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異世界ケータリング!~姉の聖女召喚に巻き込まれた私の案外充実した日々~  作者: 芽生


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第63話 チキンカレーと姉妹の絆 4

読んでくださり、ありがとうございます。

『異世界ケータリング!』もそろそろ終盤です。



 ケータリングカー内に立ち込める香りは仁奈にとっても懐かしいものだ。

 香辛料と野菜や肉の香り、食欲をそそるその香りは子どもの頃からよく馴染みあるカレーライス。

 結局、少々悩んだものの仁奈は始めに決めたチキンカレーを作ったのだ。


「大丈夫だよね……。いや、香辛料やトマトを入れる前だったからチキンカレーじゃなく、ポトフとか野菜スープとか方向転換もできたんだよ。でもさ、やっぱりカレーを作る、そう決めたんだもん……!」

「ニーナ様、自信をもってください!」


 カレーを入れた大鍋を仁奈とグレタで持ちながら、治癒士達のいる別棟に向かう。後ろには後から来てくれた魔術師のロビンがカゴ一杯のバゲットを持ってくれている。カトラリーや皿は別棟の給湯室に備えられたものを使う予定だ。


「そうですよ! こんな刺激的な香り、僕初めてでわくわくしてます!」

「……そうだよね。刺激的過ぎるかもしれない……。で、でもトマトが入っているし、辛さは……いや、酸味が苦手な人もいるかも?」


 こちらの世界にはカレーがないと知った仁奈はかなり不安げだ。

 もちろん、味に自信がないわけではない。仁奈にとっても思い出深いチキンカレーは出来栄えも満足できるものだ。

 それでも、カレーが初めての人にとっては刺激的過ぎるのではと仁奈は心配になってしまう。


「ですが、先程味を確かめたニーナ様の表情は失礼ながらどこか嬉しそうにお見受けしました」

 

 グレタの言葉に仁奈は少し口元を緩める。

 彼女の言うとおり、チキンカレーを食べた仁奈は懐かしく思ったのだ。


「……うん。昔はよく作ったんだ。ルーを使わないカレーだから、慣れないうちはしゃばしゃばになったり、どろっとしちゃったり……。それでも美味しいって言って笑ってくれるからあたしはいつでも、また料理をしようって思えたんだよね」

 

 仁奈が料理をするのが働く姉の負担を減らしたいという気持ち、そして姉の笑顔を見るたびにまた料理をしようという気持ちになれた。

 誰かのために料理を作る――異世界でも変わらない仁奈のスタイルはそのときに出来上がったものなのだろう。

 

「じゃあ、今日のはニーナ様も納得の味なんですね! 僕も少し食べてもいいですか?」

「もちろん! 多めに作ってあるから二人もぜひ食べてね!」

「わ、私もですか……⁉」


 魔術師であるロビンはさておき、自分が含まれているとは思わなかったグレタが驚くが、仁奈は当然だと言うように首を縦に振る。


「もちろん! 手伝ってくれたんだもの!」

「……ありがとうございます!」


 大鍋を持った女性二人と大きなカゴを持った少年はチキンカレーの芳醇で刺激的な香りと共に別棟へと急ぐのだった。



*****


 

「……なんですか? これ」


 仁奈達の登場に沸いた治癒士達であったが、皿に盛られたチキンカレーを一口食べると部屋は沈黙に満ちた。

 カチャリとスプーンを置いたある治癒士がやっと今、声を発したがその言葉に仁奈は顔色を悪くする。

 

「えっと……チキンカレーです。カ、カレーというのは香辛料を使っていて、刺激的な風味なんですけど、でもそれがまた食欲をそそるんじゃないかな……とあたしは思っていてですね……」


 あわあわと説明を続ける仁奈だが、その間にも治癒士達は興味津々といった様子で口に運んだり、皿の中のチキンカレーをじっと見たりとその眉には皺が寄る。

 グレタやロビンが不安になりかけたそのときだ。


「美味しい……! 不思議な味なんだけど、凄く美味しい!」

「サラ……!」


 グレタの幼馴染であるサラがそう感嘆の声を上げる。

 それに続くように次々と治癒士達からは仁奈と彼女が作ったチキンカレーへの言葉が飛び出す。


「これ、薬草になるものも使われていないか? 料理に使うなんて発想はなかったな……贅沢な一品だ」

「旨い……。初めての風味だが、なぜかまた口にしたくなる……!」

「パンと一緒に食べても美味しいわ」

「これをどこで学ばれたんですか?」


 矢継ぎ早に出てくる言葉に仁奈は目を丸くする。

 どうやら、先程の沈黙は初めての料理と香辛料を使ったことへの戸惑いと興味からのものだったらしい。

 チキンカレーに使われるターメリックはウコンとも呼ばれる。

 他にもカルダモン、コリアンダー、ガラムマサラなど、様々な香辛料をミックスし、チキンカレーに加えていたのだ。

 漢方などでもよく使われる香辛料をこちらでは薬草として珍重されているのだろう。それが治癒士として働く彼らの関心を引いたらしい。

 グレタもロビンも自分のことのように嬉しそうに仁奈に笑いかける。


「よかったですね! ニーナ様!」

「うん……! 気に入って貰えるか不安だったから、なんだかほっとした……」


 安心と共に仁奈の胸にはしみじみとした喜びが押し寄せてくる。

 仁奈が姉に作っていたチキンカレーがこうして、異世界の人々にも喜んでもらえている――それは不思議な光景で、同時に心が幸福で温かくなる時間だ。


「なんだか楽しそうなことをしているね」

「キース様……! ロビン様だけでなくキース様までいらっしゃるなんて」


 キースの登場に治癒士達は目を輝かせる。

 王都の図書館の件で彼を尊敬しているサラとグレタも同様に、キースを熱い視線で見つめた。

 仁奈からすれば少々風変わりな人物なのだが、セイリスの民であると同時に、その行動からどうやら周囲の尊敬を集めているらしい。


「ロビン君が治癒士の人から慕われるのはわかるんだけどな……」

「い、いえ! 僕などまだまだです!」


 恐縮するロビンだが、魔術と薬草、形は違えど人を癒し、救うのは同じことだ。

 そんな仁奈の言葉が聞こえたのか、治癒士の青年が口を開く。


「王都の図書館もそうですし、ケータリングカーの仕事も我々、市井の者にも開かれています。……家庭の環境にかかわらず、助けてもらえて助けることもできる――今までにないことですから」

「……そうなんですね」


 仁奈にとって、異世界ケータリングを必要とする人を身分や立場での差をつけることを想定していない。

 しかし、この世界に住む彼らにとってはそうではないのだ。

 

「あのチラシを見たときには驚きました!」


 キースは得意げに首を縦に振る。


「あちこちに配っているからねぇ……」

「勝手に撒いている、が正しいですよね? ニーナ様」


 こちらに言わず、チラシを作り始めたキースに驚いたこともあったが、より多くの人が助けを求められるようにという考えであったのだろう。


「今まで王都に集中していた魔術師の方や俺ら治癒士も、ロビン様達のおかげでより活動の範囲が広まりそうなんです」


 飛行機事故をきっかけに魔術師の雇用は家柄ではなく、能力主義へと変わりつつある。あくまで補助的な役割出会った治癒士達の業務を見直し、人員を増やし、各地に派遣するのも同時に進行している計画である。


「今までは助けられずに悔しい想いをしてきました。でも、今は自分達の手で救うことができます。……ありがとうございます」


 サラが仁奈達を見つめ、微笑みながら口にしたのは彼女達への感謝の言葉だ。

 他の治癒士も希望に満ちた表情で笑う。

 人を救いたいと治癒士になることを選んだ彼らにとって、歯がゆい場面も多くあったことだろう。

 そんな彼らの姿に仁奈は看護師になりたいと語っていた姉の玲奈を重ねる。

 母の病もあって諦めた夢――しかし、その想いは今も消えることはなかったのだろう。姉にぶつけた言葉を思い返し、仁奈はぎゅっと唇を噛む。


「で? これは私の分もあるのかい?」

「……キース様、それで来たんですね?」


 じとりとロビンがキースを見るが、当の本人は気にした様子もなく、目をキラキラとさせ、鍋を見つめる。

 仁奈はふぅとため息を溢した。


「どうぞ召し上がってください。もちろん、皆さんも。まだまだありますから」


 仁奈の言葉に治癒士達からは歓声が上がる。

 それに笑顔を見せる仁奈はグレタにそっと耳打ちをするのだった。



*****


 

 辺りもすっかり暗くなった頃、自室で玲奈は一人、窓の側に立っていた。

 いつもであれば、妹の仁奈とお茶を飲んでいる時間だが、今夜はそれもない。

 自分が拒絶した結果とはいえ、姉妹の関係が変わってしまうことを恐れる想いが玲奈の中にある。

 突如、異なる世界に連れ去られ、聖女という荷を背負わされたが、なんとかこうして今も生活を続けられている。

 それは他でもなく妹である仁奈のおかげだと玲奈は思うのだ。


「……私だけだったら、どんなにこの日々は憂鬱だったでしょうね」


 小さな呟きをメイドであるアンナとジュディは耳にしているが、口を挟むことはない。玲奈を支え、補佐するのが彼女達の仕事ではあるが、その心に土足で足を踏み込むような真似はできないからだ。

 そんなとき、小さなノックの音が聞こえ、アンナが対応をする。

 

「――レイナ様。こちらをニーナ様よりお受け取りいたしました」


 玲奈が振り向くとアンナの手元にはワゴンがあり、そこには皿に入った料理と共にこんもりとご飯がよそわれている。

 それが何かは見た目はもちろん、香りですぐに玲奈は悟る。


「――チキンカレーね」


 白くふっくらと炊きあがったご飯に、食欲をそそる香りを立てるチキンカレー。それは玲奈が何度も食べてきた仁奈の手料理だ。

 一目見ただけでほろりとほぐれる鶏もも肉の柔らかさも、玉ねぎの甘さも全てが思い出せる味。

 ワゴンに近付けば、香りが強くなるとともに小さなメモが添えられていることにも玲奈は気付く。 


「仁奈ったら……」


 小さなメモにはたった一言、「お姉ちゃんを応援する!」とだけ書かれている。

 もし一人でこの世界に来ていたら、自分は今の自分でいられただろうかと玲奈は考える。妹である仁奈の明るさや前向きさ、そして彼女の作る料理が聖女ではなく、一人の人間、橘玲奈でいさせてくれたのではないか。


 仁奈から送られた懐かしいチキンカレーと小さなメモ――それは玲奈の中にあった迷いを断ち切るものになる。


明日も更新します。

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