第5話 異世界ケータリング、出動!
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涼やかな風が仁奈とロビンの間を通り抜け、木々がさわさわと揺れた。
木漏れ日の下でしゃがみ込む仁奈、その隣にちょこんと座り込むロビン、そのあいだにはもふもふの犬がしっぽを振っている。
傍からみれば穏やかな光景だが仁奈は今、強い感情の中にいた。
「……しんどい」
「あ、あの! 初めてで上手く行く人のほうが少ないです! ニーナ様は今回初めての挑戦で、せ、生活魔法があれだけ成功したから十分ですよ!」
あれから何度となく能力を試したが、右手からは何も出ることはない。あの手の平に感じた温かさは何だったのかと思いつつ、仁奈は諦めることなく挑戦し続けた。
セリフがいけなかったのかと言葉を変えた。何度も何度も思い浮かぶ魔法の言葉を唱えて、いや大声で叫んだ――そして、何かが起こるより先に心が折れた。
羞恥心、圧倒的な羞恥の前に仁奈はただただ落ち込んでいる。
「……ロビン君もそうだったの?」
「い、いえ、僕は始めから……す、すみません! 嘘をつくのはいけないので!」
「ううん。そうだね、嘘はダメだもんね」
ルイージがロビンは優秀だと言っていたのがまだ仁奈にとって救いである。
そもそも、生活魔法が予想以上に便利だっただけで儲けものなのだ。
「ちょっと夢見ちゃったよね……」
「ニーナ様……」
姉の玲奈が聖女なのだ。仁奈は自分にも何か特別な力があって、ここでの生活に役立つ。あるいは誰かのためになる力があるのではないかと、仁奈は少々期待してしまっていたのだ。
十歳離れた姉は仁奈にとって親代わりでもある。母が亡くなった後、姉の玲奈が仁奈の面倒をみてくれたのだ。
仁奈は今、あのときの玲奈と同じ十九歳になる。
「やっぱり、お姉ちゃんみたいにはなれないのかな……」
「ニーナ様……?」
よしっと言って仁奈は立ちあがると土のついた手の平を払った。
「落ち込んでてもしょうがないよね。もう一回、ううん。何度でも挑戦あるのみだね」
にっと笑った仁奈はしゃがんでいるロビンに手を差し伸べた。その手に手を伸ばしたロビンの手をぎゅっと握ると仁奈はぐいっと彼を立ち上がらせる。
わっ、とバランスを崩しそうになったロビンが口にして、顔を見合わせた二人は思わず吹き出す――そのときだ。
「やっと見つけたよ! 君が聖女の妹君かい?」
「その言い方はどうかと思いますよ。キース様はもう少しお立場にふさわしい言動をなさってください……!」
突然現れた長身の青年のうち、一人はにこにこと親しげに手を振る。絹のような長い金の髪は肩まで長く、紫色の瞳は神秘的だ。
ふんわりとしたローブをまとっているが、その装飾は繊細であり、地位の高さを感じさせるものだ。
その隣で呆れたような表情を浮かべる青年は、赤髪を後ろに撫でつけて精悍な印象だ。彼もまた装飾や質の良さからすれば、それなりの地位であろう。
仁奈はその服装から王城に勤める騎士ではないかと推測する。
青年は帯剣しており、王城でそれが許される者は限られているというのが理由だ。
「そうです! キース様、いいですか? この御方にはニーナ様というお名前があるんですよ!」
厳密に言えばニイナであるし、様という敬称もくすぐったさがあるのだが、姉が聖女なのだ。その妹を呼び捨てにはできないのだろうと仁奈は飲み込んでいる。
年下であろうロビンの指摘を受けても、キースと呼ばれた青年は気を悪くした様子もなく穏やかに微笑んだままだ。
「あぁ、ごめんね。本当に人間って難しいよねぇ」
「あなたが色々と雑なんですよ!」
再びオスカーが注意をするが、キースは仁奈に向かってひらひらと手を振る。
「安心して大丈夫だよ! 私は聖女と君、同じくらいに関心があるからね!」
「――それはそれで大丈夫じゃないです!」
ロビンが抗議するが、近付いてきたキースは頬に手を当てて首を傾げる。
「もう面倒なものだね。やぁ、ニーナ。私はキース、知の泉と称されるセイリスの民の生まれだよ」
「セイリスの民……」
仁奈の反応に、隣にいたロビンがキースの話を補足する。
「セイリスという種族はとっても長生きなんです。こう見えてキース様も1000歳を越えていらっしゃいます。そしてこちらが――」
ロビンの言葉を受けて、赤髪の青年は仁奈に礼を取る。
つい、つられるように軽く頭を下げてしまったのは日本で暮らしている癖であろう。
「オスカーと申します。騎士として王城に勤めており、聖女様の任でこちらに伺いました」
「お姉ちゃ……、姉がですか?」
「えぇ。魔力の診断を終えた後、練習を兼ねて、庭に出たとルイージ魔術師がおっしゃっていましたので」
生活魔法の能力に秀でている――そんな結果を持って筆頭魔術師達の前に立つ。それがなぜか、仁奈にとっては気が重いのだ。
優秀な姉とごく普通の妹、仁奈はそう見られることには慣れているつもりだ。
姉は仁奈にとって、自慢であり、その努力を一番近くで見てきたという自負が仁奈にはある。
むしろ姉が褒められるのは仁奈にとって誇らしいことであったのだ。
だが最近、そんな姉妹の関係に変化が生まれている。
「それは今すぐですか?」
「え? えぇ、聖女様はご心配なさっているようですので」
騎士であるオスカーにとっては上の指示に従う必要があるのだろう。それはこの世界に来て間もない仁奈にもなんとなくわかってはいる。
「……私はこのとおり問題ありません。そう姉にお伝えください」
「――しかし」
「わふん!」
もふもふとした大型犬が賛同してくれるかのように鳴く。
一方、仁奈の言葉にオスカーは少々困惑した表情を浮かべる。
しかし、仁奈としてはまだ心の準備が整っていない。
突然、異世界で姉が聖女と呼ばれている一方で、自分には十分な力がない――それはここに来る直前の姉との話し合いを思い起こさせる。
今の仁奈には、自分の現状を受け入れるための時間が必要なのだ。
「いいじゃないか! 私もせっかくニーナに会えたんだし、もっと話したいことがあるからね!」
「……あなたのご意見より聖女様の」
「いやぁ、長く生きるのも大変でね? 私が満足できる知が、すなわち刺激が足りないんだよ」
オスカーの言葉を全く気にすることなく、キースは嬉しそうに仁奈の意見を採用しようとしている。
この国での聖女の存在を考えれば、仁奈より聖女の意見を優先すべきだろう。けれど、キースは自らの好奇心を優先させようとしているのだ。
そんな二人のやりとりを聞いていたロビンは頬を膨らませる。
「もう! 退屈しのぎでニーナ様に近付かないでください!」
「そうだ。すまないが、一度聖女の元に――どうした? 体調でも優れないのか?」
異なる世界から訪れた仁奈を労わるようにオスカーが尋ねる。
ロビンも心配そうに仁奈を見つめた。
「――呼ばれています」
「? あぁ、だから聖女様に……」
自らの言葉にオスカーがそう口にすると、仁奈は強く首を振る。
「違うんです! 誰かが私を呼んでいるんです……! 私、私が行かなくちゃ!」
「わふっ!」
その場にいる三人全員が仁奈の言葉を理解できないなか、犬だけが肯定するように強く吠えた。
「ニーナさんっ……!」
ロビンは強い魔力が仁奈から溢れてくるのを感じ、彼女の名を呼ぶ。
オスカーは何かが起こる予感に仁奈から視線を外せない。
キースは久しぶりに心ときめかす出来事を前に目を輝かせた。
「ケータリング……、異世界ケータリング出動!」
先程試していたときとは違い、手の平だけではなく、体の奥から力が感じられる。
仁奈が両手を前に差し出すと共に、辺りは強い光に包まれるのだった。
いよいよ、仁奈の力が??
明日も更新です。




