第53話 故郷自慢のお好み焼き
お楽しみ頂けましたら嬉しいです。
「だから、うちのおばあちゃんのが一番美味しいんだってば!」
強気な眼差しをした栗色の髪の少女がそう言えば、向かい合う赤髪の少女もキッと眉を吊り上げ、言い返す。
「いいえ! おじちゃんとおばちゃん直伝のほうがずっとずっと美味しいから」
対峙した少女はどちらも譲ることなく、周りの子ども達はおろおろとするばかりだ。
ここは王都にあるシンクレア夫人の事業所である。
少年や少女に計算や文字を教え、その子ども達を斡旋し、仕事を与えているのだ。
貴族が商売をと眉を顰める者もいるが、そんなことを気にするシンクレア夫人ではない。
けれど、そんな彼女が気にしているのが目の前の二人の少女の仲違いだ。
「エイミーもサナもいい加減にしなさい!」
シンクレア夫人がぴしゃりと言い放つと二人の少女も流石に黙るが、お互いを見つめる視線の強さはまだ納得していないのがひしひしと伝わる。
ぷいと顔を背向けあう二人にシンクレア夫人は頭痛がするかのように額を押さえた。
そんな様子を見つめていた仁奈が口を開く。
「――では、作ってみてはいかがでしょう?」
「……ニーナちゃん?」
仁奈はにっこりと笑うとシンクレア夫人、そしれエイミーとサナと呼ばれた少女に提案を持ちかける。
「それぞれに想い出の料理にこだわりがあるのは当然です。せっかくですし、二人にとって特別な味をここにいる皆にも知って貰ってはいかがでしょうか」
それまでエイミーとサナのやりとりを不安そうに見ていた子ども達の表情が明るくなり、歓声が上がる。
そっぽを向いていたエイミーとサナも再び相手に視線を戻し、やる気満々である。
しかし、提案をした仁奈は二人が腕を奮うこの料理が特別なものだと知っている。
仁奈のいる世界においても、この問題はなかなかに厄介なのだ。
「お好み焼き対決in異世界か……」
キャッチ―な響きと親しみの湧く料理とは裏腹に、対決する二人の少女の気迫を仁奈は一人感じるのだった。
*****
「――巡礼の旅、ですか?」
聖女玲奈の言葉に、宰相レイモンドが頷く。
今日、玲奈は宰相レイモンドやキースと共に儀式を前に話し合いを設けた。
場所は玲奈の自室であり、お付きのメイドであるジュディとアンナも一緒だ。
「えぇ、ご存じかと思いますが、巡礼の旅は過酷なものです。そもそも、実際に行われたかも不明で……到底我が国としては受け入れることはできません」
儀式を前に各国からの要望が数多く寄せられる。
数百年現れていない聖女という存在は、今までどこか遠く現実的ではなかった。経典や歴史書の中でしか知り得なかった。
そんな聖女が召喚によってこの世界に降り立ち、儀式で衆人の前に姿を現すのだ。
今後の聖女への期待は高まるばかりである。
それを表すかのように各国から寄せられる内容で最も多いのが巡礼の旅の要請なのだ。
「安全面の問題でいけば、一番困るのが魔術師の不在だね。今、使えそうなのはロビンとその師匠のルイージ。だけど、この二人が王城を出てしまえば、スラフェスが困るからね」
キースの言うとおり、飛行船の墜落事件で多くの魔術師が任を解かれた。
そのため、今は魔術師の数が不足している。平民からも起用し、育てていく予定だが、それでは王都の安全が心もとない。
それ以外にも旅費に人件費にと、巡礼の旅にかかる費用面の問題も大きい。
「なによりも聖女様の身の安全、これが保証されないのですから我が国としては巡礼の旅など易々と引き受けるわけにはいかないのです」
聖女という存在に期待した人々が何をするかは予想できない。
自国のために、家族のためにと暴挙に出る者がいないとは言い切れないのだ。
「……ご配慮ありがとうございます。ただ、儀式までは日数もありますし、すぐに決断を下す必要はないのではありませんか」
「聖女様がそうおっしゃるのであれば――ですが、我々としては巡礼の旅よりあなた様をお守りしたいと考えております」
玲奈は曖昧な笑みを返すだけだ。
この世界を知らない玲奈は巡礼の旅がどれほど過酷なものなのかはよく把握できずにいる。
しかし、各国の状況や情報を得ようと書籍で学んだおかげで、巡礼の旅を望む声も理解出来ぬわけではないのだ。
気候によっては農業にそぐわない、あるいは土壌の問題などを抱えている国や地域もあると玲奈は知ってしまったのだから。
「君がいれば、天変地異を避けられ、不作の問題も避けられる。とても喜ばしいことだよね。時に人々の生活の基盤そのものが奪われてしまうのだから」
「キース様……!」
シンクレア側としては聖女である玲奈の安全を第一に考えるのが当然だ。
キースの言葉は巡礼の旅を求める他国側の意見に近いものであり、宰相レイモンドの表情が険しくなる。
「まぁ、こっちはこっちで話し合って決めるだろうから、君も君で話し合っておくといいよ」
「私も私で……ですか?」
キースの言葉に玲奈は戸惑い、問い返す。
キースの言うこっちとは宰相レイモンドや国王アンドリューのことであろう。
しかし、自分が話し合うべき人物とは誰のことを指しているのか、玲奈にはすぐに思いつかなかったのだ。
そんな玲奈にキースが肩を竦める。
「ニーナだよ」
「――仁奈に……」
聖女であるために生まれる負担、その愚痴を夜に妹に話すことは最近よくある。
仁奈と近況を語り合う時間は、こちらの世界に来てから出来た息抜きだ。
しかし、玲奈が話しているのはお茶を飲みながら楽しく話せる範囲の愚痴なのだ。
聖女としての立場や異世界での戸惑いなど、相談といっても重々しいものにはならない。
それは仁奈のほうも同じであろう。
仁奈にどう伝えるべきか迷う玲奈の表情を見て、キースがこくりと頷く。
「うん、わかったよ! じゃあ、私から伝えておくから」
「ちょっと待ってください! 私はまだ何も! キースさ……」
「大丈夫、大丈夫! そもそも聖女だからって全てを背負えるわけないんだからね」
玲奈の言葉を終わりまで待つことなく、キースはひらひらと手を振ると颯爽と部屋を後にしてしまう。
残された宰相レイモンドが申し訳なさそうに口を開く。
「その……非常に優秀な御方なのですが少々自由なところがおありになりまして……」
「――そのようですね」
宰相レイモンドがいるのでぐっとため息を抑えた玲奈だが、キースの最後の言葉が気にかかる。
“聖女だからといって全てを背負えるわけではない”とキースは言った。
それが長き時を生きるセイリスの民としての知識か、彼自身の考えなのは定かではないが、彼なりに玲奈を気遣ってくれたのかもしれない。
けれど、玲奈はこうも思うのだ。
“聖女となれるのは自分しかいないのだと”
自分の選択で誰かの、いや国の行く末すら変わってしまうことがあるのならば、背負わない判断をすることのほうが恐ろしい。
ずしりと感じた聖女という肩書の重さに、玲奈は形の良い唇をぎゅっと噛み締めた。
次回の更新は10/6です。
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