第58話 故郷自慢のお好み焼き 6
お好み焼き対決in異世界、ついに決着です。
タントンとキャベツを千切りにしていく二人の姿に、やはり同じものではないのかという子ども達の視線が刺さる。
それを察したのだろう。二人とも具材を切り揃えながらも、お好み焼きの違いを訴える。
「広島のお好み焼きは野菜がたっぷり入って健康的なの! キャベツだけじゃなくってもやしも入れるんだから。あたしが小さい頃、野菜嫌いだったのに唯一食べられたのがこれなんだから! おばあちゃんのお好み焼きが一番だし!」
茶色の瞳を輝かせてエイミーが言えば、赤い髪のサナも得意げに口を開く。
「それを言うなら、おじちゃんとおばちゃんのお好み焼きだって特別なんだから! 私がお腹を空かせるといつも二人がお店に呼んでくれて……。だからこれが一番なの! 皆も食べればすぐにわかるもん!」
キャベツを刻んだ二人はボウルに入れ、生地を作り出す。
広島、大阪、お好み焼きの違いが最も現れるのがこの生地だ。
小麦粉に卵を入れた生地にキャベツなどの具材を入れて、ふんわりと焼き上げるのが大阪のお好み焼き。一方の広島で愛されるお好み焼きは、生地はあくまで薄く、つなぎに使い、そこに野菜や中華麺を入れて重ね焼きにするのだ。
他にも違いはあるが、最も大きな違いがこの点だろう。
「……で、どっちが勝つとあなたは思ってるの?」
「うーん。持ちかけておいてなんですが、料理は好みで勝ち負けではないと思うんです」
これまでの流れを止めるような仁奈の発言にシンクレア夫人が驚く。
「ちょっと! あなたが言い出したのよ!」
「いえ、あたしは『作って、皆に知って貰ってはどうか?』そう言ったんです」
「……あら? そういえばそうだわ」
シンクレア夫人の問いかけに仁奈はそう言うが、エイミーもサナも相手に負けないと意気込んでしまっている。
しかし、確かに仁奈は勝ち負けを競うとは言ってはいないのだ。
じとりとしたシンクレア夫人の視線に、仁奈は困ったように笑う。
「えっと……、『想い出の料理』はそれぞれにあるはず。それはおかしなことではないんですけど……でも、二人があれだけこだわるにはそれだけの理由があると思うんです」
「お好み焼きに、譲れない理由があるってこと?」
真剣な様子で調理をする二人の様子は確かに相手に負けたくないという以上の気持ちを感じさせるものだ。
しかし、それが何なのかは誰にもわからない。
シンクレア夫人の言葉に仁奈はこくりと頷く。
「はい。きっと、それを彼女達が教えてくれると思うんです」
「……そうかしら? なかなか頑固よ、あの子達」
くすりと笑う仁奈だが、懸命に調理を続けるエイミーとサラにはそれだけ譲れない想いがあるはずだ。
おそらくそれは過去の記憶、お好み焼きにまつわる想い出からであろう。
先程もエイミーは『おばあちゃんのお好み焼き』が一番だと言い、サナは『おじちゃんとおばちゃんのお好み焼き』が一番だと言う。
「きっと二人にとって大事な『想い出の料理』なんです。楽しみですね、お好み焼き!」
「――あなたって子はまったく……」
仁奈はエイミーとサナが調理する姿に目を細めた。
二人の背中を見守るように子ども達も声援を送り、その足元ではガブリエルがしっぽを振る。
思いがけず賑やかな時間となったことに笑うシンクレア夫人が口を開く。
「昼食時間中までよ! 食べ終わったら仕事に急ぎなさい!」
子ども達がまだかまだかとエイミーとサナを焦らせ、二人の少女がドアの方へと振り返り、文句を言う。こういうときは二人とも意見が合うのだ。
シンクレア夫人も仁奈もそんな二人の少女に優しい眼差しを注ぐのだった。
「で、どっちが美味しかった?」
エイミーもサナも真剣な表情で食べ終わった子ども達を見つめる。
この勝負は決してお互い譲れず、負けられないものなのだ。
しかし、そんな二人の少女に対し、帰ってきたのはなんとものんびりとした答えばかりだ。
「どっちも旨かった!」
「うん! ふんわりしてるのも美味しいし、中華麺? が入っているのも具材がいっぱいで好き!」
「両方美味しいし、好みの問題だよ。日によって違うのを食べたい!」
「それ最高! な、エイミーもサナも今度また作ってよ!」
広島、そして大阪と二つのお好み焼きを食べた子ども達からは大好評なのだが、エイミーもサナも納得できないようでむっと頬を膨らませる。
くるりと振り向いたエイミーが今度はシンクレア夫人と仁奈に問いかける。
「私のお好み焼きとサナのお好み焼き、どっちが美味しかったですか⁉」
「そ、そうだよね! お好み焼きを知っているニーナさんといろんな料理を食べたことのあるシンクレア夫人なら違いがわかるよね!」
エイミーの言葉にサナも同意し、二人からの期待を込めた眼差しが仁奈とシンクレア夫人に注がれる。
「正直に言うと――」
仁奈がそう言うとエイミーもサナも続く言葉をじっと待つ。
「どっちも美味しかったんだよね、本当に」
しみじみとした仁奈の言い方は本心からそう思っているのだと伝わるものだ。
勝ち負けの結果を求めていたエイミーとサナが望んだものとは少し違う答えだが、仁奈の表情と言葉にどちらもそれまでの対抗心が収まったようだ。
エイミーが口を開く。
「あのさ、おばあちゃんがお好み焼きを作ってくれたのは私を心配してなんだよね。お父さんもお母さんも忙しくって……おばあちゃんが面倒見てくれたんだ。偏食で野菜が嫌いな私がお好み焼きだけは食べられたんだ」
エイミーの言葉にサナも続くように口を開く。
「わ、私は母さんが仕事で帰るのが遅くって……そしたら、近所のお好み焼き屋さんのおじちゃんとおばちゃんが暇なら手伝って! って。手伝うと賄いだって言ってお好み焼きを食べさせてくれたんだ……!」
もう戻れない過去の記憶。しかし、それはエイミーとサナを今でも支えてくれる大事な『想い出の味』なのだろう。
二人の言葉に仁奈は微笑む。
「じゃあ、やっぱり優劣はつけられないね。二人にとっての『想い出の味』なんだもの。どっちも大事でしょう?」
仁奈がそう言うと同意するように子ども達からも声が上がる。
「どちらも美味しい」との声が多く、エイミーもサナもくすぐったそうに笑う。
仁奈とシンクレア夫人が顔を見合わせ、頷き合ったそのときだ。
「じゃ、じゃあ、今度はぜひもんじゃ焼きも!」
それまで静かに見守っていたナオミが突然声を上げる。
「……この子も転生者なのよ」
「もんじゃ焼きだって似た材料で作れます! ソースはウスターがいいんですけど贅沢は言いませんから!」
突然、張り切り出したナオミに皆、驚いて黙ってしまったが、彼女の普段とは違う一面にくすくすと笑うとそれぞれに自分の故郷の味を語り出す。
それぞれに大切な『想い出の味』――もう戻れない世界への想いは皆、抱いているのだろう。
しかし、彼らにはその想いを分かち合う仲間と支えてくれるシンクレア夫人がいるのだ。
こうして、異世界でのお好み焼き対決は和やかにその幕を下ろしたのだった。
馬車に乗るシンクレア夫人の横顔に夕焼けが陰影をつける。
何気なく向かいに座る彼女の表情を見つめていた仁奈に、シンクレア夫人が声をかける。
「今日はありがとう。子ども達もこれでまた距離が近付いたわ」
「ふふ。皆それぞれに地元の味のこだわりを話していましたもんね」
転生・転移してきた彼らにとって、想い出を口に出来る相手も限られてしまうのだ。それを共有できる相手が近くにいるのは心強いことだろう。
なにより、シンクレア夫人という存在が彼らの後ろ盾なのだ。
「――私の夫が転移者だったのは前に話したでしょう。異世界から何も持たずに来た彼は私と結婚してシンクレア夫人の夫になった。……もっと彼にしてあげられることはなかったかとふと思うときがあるの」
シンクレア夫人の言葉に仁奈はただ静かに耳を傾ける。
彼女の言葉は仁奈にかけられているようで、どこか自問自答しているような響きがある。
彼女が転生・転移してきた子ども達、そして仁奈の後ろ盾になってくれたのには、亡き夫への想いもあるのだろう。
「何の能力も持たずに転生してきた子達は隠すのよ。知識がこちらで生かせるとは限らないもの。でも、転移してきた人たちは隠しようがないでしょう?」
「……それであたしのことも気遣ってくれたんですね」
仁奈の言葉にシンクレア夫人は柔らかな笑みを見せた。
「でも、もうあなたは大丈夫ね」
「え?」
「異世界ケータリングもそうだけれど、ロビンにオスカー、あの人もいるでしょう? もちろん、私もね」
「わふ!」
自分のことも忘れるなというかのようにガブリエルが鳴く。
顔を見合わせ、シンクレア夫人と笑う仁奈だが、小さな不安が生まれる。
異世界での在り方を仁奈は求められることはない。
それは彼女には異世界ケータリングという奇妙な力を持っていること、そして聖女の妹という肩書しかないからだ。
しかし、姉の玲奈は違う。召喚によって訪れた聖女であり、この世界の希望を背負う存在なのだ。
正しい聖女の在り方など誰も知らない。
けれど、人々は皆自分の理想を彼女に望み、押し付ける。
一人で背負うには重すぎる荷物を背負いながら、誰にも頼らない玲奈――尊敬し、慕う姉のそんな一面をもどかしく思う仁奈であった。
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