第9話 家族のオムライス
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「それで仁奈は? 仁奈は大丈夫なんですか⁉」
姉の玲奈が驚き、案じているのは今日仁奈に起きた出来事だ。
聖女だと言われ、王族に謁見し王都の教会の大司教にも会う必要があった。玲奈もまた忙しく今日一日を過ごしてきている。
何度か妹のことを尋ねたのだが、「ご安心してください。王城におられます」との返事ばかり。しかし、肝心の妹は王城どころか王都にはいなかったのだ。
「――はい。無事、ご帰還しております。この度は申し訳ございませんでした」
深々と老齢の執事と母より年上の侍女に頭を下げられると、玲奈もそれ以上責める言葉を向ける気にはなれない。
彼らは今日、玲奈の側で色々と世話を焼いてくれた人物でもあるのだ。
「頭を上げてください。今回の件は誰にも……妹にも予測できたわけではないでしょうから」
仁奈から目を離した理由、それは能力自体が彼らの想像を超えていたためだろう。
空を飛び、水の上も走り、空間移動さえできる乗り物を仁奈の能力で出せる――その事実に玲奈の表情は陰る。
聖女である玲奈以上に、仁奈の持つ能力は危うい。争いに利用され、仁奈の心身が消耗する未来さえあり得るのだ。
「ご寛大な御心に感謝いたします。わたくしは退室いたしますので、何かございましたら、このアンナとジュディにお申し付けください。ドアの前にも兵をつけておりますのでご安心ください」
玲奈の感覚ではそれはむしろ落ち着かない状況なのだが、価値観の違いだと口にはしない。
二人の言葉で後ろに控えていた女性二人が一歩前に踏み出し、頭を下げる。
「アンナと申します。聖女様にご不便がないよう、精一杯努めますのでよろしくお願いいたします」
「ジュディでございます。お傍でお仕えでき、光栄でございます」
薄茶の髪の少女と、金の髪を持つ少女二人に玲奈は軽く頷く。
「他にも使用人はおりますが、このアンナとジュディが当面の間お傍につく予定でございます」
「そうですか……。よろしくお願いいたします」
玲奈としてはもっと仁奈の状況を知りたいのだが、今夜はもう無理だろう。
姉妹にとって慌ただしく、そして自分達の状況をまだ把握できず、不安な日々でもあった。冷静な判断をするためにも睡眠を取る必要がある。玲奈は明日以降に仁奈と合う時間を作ろうと考え、執事とメイドを見送る。
「もう遅いし、私は休ませていただきます」
「は、はい! その準備をいたします!」
「かしこまりました」
玲奈が今着用している服は聖女のものだという洗練されつつも、品質の良さが際立つものだ。着心地が悪いわけではないのだが、着たことで一層聖女として神聖視されているような気がして落ち着かない。
落ち着かないといえば、この部屋も同様である。
応接間と寝室など続いた部屋はどこも調度品が華やかで、玲奈と仁奈の過ごしていたアパートとは全く異なる。
「仁奈と話していたときに、ここに来てしまったもの……あの子はまだ怒っているのかしら」
聖女召喚という身勝手な理由でこちらの世界に来た姉妹、だがあの前に二人は重要な話し合いの最中だったのだ。
それは仲の良い姉妹の仲がぎくしゃくし始めた大きな理由である。
広々とした部屋は落ち着かず、自分に不釣り合いだと玲奈は居心地の悪さを感じる。しかし、まだこの世界に来たばかりの玲奈は彼らの指示に従う他ないのだ。
今後への不安を抱きつつ、玲奈は眠りにつく支度をするのだった。
*****
「じゃあ、お部屋はニーナ様のお気に召すものだったんですね! よかったです。僕も王都に来たばかりの頃はなかなか落ち着かなかったので……」
ロビンの言葉に仁奈もにっこりと微笑む。
先日起こった出来事は仁奈だけでなく、ロビンやオスカーにとっても衝撃的であった。あのあと、再びワープで戻ってきた仁奈達が車を降りると不思議なことにケータリングカーは消え去ってしまった。
あのときだけの力なのか、今後も出現できるのかは仁奈にもわからない。
仁奈を探しに来た使用人達にオスカーが事情を説明し、上に報告することだけが決まっている。
「ありがとう、ロビン君。素朴で居心地がいいんだよね。メイドの人が一人ついてくれたの。何かあれば、その人に言うようにって!」
「素朴……? 聖女の妹であり、先日あれほどの力を見せたのにか?」
すっかり言葉遣いも変わったオスカーが眉間に皺を寄せる。
聖女の妹である仁奈の待遇は姉に準ずるものであって良いはずだ。少なくとも、現状は仁奈の力や今後も決まっていない。
姉妹の仲も考え、丁重に扱うべきだとオスカーには思えたのだ。
「うーん、私は聖女ではありませんし……。あまりかしこまった対応をされると落ち着かないので、今のままでいいかなって思っています」
「そうか? しかし、何かあってもいけないだろう。そのときは我々に相談するといい」
オスカーの言葉にロビンもこくりと頷く。
まだ少ししか過ごしていないが、ケータリングカーというハプニングのおかげか彼らの人となりも仁奈にはわかってきた。
落ち着かない日々だが、話しやすい人物との出会いは仁奈にとって幸いである。
今日は前回のメンバーでルイージの研究室に集まっていた。
「研究室といっても僕と師匠しか使っていないので、話し合いにはちょうどいいですよね」
「そうだね、で? あの子は誰なんだい?」
ソファーにゆったりと座り、紅茶を飲んでいたキースの視線の先には一人のメイドがいる。きっちりと髪一本も乱れることなく結い上げ、眼鏡をかけたメイドは理知的な印象を与えた。
「あぁ、彼女はグレタさんです。先日から私の身の回りの世話をしてくださっているんです」
姿勢の良いメイドは先程言っていた仁奈についた者である。
あまり感情を見せず毅然とした女性だが、慣れない生活でも仁奈が不便を感じないように如才なく動いてくれていた。
「へぇ、そうなんだ。ニーナをよろしく頼むよ、グレタくん」
「――は、はい。承知いたしました」
めずらしく緊張気味のグレタが気になる仁奈に、オスカーが尋ねる。
「しかし、君の力はまだまだ調べていく必要があるな。あのとき以来、風変わりな車を出せていないのだろう?」
風変わりな、というのはこちらの世界にも車はあるからだ。
多くの物が魔力で動くこの世界でも魔道具や車があり、生活の効率は上がっている。けれど、あれほどの大きさを動かすには膨大な魔力が必要になのだ。
飛行船の問題点もまた、そこにある。
大きなケータリングカーをなんなく動かせる仁奈の能力は、異質とも言えた。
「はい……。なんどかロビン君に付き合ってもらったんですが、呼び出すことは出来ませんでした」
「御力になれず、申し訳ないです……」
「いや! 全然、いいんだよ! もしかしたらまぐれみたいなものかもしれないし……。お姉ちゃんはともかく、私は普通だから」
落ち込むロビンの様子に慌てて仁奈が声をかける。
仁奈にしてみれば、生活魔法がある程度役に立つことがわかっただけでも大収穫だ。
何より、あの出来事で多くの人が助かった――その事実が仁奈にとっては喜ばしいことである。
だがオスカーは顎に手を置き、思案顔だ。
「あれだけの力がまぐれとは俺には思えない。再現できないことで、皆はどこか君の力を信じていないようだがな」
「そ、その件では皆さんにも悪いことをしてしまいました……」
「気にする必要はない。俺は確かにこの目で見て、体験したのだから」
能力はその聞いたこともない名前もあって、一部の者しか信じていないようなのだ。
海であった海難事故の情報、そしてオスカーやキースの報告で把握しているのだろうが、実際に見ていない者達からすれば信憑性が低いとみなされたのだろう。
オスカーやキースという立場あるものの顔に泥を塗ってしまったと、仁奈としては心苦しい。
そんな会話を聞いていたキースが静かに口を開く。
「それに関しては私なりに推測しているんだけどね」
「本当ですか? 流石、キース様ですね!」
ロビンが目を輝かせて、キースを見つめる。
心なしかグレタの眼差しにも熱がある。
オスカーは怪訝な表情でキースに問う。
「それはどういうものですか?」
キースは仁奈へと視線を移すとにっこりと微笑む。
「君の力は誰か、助けを呼ぶ者に反応しているんじゃないかな?」
その言葉に皆がハッとする。
あのとき仁奈は、誰かの声がすると言っていたではないかと気付いたのだ。
仁奈の薄茶の瞳は不安と期待のこもった目で、キースを見つめるのだった。
毎日のことですが、食事は楽しみであったり、
健康のために必要なのだと実感しています。
これから来る夏に備え、体力を…!と思う日々です。




