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異世界ケータリング!~姉の聖女召喚に巻き込まれた私の案外充実した日々~  作者: 芽生 1/15『裏庭のドア』3巻・コミックス1巻発売!


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第7話 異世界ケータリング、出動! 3

いつも読んでくださり、ありがとうございます。

お楽しみいただけていたら嬉しいです。



「で? なんで光るボタンなどという不審なものを押すように言ったんだ?」


 ソファーに座る仁奈はオスカーからの尋問に視線を逸らす。

 

「私の国の言葉で『ワープ』って書いてたんで――えっと、空間移動の意味です」

「空間移動……とわかっていてなんで押すんだ?」


 そう、光るボタンには『ワープ』と丁寧に書いてあったのだ。

 車内キッチンのオーブンレンジにも同じように、『グリル』や『加熱』など書かれている。車の運転はしたことがない仁奈だが、キッチン道具は使い慣れている。

 異世界で生まれたのにもかかわらず、日本語で書いてある良心的な設計に感動し、光るボタンを押せばいいとキースに指示したのだ。

 

「何か重大な事故に繋がったら君は責任をとれるのか⁉」

「――はい。その点では相談するべきでした」

「その点では、ではない。どのようなときでも情報の交換は……ちょっとそこ! 静かにしなさい!」


 仁奈がオスカーに叱責されるその隣で、ロビンとキース、おまけに大型犬もはしゃいでいる。

 窓の外に広がるのは青い空とそれより深い色合いの海だ。

 オスカーが仁奈を叱責できる状況、つまり皆元気であり、ワープは成功したのだ。


「あのふわってなる感じ、楽しいですね!」

「そうだねぇ。ん? ワープ、って言うので来たんだから帰りにもう一度できるんじゃないかい」

「本当ですね!」


 まるで旅行のようにはしゃぐ二人の姿に、オスカーはそれ以上仁奈を注意する気もなくなったらしい。

 小さくため息を溢すと仁奈に視線を向ける。


「それでこれからどこへ行くんだ?」

「ワープ、つまり空間移動を行ったということはこの辺りに助けを求める人達がいると思うんです」


 この車は多くの場合、自ら動くのではと仁奈は考えている。しかし、長距離など時間がかかる場合にはワープのボタンを押す必要があるのだろう。

 先程、自動的に浮かび上がったケータリングカーは今もどこかへと向かっている。


「ニーナ様の御力、本当に凄いですね!」

「え、えっと……まだ助けられていないから」


 仁奈は誰かに呼ばれ、その人物を救いたいと自分の能力を初めて使った。

 しかし、その誰かが救われてこそ、この能力が凄いと言えるのではないかと仁奈は思うのだ。


「王都には今、飛行船を作る計画があるんです。でも、魔力が原動力で魔術師が数十人必要だと言われています。動かすために王城の魔術師がほぼいなくなるなんて、現実的ではないです」


 ロビンの話は仁奈には興味深く聞こえた。

 魔術というのは仁奈にとって、不可思議で際限なく使えるように感じられる。

 けれど、この国の人にとって魔術は現実のもの。それを使うにも不可か可能かの冷静な判断は必要なのだろう。 

 異世界、それは仁奈にはまだ実感の湧かない現実。それでもこの世界もまた姉妹が過ごしていた場所と同じように、人々の日常があるのだ。

 そのとき、再び車内が揺れる。


「おい、また何か押したのか⁉」

「ち、違います。今は何もしていません!」


 そう、今は4人と1匹は車内にいて運転席には誰もいない。


「というか、これ落ちているね」

「重いから魔法が切れたんでしょうか?」

「わふっ!」


 キースとロビンが冷静に事情を考える中、仁奈とオスカーの悲鳴が落下していく車内に響くのだった。



*****



 その島は岩場ばかりが広がり、緑もごくわずかしか生えていない。

 そんな島で人々は寄り添いあうが、その表情は暗く重い。涙を流し、助けを呼んでいたのも数時間前までのことだ。

 今はただ疲れ果て、泣くことも避けぶこともする気にはなれなかった。

 急に海が荒れたため船が座礁し、乗組員と客が数名だけ無人島に取り残されてしまったのだ。


「水も食料も十分とは言えない様子だな……」


 夫ジョンの言葉に妻エリスは息子のレオをぎゅっと抱きしめる。

 まだ5歳になったばかりのレオはこの状況をどこまで理解しているだろう。母の腕の中でじっと何かを考えている。

 今は戸惑い、嘆く人々だが、時間が経てば経つほどこの場所で生存する困難さに追い詰められていくはずだ。

 そうなれば、ここにいる人々の中で争いが起こりかねない。


「……岩場ばかりで木陰すらないもの。このままじゃ、脱水症状を起こすわ」


 そう言ってエリスは心配そうにレオの頭に自分の巻いていたスカーフをかけ、せめてもの日よけにする。

 後ろにそびえるのは岸壁であり、その上には木々が見える。しかし、そこを登っていくのは難しいだろう。

 座礁した場所が岩場、その後ろには岸壁があり、食料も水もほぼない。

 そんな中、ジョンは最悪の事実に気が付く――海面が徐々に上がっているのだ。

 潮の満ち引きの影響であろう。


「もはやどうしようもないのか……」


 絶望したジョンはせめて最期のときまで家族と過ごしたいと、妻と彼女に抱かれた息子に手を伸ばす。

 すると、妻に抱かれた我が子が目を瞑っていることに気付く。


「どうした? レオ」

「ん、お願いしてるんだ」


 息子の言葉にジョンとエリスは顔を見合わせる。

 まだ幼い息子は死という概念を知っているのか、それとも救いを求め、神に祈っているのだろうか。

 どちらにせよ、親である二人には胸が締め付けられるほど苦しい光景だ。

 せめて、息子だけでもと願うがこの状況で何ができるというのか。


「もし神の手が今、私達に差し伸べられるというのなら、エリスとレオ以外の私の全てを差し出してもいいというのに……!」

「あなた……」


 ジョンは突如訪れた不運を嘆き、エリスの頬には涙が伝う。

 そんな両親に気付いたレオは小首を傾げた。


「お父さんもお母さんも一緒にお願いしよう」

「お願い? お祈りじゃないのかい?」


 父の問いかけにレオはこくりと頷く。


「うん。僕はお願いしてるんだ」


 再び瞳を閉じ、両手を握って願う息子の愛らしさにこんな状況ではあるが、ジョンとエリスは目を細めた。

 二人もレオの言うとおりにせめて祈り、心穏やかに過ごそうとしたそのとき、叫び声がする。


「大変だ! 化け物が……! 見たこともない化け物がこちらに向かってくるぞ!」


 その声にジョンは海に背中を向け、エリスとレオを抱きしめる。エリスもまた、息子のレオをひっしと腕に抱く。

 そんな二人の腕の中、レオはただひたすらに願い続けている。


 波飛沫を上げて、高速で近付いてくる未知の生物――このときはまだ、これから起こる事態を誰も予測することが出来ずにいた。



 


明日も同じ時間に更新です。

移動中やのんびりしたいときなど、気分転換になっていたら嬉しいです。

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