第47話 願いと祈りの肉料理 2
いつも読んでくださり、ありがとうございます。
「そんなことがあったんですか……」
仁奈達に昨日の話を聞いたロビンは目を丸くする。
王城の食堂は今日も賑やかで、食欲をそそる香りと活気に満ちていた。
事情を話した仁奈としても、なぜ彼女があのような態度を取ったのか、その理由は未だにわからないままである。
「でも、僕もいればよかったですね……。王都にはいろんな人がいますし、危ないこともあって当然ですし」
平民からの魔術師育成など、最近のロビンは多忙であったため、昨日は同行しなかったのだ。気に病むロビンに食事を取っていたキースが、その心配はないというかのように笑う。
「問題ないよ。私もオスカーも一緒だったんだ。彼は騎士だし、私も力には自信があるからね」
「それはそれで問題でしょう。我々は権力を持つ立場、それにもかかわらず暴力を奮うわけにはいきませんよ?」
呆れたようにオスカーがキースを嗜めるが、彼は気にした様子もなく、食事を楽しんでいる。
責任感が強く生真面目なオスカーと、気ままで飄々としたキースの考えが異なるのはいつものことだ。
仁奈も昼食の茹でた豚肉をを口にほおり込む。脂の旨味とネギと生姜の味わいが一体となってボリュームがある豚肉もすっきりと食べやすい。
もぐもぐと食べ進めているとロビンが仁奈へと視線を向ける。
「ニーナ様の生活魔法はいかがでしょう?」
「ん、私?」
急に話が降られ、急いで仁奈は口の中の料理を飲み込む。
「森の木々に水をかけても一切疲れなかったように、仁奈様の生活魔法は規格外なので!」
そう言ってにっこり笑うロビンだが、周囲の人と比べたことのない仁奈にとってはあまり実感が持てない。
水や風、火を自由に起こせるのは便利なのだろう。しかし、ケータリングカーで生活するならばそこまでも魔法は不要な気もしてしまう。
この辺りの感覚は、生活魔法をよく知らない仁奈には実感が薄いのだ。
だが、オスカーやキースはロビンの言葉に頷く。
「なるほど、水や風なら相手もそこまでひどい怪我にもならなそうだしねぇ。でもさ、君もあのときにもう少し抗議してもよかったんじゃないかい?」
「わ、私ですか?」
急にキースの矛先が自分に向き、オスカーはたじろいでいる。
仁奈もオスカーもあまりに突然の出来事に対応に困ったのも事実だ。
悪意や敵意を持って向かってくる敵であれば、騎士として鍛錬を重ねるオスカーでは即座に対応できたであろう。しかし、修道女の女性に異世界ケータリングの活動を突然批判される――これは想定の範囲外なのだ。
「見知らぬ女性に怪我をさせるわけにはいかないでしょう?」
オスカーの言うことは騎士としては理想的なのだが、キースは納得した様子はない。自分が書いたチラシを否定されたというキースにとっては重大な問題なのだ。
「そもそも、ケータリングカーの活動をそこまで批判する理由もわからないからねぇ……。もしかして君、どこかで恨みを買っているんじゃないかい?」
「――あなたではあるまいし、そのようなことは断じてございません」
食事を続けながらも会話を続けるオスカーとキース、仁奈は今度は茹で肉にネギのソースをたっぷりつけて頬張る。
脂があるが、ソースがすっきりとして味わい深い。残念な点は合わせる主食がパンであることくらいだ。
こちらの世界にも米はある。しかし、今日の献立が米ではなかっただけなのだが、美味しいものを食べたときには仁奈はどうしても米が欲しくなってしまう。
「初めて食べる料理ですけど、美味しいです!」
「あ、嬉しい! このあいだ、アダムさんに教えた料理なんだ。お肉でもあっさりして食べやすいし、ソースによって味も変えられるんだ」
弱火で煮た豚肉にネギのソースをかけた料理は調味料が違えば、韓国料理のポッサムにもなるだろう。
厨房にいるアダムが味はどうだと仁奈を気にかけているので、ばっちりだと伝えるために手を大きく振った。
「でも、皆さん怪我がなかったのはよかったですね。こちらにもお相手にも怪我なかったんですから」
「そうだよね。でも、何がいけなかったのかなぁ……」
昨日のオスカーの様子では、気付かぬうちに失恋をさせ、恨みを買う可能性も無きにしも非ずだが、相手は修道院の服装に身を包んでいた。
そのことから考えると可能性は低いだろう。
「となると、やっぱり異世界ケータリングのチラシを見て、何か気に入らないことがあったんだろうけど」
良かれと思って行ったことが誰かの恨みを買う――世の中では残念ながらあることなのだとは仁奈も知っている。しかし、それがやりがいを感じている異世界ケータリングとあっては、流石に仁奈も落ち込んでしまう。
そんな仁奈にそっとロビンが尋ねる。
「あの……。その修道女の方、もしかして王都の教会の方ではないんじゃないでしょうか?」
「え? どういうこと?」
ロビンの言葉に、口喧嘩を続けていたオスカーとキースもぴたりと不毛な会話を止める。
「王都の教会に属している方はキース様のことをご存じのはずです」
「……ロビンの言うことも一理ある。キース様は病気が流行ったときなど、魔術師達に同行し、病後の過ごし方などの知識を広めていらした。セイリスの民であるキース様は一目置かれる存在でもあるからな」
図書館の件といい、キースは長年に渡って知識や提案で人々の暮らしを支えてきたのだろう。自分が関心のあることだと少々暴走しがちなキースだが、どうやら王都の人々の信頼はあるようだ。
「つまり、ロビン君はあの女性が王都の人ではないと言いたいのね」
仁奈の言葉にロビンはこくりと頷く。
彼自身、他の街から王都に訪れた。王都という場所は、常に誰かがそこを目指し、向かっている。物も人も王都に集まるのだ。
「王都には様々な人が訪れます。市場にはいろんなものが集まりますし、ここでなきゃ買えないものだってありますし。他の街から乗合馬車などで買い出しに来ることもあると思うんです」
「ということは、彼女がどこの誰かもわからぬままだな」
ロビンの言葉はもっともだ。だが、彼女が王都の修道女でないのであれば、どこの街から来たのかを知るのも難しいだろう。
「叶えられない夢を見させるのは酷――なんでしょうか。確かに皆の願いを叶えられるわけではないですもんね」
ふいに現れ、投げつけられた言葉は仁奈の言葉に棘のように刺さったままだ。
突然、異世界に来るはめになった仁奈だが、ロビン達と出会い、自分の能力を生かすことでこの世界での自分の在り方を見つけたような気持ちであった。
しかし、その異世界ケータリングのチラシを見た人に拒まれ、その自信も揺らいでしまっている。
美味しい昼食をこのような気持ちで食べることも複雑だ。なんとも言えないモヤモヤした感情を持て余す仁奈であった。




