第48話 願いと祈りの肉料理 3
9月も半ば、季節の移り変わりは本当に短く感じますね
「――先程のお話ですが、私は違う考えです」
「え?」
仁奈を迎えに食堂に来たグレタは会話が聞こえていたのだろう。
本来はそれでも口を挟まないであろう彼女がそんなことを言うのは、仁奈が少々落ち込んでいたせいだ。
「失礼ながら先程の会話を耳にいたしました。けれど……」
グレタは目を伏せた後、仁奈へと視線を向ける。
「夢が必ず叶うわけではない。それはその通りです。でも、私もサラもその夢に救われました」
グレタとその幼馴染であるサラは王都の図書館が庶民にも開かれたことで、将来のへの希望と夢を持てたと以前、仁奈は聞いていた。
何も持たない子どもであったグレタとサラだが、それでも夢は持つことが出来た。
仁奈自身もそれは経験として思い当たる。
子どもの頃、よく姉と他愛もない会話をした。もし、旅行に行くなら、もしペットを飼うなら。叶うことはなくとも、その会話を楽しみ、夢を見たのだ。
「夢の多くは叶うことはないのかもしれません。それでも、夢を見ることで人は生きていけると思うんです」
夢すら見られないのでは、心が追い込まれてしまう――グレタはそう言いたいのだろう。
その言葉に仁奈は今回、自分を呼んでいるだろう人を想う。
ケータリングカーの活動を否定されたのは初めてだ。
それでも、仁奈は自分の料理を必要としている人に届けたいと強く想う。
「私を呼んでいる人はどんな料理を求めているんだろう。……届けたいな」
「ニーナ様……」
強い願いがケータリングカーを呼ぶ。しかし、相反する願いがあれば呼び出す声が聞こえなくなってしまうのだろうか。
キースの推測が当たっているのなら、仁奈達がそこへ向かうことは難しい。
「でも、そこまでケータリングカーの活動を望まない理由ってなんだろう……」
ケータリングカーに来てほしい――そう願う気持ちは状況は様々であろうが想像できる。
けれど、それを反対する事情が仁奈にはよくわからないのだ。
「チラシを配っていたときに、こんなチラシで子ども達をかどわかさないでほしいって言われたでしょう? だから、王都のどこかでチラシを見たか、持って帰った人だとは思うんだけど……グレタ?」
仁奈の話を聞いていたグレタの表情が険しいものに変わる。
「やはり、私の考えとは相反します! キース様が作られたチラシは素晴らしいものです……!」
「あ、そっか。チラシはキースさんが作ったもんね……」
王都の図書館を一般に開くきっかけを作ったのはキースである。
そのため、グレタはキースに深い尊敬の念を抱いているのだ。
「えっと、グレタ。いろんな人の意見や考えがあるからね」
「それは存じておりますが、あのチラシは素晴らしいものですし、なによりそれを発案なさったキース様がどれだけ我々のことを想っていらっしゃるか……! より多くの方がケータリングカーを呼び出せるように心を配った結晶があのチラシなんです!」
グレタの勢いに黙って頷く仁奈だが、キースはただ面白いことが好きなのではという考えを抱く。チラシも嬉々として配っていたが、より多くの依頼を受けたいのはキース自身が飽きないようにではないか。
長く生きるキースの視点は仁奈達とは少々違う気がするのだ。
そんな仁奈だが、今もまだキースの素晴らしさを語るグレタには何も言わず、ただ頷く。
キースに対するグレタの憧れは彼の側にいても消えないようだ。
不思議に思いつつ、グレタの会話に耳を傾ける仁奈であった。
*****
教会の孤児院、消灯後の見回りのため、ノアはランプを持って子ども達の様子を観に訪れた。ある一室の前でノアは立ち止まる。ここは病気を持つ子どものための部屋だ。
暗い部屋のベッドの上、じっと窓の外を見つめる少女アニーの姿に、胸がぐっと締め付けられるような想いになりつつ、ノアは気持ちを切り替えるように首を振った。
アニーの手の中には一枚のチラシがある。
それは異世界ケータリングのチラシ、以前王都に出かけた際に何気なく拾ったものをノアが教会へと持ち帰ったのだ。
栄えた王都では村にはないめずらしいものが多い。そのため、王都の話を子ども達は当然聞きたがる。
そんな理由から、何気なく持ち帰った一枚のチラシがアニーの心を捉えて離さないのだ。
「アニー、もう遅いから寝ないといけませんよ」
「ノア先生……。でもあたし、もう少しこのチラシを見ていたいな」
「……体にさわりますよ?」
しょんぼりと肩を落とした姿に心が痛むが、アニーがこの部屋で一人で寝ているのには理由がある。
教会に併設された村の孤児院には他にも数名の子ども達が過ごしている。
しかし、数年前からアニーは体調を崩しているため、こうして修道女達が足を運びやすい一室で過ごしているのだ。
「ねぇ? ノア先生はもしケータリングカーが来たとしたら何をお願いするの?」
「……アニー、言ったでしょう? それはお話だけのことよ。きっとそのチラシもなにかの宣伝のものじゃないかしら?」
風変わりな者達が配っていたが、彼らの目的はノアにもわからない。
しかし、王都で買い物をした際に異世界ケータリングを知っているかと尋ねると、店主が空を飛び、どこへでも訪れる聖女公認の活動だと誇らしげに語ってくれた。
聖女がこの世界に召喚されたという事実はノアも耳にした。
教会にしてみれば、聖女は敬愛と尊敬の対象であるが、突然その事実を知ってもノアにはどこか遠いものに感じられる。
「そんなことないよ。それに楽しいでしょう?」
「楽しい?」
ノアの問いかけにアニーはこくりと頷く。
「もし、来てくれたらどんな料理をお願いしようかな? とか来てくれる人はどんな人達なんだろうな? とかそういうのを考えるだけでわくわくするもん」
「……そう」
まっすぐにこちらを見つめるアニーの瞳にノアはいたたまれぬ想いになる。
ノアはアニーの元に異世界ケータリングが訪れないことを強く願っている――実際、王都で出会ったチラシを配る少女達にも拒絶する言葉を投げかけた。
その行為が決して褒められるものではないと彼女も知っている。
それでも、アニーを想うと彼らを、なによりチラシを持ち帰ってしまった自分を責めずにはいられなかった。
「あたしはね、お肉料理がいいんだ! それを教会の皆で一緒に食べるの! ノア先生も一緒だよ!」
アニーの可愛らしい提案にノアは曖昧な笑みを返すだけだ。
「さぁ、もう寝ましょう? このあいだも熱を出したでしょ?」
「……はーい。ノア先生、おやすみなさい」
口を尖らせたアニーだが、自分自身が体調を崩しやすいことは彼女もよく知っている。チラシをベッドサイドのデスクに置くと、ふとんを顔の半分が隠れるまで引き上げて、横になる。
「――おやすみなさい。アニー」
そう言ってノアはアニーの部屋を後にする。
ぱたりとドアを閉め、廊下を歩くノアはぎゅっと唇を噛みしめる。
ノアが何気なく持ち帰ったチラシはアニーに希望を与えた――それは事実だ。
けれど、その事実が今のノアを苦しめる。
「希望を持たせたのが、却って酷だなんて……私の考えが足りなかったのだわ」
ノアの中には後悔の念が消えない。
先程、目を輝かせながら異世界ケータリングを語ったアニーを思い出し、ノアはまたやるせない気持ちになるのだった。
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