第8話 異世界ケータリング、出動! 4
外で食事もいいですね。
暑くなってきました。水分塩分の補給をぜひ。
「これ、水陸両用ってことですよね? 凄すぎます!」
「いや……水陸だけじゃない。空もだな」
そう、オスカーの言うとおり先程までこのケータリングカーは空を飛んでいたのだ。キャンピングカーやキッチンカーなど、色々見慣れている仁奈でもこんな車は見たことがない。
ローズピンクの車から降りたロビンは小さな杖を振る。魔法で海から陸地へと向かう足場を作ったのだ。
目を丸くしながらこちらを見る人々に、ロビンがにこりと笑った。
「皆さん、降りられるようにしましたよ!」
ロビンの声でまず先に大型犬がジャンプしながら、足場を踏んでいく。
それに続くようにキースが楽しそうにぴょんと飛んだ。
「うんうん。こういう何が起こるかわからない時間こそ、刺激であり、脳を活性化するんだよねぇ。ニーナに出会えてよかったよ」
ケータリングカーの機能に驚くキース達だが、それ以上に驚愕している人々がここはいる。座礁した船に乗っていた人々だ。
「いや……あんた達、人か? 人なんだよな?」
突然、激しい水飛沫と共に現れた金属の塊から、可愛らしい少年と犬、奇妙なことを言う青年が現れたのだ。
追い詰められた状況で見た幻覚なのではと、無人島に座礁した者達は自分自身の目を疑う。
「いやいや、私は人ではないよ」
「キース様、話をややこしくしないでいただきたい」
事実ではあるが、この状況では皆が混乱してしまう。しっかりとして見える赤髪の青年の登場に、無人島の人々の表情には希望が宿る。
「ロビン、君は魔術を使った救難信号を。それが終わったら怪我人の治療をお願いしていいか?」
「はい! もちろんです」
「キース様は危険な荷などをどかしていただきたい」
「わかったよ」
魔術師であるロビンが陸に上がり、小さな杖を振ると何やら桃色の煙が上がり、文字が浮かんでいく。青い空に浮かぶ桃色の煙はすぐに他の船にも気付いてもらえることだろう。
少し安心した仁奈は自分に出来ることはないかと辺りを見回す。
何かに気付いた仁奈はキッチンにあった金属のボウルに水を注ぐ。強い日差しが照り付ける岩場なのだ。今すぐ水が必要だろうと仁奈はボウルを両手に持ったまま、足場を駆けていく。
「これ……、ご家族で飲んでください。無くなった器を私にください! 次の方の分を持ってくるので!」
「ありがとうございます! ほら、お水だよ」
仁奈からボウルを受け取った男は自分の娘たちにボウルを渡す。
ごくごくと嬉しそうに水を飲む姿に仁奈は少し安堵する。この強い日差しと照り返しだ。熱中症になっても岩場のここには日陰すらないのだ。
「魔道具が壊れているようで、瓶に入った水しかなかったんです。生活魔法も恥ずかしながら十分な水を出すほどの能力を持っていないので……」
男の言葉で仁奈はハッとする。ケータリングカーに戻る時間は今の状況ではもったいない。その手間を省く方法が仁奈にはあるのだ。
そのとき、妻であろう女性が金属のボウルを男に差し出す。
受け取った男がぐいとそれを飲み干すと、ボウルの中は空になる。
「器、お返しします。ありがとうございました……!」
「い、いえ。こちらこそ気付かせてくださり、ありがとうございます」
仁奈はポケットのハンカチでボウルのふちを綺麗に拭き取ると、生活魔法を使ってその器を水で満たす。
一瞬の出来事に見ていた者達から声が漏れる。
生活魔法を持つ者は多くいる。しかし、魔道具に比べると使い勝手は良いものではない。
実際、この場にいる誰もが飲み水を用意することが出来ない状況であったのだ。
「これ、どうぞ。ご家族で飲んでくださいね」
「ありがとうございます!」
受け取ったボウルを男は子どもと妻に差し出す。
妻は涙を拭いつつ、子どもへとボウルを渡そうとした。
しかし、子どもは仁奈をじっと見つめている。仁奈と子どもの視線がぶつかる。
仁奈はその眼差しに応えるようにこくりと頷いた。
「わかった! 水を皆に渡したら、それも用意するね!」
そう言うと仁奈はもう一つのボウルを持って、去っていってしまう。
夫婦は不思議そうな表情で息子のレオを見つめた。
先程、レオは何も言葉を発していなかったはずなのだ。
二人が戸惑う中、レオはじっと去っていく仁奈の背中を見つめるのだった。
*****
「ありがとう、ロビン。これで治療が必要な者はもういないようだ」
オスカーがロビンにそう声をかけると、振り返ったロビンはにっこりと笑う。
「いえ、オスカーさんの適切な判断のおかげで手際良く治癒できました」
怪我の状態を確認したオスカーが、優先する怪我人を見極め、ロビンは治療に当たる。怪我を負った者から軽度の脱水状態など、様々な者達へ治癒魔法を使えたのだ。
それはロビンの優れた魔術師としての能力、そしてオスカーの判断の両方で出来たことだろう。
「いやいや、二人ともお疲れ様」
「わふわふっ!」
そう言って爽やかに笑うキースと大型犬もまた今回の功労者だ。
破損した船の部位を持ち上げ、寄せ集めることで岩場に広いスペースを作り出したのだ。今はそこで皆が集まり、笑顔を見せている。
大型犬の登場は人々に安心感をもたらす効果もあったようだ。
「キースさんって魔法じゃないんですね」
キースの種族セイリスは魔力に長けているはずなのだ。それを知るロビンの疑問は当然である。
「うーん、私は種族の中では異端でね。腕力で解決する派なんだよねぇ」
「……知の泉ではないんですか?」
キースの言葉に少々不穏な響きを感じたオスカーだが、キースはへらりと笑う。そしてぐっと二の腕を折り曲げると、その仕草とは似合わない穏やかで知的な笑みを浮かべる。
「そこはほら、両立だよね。知性と腕力の両立だよ」
「……両立、ですか」
それはむしろ自分達、騎士などに必要とされるのではと思うオスカーだが、そんなキースを尊敬の眼差しで見つめるロビンもいるのでそれ以上は言わない。
代わりに口にしたのは視線の先の少女のことだ。
「だが、一番予想外の活躍をしてくれたのがニーナ嬢だな」
オスカーの視線の先には笑顔でお代わりのスープを運ぶ仁奈の姿がある。
生活魔法で水を渡し終えた仁奈は、ケータリングカーに戻るとすぐにスープを作ったのだ。
温かいスープを作った仁奈とケータリングカーの機能に驚いたオスカー達であったが、すぐに彼女を手伝った。
オスカー達の視線に気付いた仁奈は彼らの元へと歩いてくる。
「お疲れ様です」
「あぁ、あなたも大変だっただろう」
オスカーの言葉に仁奈はにっこりと笑うと後ろを振り返る。
そこには両親に挟まれてスープを食べるレオの姿があった。
「――あの子がここに私を呼んでくれたんです」
「助けを呼んでいた、と言っていたあの件か?」
オスカーの問いかけに仁奈はこくりと頷く。
誰かが強く願い、その呼びかけを仁奈が感じ、ケータリングカーを呼び出すことが出来た。仁奈もまだその力の全てを把握しているわけではないが、レオに会った瞬間、彼が呼んでいたのだとわかったのだ。
「スープもあの子が望んだものなのかい?」
「はい。あの子に会った瞬間、何を作ればいいのかがわかって……。キッチンにも必要な材料が全てあったんです。作り方もわかる……不思議な感覚でした」
スープであれば手頃な材料さえあれば、仁奈にも他の者達でも作ることはできるだろう。しかし、今回仁奈が用意したスープは特別なものなのだ。
「本当にセリスが作ったスープと同じ味だ……!」
「えぇ、私が作ったものによく似ているわ。不思議ね」
不思議な乗り物で現れた少女が作ったスープ、それは日頃エリスが家で作るものと似ているのだ。
驚く両親の隣でレオが嬉しそうに笑う。
「僕、ずっとこれが食べたかったんだ」
他の家族や船員も彼らと同様に、スープを食べながら笑顔を見せる。
その光景に仁奈達も笑みを浮かべた。
「あ! 見てください。船が、船が来ました!」
大型船が近付いてくるのが見え、ロビンが声を上げる。
その声で気付いた人々も、船に向かって歓声を上げ、手を振った。
「よかった……。これで皆、助かるよね」
「わふっ!」
仁奈の言葉を肯定するかのように犬が吠え、オスカー達の表情にも安堵が浮かぶ。
まだ異世界に来たばかりの仁奈にとっては激動の一日である。
しかし、今は不安以上に達成感で心が満ちる仁奈であった。
明日も更新です。
もう少し毎日更新が出来るよう、頑張りますね。




