第52話 願いと祈りの肉料理 7
シルバーウィークも今日で最後ですね。
お休みの方、そしてお仕事の方もお疲れさまでした。
拙作が気分転換の一つになっていましたら嬉しいです。
塊の豚肉を仁奈は鍋で煮込んでいく。
中には刻んだんネギと生姜も一緒に入れている。塩、ネギと生姜を風味付け、そして臭み取りに使うのだ。
煮込みながら浮かんできたアクを丁寧に掬い取っていく。
「王城の食堂でも皆、喜んで食べてくれたし、ソースで食べやすくなるから子ども達でも大丈夫だよね」
仁奈としては茹で豚にはごはんが欲しくなるところだが、こちらの流儀でいけばパンであろう。ネギと生姜の香味ソースはどちらにも合うはずだ。
茹で豚の用意をしつつ、仁奈はソースに使うネギや生姜をみじん切りにしていく。
風味がより出るように、そして子どもでも食べやすいように一度火を通し、辛みを軽減する予定である。
そうしている間にも鍋からは火の通った茹で豚の良い香りが漂ってきた。
ケータリングカーの窓からはそわそわとこちらを気にする子ども達の様子が見える。テーブルの用意を終え、ロビンが帰ってきた。
「どうですか? 他にしたほうがいいことってありますか?」
「うーん、そうだな……。じゃあ、カトラリーを人数分お願いしていい?」
「はい! オスカーさーん、カトラリーですって!」
テーブルを拭き、テーブルクロスを敷いているオスカーが手を振っているのが仁奈の目にも映る。子ども達も手伝おうと近くにいて、皆で持っている白いテーブルクロスが風になびく。
強い風に子ども達の手からテーブルクロスが離れてしまったのを見てオスカーが慌てるが、その先にいたキースが無事それを手にする。
なぜか子ども達の拍手を浴びて、キースは得意げに笑う。
そんな光景に仁奈は目を細めつつ、調理を続ける。
「茹で豚を取り出して、少し冷まして置いてっと。あとはこの茹で汁が大事だよね」
そう言って仁奈は金属のボウルを取り出し、布巾とざるを用意し、その中へと茹で汁を落としていく。先程もアクはすくったが、さらに綺麗に取り除くためである。
布巾とざるを取り除けば、澄んだ茹で汁が後には残る。
「うん! あとはキャベツや人参を茹でるだけだね」
そう言って笑う仁奈の耳には子ども達のはしゃぐ声が届く。
教会の子ども達、そして仁奈達が来ることを願ってくれたアニーが料理を気に入ってくれるだろうかと思う仁奈であった。
「うっわ! 凄い旨そう!」
「もう! ちゃんと席に座ってよー!」
外に用意されたテーブルには白いクロスが引かれ、ケータリングカーにあった数客の椅子、そして教会内にあった椅子が置かれている。
数種類のパンの入ったカゴにカトラリー、そして仁奈が用意した茹で豚が大皿が二つ中央に置かれた。茹で豚が入った皿には茹でたキャベツや人参もあり、彩りも鮮やかだ。
仁奈はもちろん、キースやオスカーもその様子に目を細める。
「どうぞ皆さんで召し上がってください!」
仁奈の言葉に子ども達からは歓声が上がり、アニーも嬉しそうにそんな友人達を眺めている。
しかし、座ったアニーの後ろでノアが不安そうな表情を浮かべる。
このテーブルにはアニーが食べられそうな料理がないのだ。
「おまたせしましたー!!」
「ロビン君、ありがとう」
元気な声と共にロビンがトレイを持って皆の元へと向かってくる。
こちらに来たロビンの持つトレイから、仁奈は皿を持ち上げ、それをアニーの前へと置いた。
「どうぞ、野菜スープです」
細く刻んだキャベツと人参を煮込んだスープからは、湯気と共に食欲をそそる香りが漂う。
キャベツは消化に良く、胃にも優しいため、アニーには適している。人参は栄養価が高い野菜であり、その色合いもシンプルなスープを彩りを添えている。
「ありがとう!」
そう言ってアニーはスプーンを持つと、そっとスープを掬い、口へと運ぶ。
「どう? アニー」
ノアが顔を覗くと頬が染まり、笑みを浮かべるアニーの表情が飛び込んでくる。
「……わぁ、美味しい!」
優しい味わいの中に、生姜の風味もほのかに感じられる。
だが、アニーはその味を楽しみと同時になぜか不思議そうな表情を浮かべる。
適度な塩気と共に感じるのは肉の旨味なのだ。
「お肉が入っていないのに、どうしてお肉の味がするの?」
アニーの問いかけに仁奈は笑みを浮かべ、子ども達の方へと視線を向ける。
茹で豚を頬張っていた子ども達は興味津々でアニーと彼女の前に置かれたスープを見ている。
「それはね、皆の茹で豚を使った煮汁を使ってそのスープを作ったからなの」
そう言って仁奈は皿の茹で豚を指差した。
豚肉、そして生姜やネギを加えて茹でた汁には当然、その旨味も残る。
そのアクを丁寧に取り除き、濾した汁を使い、仁奈は野菜スープを仕上げたのだ。
「でも、どうして茹で汁を使ったんだい? 君なら他の食材を使ってスープを作ることもできるだろう?」
キースの言うとおり、仁奈の料理への知識やケータリングカーの力を使えば、様々なスープや料理が用意できることだろう。しかし、それではダメだと仁奈は考えたのだ。
「そうですね。でも、私達を呼んでくれたアニーちゃんが皆と一緒に料理を楽しめたらと思ったんです。同じ料理はまだ難しいかもしれない……でも、同じ食材を使った料理なら大丈夫ですから」
仁奈がアニーへと視線を向けると、スープの温かさで頬を染める姿が目に入る。
「うん! あたし、いつかは皆と一緒にこの料理を食べられるようになる! ……そのときはまた作ってくれる?」
「もちろん! そのときはまた私達に来てほしいって願ってね」
仁奈が即答するとアニーが白い歯を見せて嬉しそうに笑う。その後ろでノアは目をしきりとこすっている。
「そのスープって、まだあるの?」
「あー、茹で汁を使っているからアニーちゃんの分しか……」
茹で汁は丁寧に濾したこともあり、あまり残っていなかったのだ。
実際にはもう一人分程度残っているのだが、これもアニーに夜でも食べてもらえればと鍋に残ったままである。
「じゃあ、アニーだけの特別なスープだね!」
「えっ……そ、そうだよ!」
少年がそう言うと一瞬、目を大きく見開いたアニーだが、すぐに得意げな表情へと変わる。
「アニーがこの人達を呼んでくれたんだもん。当然だよ!」
「ありがとう、アニー」
他の子ども達からも感謝の言葉が投げかけられる。
シンプルな食材を使った胃に優しいスープ、そしてネギソースの茹で豚もアニーが異世界ケータリングが訪れることを願ったために得られた料理と機会なのだ。
次々にかけられる感謝の言葉に、アニーの頬はどんどん赤くなる。
緑の広がる景色の中で、白いテーブルクロスは良く映える。
子ども達の声が響く食卓に仁奈達も訪れて良かったと感じるのであった。
「――そう、よかったわね」
異世界ケータリングで出会った人々や作った料理を仁奈は夜、姉の玲奈に報告することが多くなった。
とはいってもお茶を飲み、その日あった出来事を話し合うといった微笑ましいものだ。
ぎくしゃくしていた姉妹の関係性が修復され、その距離は自然でお互いにとって居心地の良いものになっているのだ。
聖女である玲奈は安全のために、外の世界に出かけることは難しい。
そのため、仁奈の話がこの国を知る良い機会でもあるのだ。
「うん。よくわからないでこっちに来たけど、ロビン君やオスカーさん、ちょっと変だけどキースさんとも上手くいってるよ。あと、シンクレア夫人も料理人のアランさんも……あ、ガブリエルもいるし!」
仁奈の周りにいる人々は少々個性的ではあるが、異世界ケータリングを応援し、なにより仁奈自身を支えてくれる。
そんな彼らのおかげで、見知らぬ土地でも過度に不安を抱えずに過ごして来れたのだろう。
周囲の人々への感謝、そして今日の出来事を思い出し、仁奈の表情は自然と緩む。
異世界ケータリングの活動、こうして姉と過ごす穏やかな時間――仁奈の異世界生活は充実してると言える。
「お姉ちゃんは?」
「――え?」
仁奈の問いかけにカップに入った紅茶を見つめていた玲奈は顔を上げる。
「儀式も近付いてきて忙しいんでしょ?」
「……そうね。各国から要人や使者が訪れているわ。今度、話し合いが行われるから一応私も同席する予定よ」
「凄いね……」
以前も各国の宰相や王族などの要人が玲奈への謁見を求めていると伝えられていた。しかし、儀式を前にそれぞれの要望や考えに耳を傾ける時間が設けられるのだろう。
仁奈にとって玲奈は姉である。
それは異世界に来ても変わらない事実だ。
けれど、周囲の目には聖女であるのだとこうした話を聞くと再認識する。
「でも、お姉ちゃんなら皆が認めてくれる聖女になれるよ」
迷惑をかけないようにと距離を置いたこともあるが、玲奈は仁奈にとって尊敬できる姉であり、深い信頼を寄せている。
それは他の多くの人にとっても変わらないだろう。
そう思い、姉のメイドであるジュディとアンナが用意してくれた紅茶と菓子を楽しむ仁奈。
そんな彼女は目の前で静かに紅茶を口にする姉玲奈の瞳が、不安に揺らいでいることにまだ気付けずにいた。
いつも読んでくださり、ありがとうございます!
1週間ほど、お休みをいただきます。
どうぞよろしくお願いいたします。




