのごとく月の光が揺れていた。




