第55話 故郷自慢のお好み焼き 3
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数日後、仁奈はシンクレア夫人と共に馬車に乗り、王都の彼女の店へと向かった。
今回は、オスカーやキース達の都合が合わず、仁奈とシンクレア夫人だけで王城外へと出る。シンクレア夫人の従者は御者の隣であり、馬車の中には仁奈と夫人、そして犬のガブリエルだけである。
仁奈達の安全を考え、難色を示したオスカー達であったが、そこをシンクレア夫人がなんとか説得をした。ガブリエルも久しぶりに一緒なのが嬉しいのか、ぶんぶんと尾を振っている。仁奈が頭をわしゃわしゃと撫でると耳を下げた。
「使用人もいるし、事業所がある場所は安全な地域なの。じゃないと、子ども達を住まわせるにも心配だもの」
「お子さん達に計算や文字を教えて、そのあとで他のお店に派遣しているんですね」
シンクレア夫人はこくりと頷くと微笑む。
窓の光を受けて、整った容姿がさらに際立つ。気丈な面を持つシンクレア夫人だが反面、まだこの世界に来たばかりの仁奈の後ろ盾になるなど、細やかな優しさも持ち合わせているのだ。
そんな彼女が起こした事業もまた、仁奈からすれば利益だけではないと感じられる。
「初めは皆、なんにも知らないでしょう? そのまま、出しても仕事にはならないの。却って問題を起こしちゃうもの。だから、計算や文字を学んで礼儀作法も少しは知ってからじゃないとね。……どうして笑っているの?」
目の前に座る仁奈がくすくすと笑うのをシンクレア夫人はそう尋ねるが、仁奈としてはそんな彼女の不器用な優しさが微笑ましく感じられるのだ。
「……そうじゃないと困るのは子ども達、ですよね」
「――そうよ。文字や計算ができなければ搾取されてしまうし、礼儀作法を教えることでつける仕事も変わっていくのよ。そこで彼らの未来も変わるわ」
シンクレア夫人の表情が真剣なものへと変わる。
援助のない子ども達が自分達で生きていけるように力をつけさせる――そんなシンクレア夫人の支援はうがった見方をする者からは彼女が搾取しているようにも見えかねない。
けれど、実際には高位貴族である彼女は商業的な成功を修める必要は本来そこまでないのだ。
事業を起こすことで後に続く女性達、そして子ども達の将来を考えたのだと仁奈の目には映る。
「あたしの後ろ盾にもなってくださって、本当にありがとうございます」
突然の言葉に一瞬目を見開いたシンクレア夫人だが、次の瞬間には不敵な笑みを見せる。
「そうよ? そのために今日はあなたの力を借りるんだから」
「ふふ、お役に立てるように頑張ります」
シンクレア夫人と仁奈はそんな会話に互いに視線を交わし、くすくすと笑う。
「……ちょっと事情がある子達だから、どうしてもあなたに来てほしかったのよ」
「え……?」
仁奈の問いかけた声は小さすぎ、シンクレア夫人には届かなかったのだろう。
彼女は窓の外の街並みをじっと見つめている。
仁奈はほんの少し生まれた不安を消すように、ガブリエルの頭を優しく撫でた。
「さぁ、ここが私の事業所よ」
馬車を降り、仁奈とシンクレア夫人、そしてしっぽを振るガブリエルが立っているのは落ち着いた趣きの建物だ。
少し規模の大きい商店といった雰囲気だが、シンクレア夫人の趣味が反映されているのか、品が良い。
「素敵ですね……!」
「まぁ、そんな大規模なものでもないんだけどね。ほら、こじんまりとしていたほうが、お客様も子ども達も落ち着くでしょうから」
「そっか……。親しみが湧くような店構えのほうが、お客さんも依頼しやすいですもんね」
仁奈の言葉にその通りよというかのように、シンクレア夫人が目配せをする。
あまり雑然としていると仕事を任せにくいうえ、足元を見られる。一方、華美であれば反感を抱く者もいるだろう。
そういった意味でこの事業所の店構えはちょうどいい塩梅だ。
通り自体が賑やかで活気があるが、品が悪くはないのもシンクレア夫人の目の付け所の良さを感じる。
「さぁ、これは私の店よ。……さっそく騒がしくしているわね」
「す、すみません。注意はしたのですが……」
店前で出迎えに来てくれた三つ編みの少女がこちらに駆け寄ると同時に、深く頭を下げる。
そんな彼女にシンクレア夫人は首を横に振る。
「ナオミ、あなたのせいじゃないわ。ここは私に任せて仕事に行きなさい。他の子達にもそう指示を伝えて」
「は、はい……!」
再び、ぺこりと頭を下げると三つ編みを揺らして少女は店の中へと駆けていく。
突然のことに目を瞬かせる仁奈だが、そんな彼女の耳にも店の中の声は届いてきた。少女達が言い争う声である。
ふぅとため息をついたシンクレア夫人が仁奈のほうへと振り返った。
「――とりあえず、ついてきてくれるかしら」
「はい」
「わふっ!」
シンクレア夫人に案内され、仁奈はガブリエルと共に店へと入っていく。すると、少女達の言い争う話の内容も聞こえてきた。
「サナ、さっきから言っているでしょ? うちのおばあちゃんは本当に上手に作るの。お店で売ってるのとは全然違う特別な味なの!」
栗色の瞳の少女がそう強気に言うと、対峙した赤髪の少女も負けずと口を開く。
「それはエイミーが本当に美味しいお店に行ったことがないからそう思うの! おじちゃんとおばちゃんの作ってくれるほうが絶対に美味しいんだから!」
周囲の少年・少女達が止めようとしているのを、先程出迎えてくれたナオミという少女が他の作業に移るように声をかけている。
シンクレア夫人が腰に手をあて、眉間に皺を寄せて二人の少女に注意をする。
「エイミー、サナ。何度注意をされたら、私の言葉に耳を傾けてくれるのかしら?」
その言葉に少女達はぴたりと動きを止め、シンクレア夫人へと視線を移す。
ぎゅっと口元を結んだ栗色の瞳の少女、赤髪の少女は今にも泣き出しそうに眉を下げる。
シンクレア夫人の指示には従う二人だが、どちらにも譲れない問題なのだとその表情やぎゅっと握られたこぶしから伝わってくる。
額を指で押さえたシンクレア夫人が仁奈へと視線を向けると首を横に振った。
「……これがあなたに相談したいことよ」
「えっと……?」
二人の少女の喧嘩の仲裁をしてほしいということだろうかと、仁奈は怪訝な表情になってしまう。
それに気付いたシンクレア夫人が口を開く。
「あぁ、説明が不足しているわね。この子達二人は転生者なの。あなたと同じ国の記憶を持っているのよ。だからこそ、仲が良くなったんだけどそこで問題が起きちゃったのよね……」
頬に手をあて、どう説明するか悩んでいる様子のシンクレア夫人だが、二人の少女はぱっと顔を上げると期待の眼差しを仁奈へと注ぐ。
「じゃあ、この人ならきっとわかってくれるわ!」
「そうだね! 絶対知ってるはずだもの」
「――えっと……?」
まったく話が見えない仁奈は少女達の勢いに押されるばかりだ。
「私はエイミー! で、こっちの赤髪の子がサナよ」
「ね、お姉さんに聞きたいの!」
「な、なんでしょう?」
ぐいぐいと訴えてくるエイミーとサナの熱心さ、これはさぞかし重要なことなのだろうと仁奈もちゃんと聞いていると示すかのように何度も頷く。
「広島のお好み焼きと」
「大阪のお好み焼き」
「お姉ちゃんはどっちが美味しいと思う⁉」
最後の言葉は二人一緒に声に出した。
仲が良いというシンクレア夫人の言葉を実感する仁奈だが、二人が口にした言葉には今回の依頼の難しさがある。
(――これはまだわが国でも解決していない戦いなのでは……?)
エイミーもサナも真剣そのものだ。
仁奈は大きな問題の解決依頼を前に目を泳がせるのだった。
なかなか西日本に行く機会がなく…
お出汁や味噌の違いなど、色々食べてみたいなと思うんです。
お醤油も違いますし、食の地域性って興味深いですね。




