第46話 願いと祈りの肉料理
読んでくださり、ありがとうございます。
楽しんでいただけていればなぁと思いつつ、書いています。
「帰って! 帰ってください!」
強い拒絶に仁奈達は戸惑う。
異世界ケータリングを始めてから、今までこのように拒まれたのは初の出来事だ。仁奈はもちろん、ロビンやオスカーも目の前の女性の反応に驚いていた。
キースはおやおやと小さく呟き、犬のガブリエルは楽しそうにしっぽを振る。
仁奈がこの教会に訪れたのは、もちろん偶然などではない。
誰かに呼ばれ、ケータリングカーでこの教会に訪れたのだから。
「帰れません。誰かが私の力を必要としているので」
仁奈としてもここで帰るわけにはいかないのだ。
そう告げると、修道服に身を包んだ女性が唇を噛みしめた後、深いため息をついた。
こちらを見つめる彼女の眼差しにも強い意志が宿る。
どうやら、彼女には彼女なりの理由があるのだろう。
しかし、仁奈達としてもこのまま帰途につくわけにはいかないのだ。
青空が広がり、吹く風も心地良く頬を撫でる。
王都に近い街の教会は森に近く自然も多い良い環境だ。
そんな穏やかな風景の中、対立する仁奈達と修道院の女性――どう説得すれば良いのかと仁奈は頬に手を置くのだった。
*****
「最近、なんだか変なんですよね」
突然、そんなことを言い出した仁奈に皆の視線が集まる。
いつもと同じ平民用の研究室だが、ここもロビン専用の研究室になる予定だ。
平民からも多く魔術師を採用し、育成するため、『平民用』という分け方が不要となるのが理由である。
同時に治癒師の起用、聖女である玲奈への指導と魔術師のロビンとルイージは多忙なのだ。
そんなロビンも今日は研究室におり、仁奈の言葉に小首を傾げている。
「何が変なんですか?」
「うーん。最近、呼ばれているような、いないような?」
「呼ばれるというのは異世界ケータリングのことか?」
オスカーからの問いかけに仁奈はこくりと頷いた。
最近、誰かに呼ばれていると仁奈が気付いても、すぐにその願いが聞こえなくなってしまう。
今までにない事態に玲奈も困惑しているのだ。
「うーん。今、ニーナがケータリングカーを呼び出すには二つの形があるよね。一つは本人が強く求めて呼び出される形、もう一つがニーナの意志でケータリングカーをこちらに呼び出す――これは君が新たに身に付けた形だ」
キースの言うとおり、仁奈は聖女である姉の玲奈と共に祈ったことでケータリングカーを自分の意志でも呼び出せるようになった。
飛行船墜落の事故は仁奈にとって大きな転機でもあったのだ。
「……願いが聞こえなくなってしまうということはその方が諦めたとかそういうことなのでしょうか」
ロビンの言葉にキースは納得できないようでめずらしく真剣な表情で考え込む。
「一つは緊急性が高いものではない場合、今までの発動条件は全てそういう形だったからね」
「確かに呼び出された状況はその方にとって、ニーナ嬢の力がなくては乗り越えられない苦境だったな……」
強く願い、助けを求める状況になって初めて、ケータリングカーの力が発動していたと思われる状況が多い。
それを知るオスカーやロビンはキースの言葉に納得の表情を浮かべる。
セイリスの民であるキースは知識に限れば頼りになるのだ。
「あるいは、強い願い同士がぶつかり合っている場合だね」
「願いがぶつかり合う……ということは誰かが真逆のことを願っているってことですか?」
そのようなことが起こり得るのだろうかと考える仁奈に、キースは言葉を続ける。
「おそらくね。だってニーナはつい昨日も呼び出されてケータリングカーを出動させていただろう? ってことは能力に問題はないってことだよね」
「あ、そうですね。ちゃんとケータリングカーで行けました!」
ケータリングカーを動かし、活動できたのだ。キースの言うとおり、仁奈の力に問題があるわけではないのだろう。
呼び出された感覚はあるのに、発動しようとする前にその声が聞こえなくなってしまう。今までにない事態で、仁奈としてもどう動くべきか迷いがある。
そんな仁奈の気持ちを察してか、オスカーが声をかける。
「――まぁ、今ここで急いで答えを出す必要はないだろう。まずは今、ニーナ嬢ができることから始めるといい」
「僕もそう思います! 他にも『想い出の料理』を求めてる人はたくさんいるはずですし!」
自分を励ましてくれるオスカーとロビンの言葉に、仁奈は落ち込みかけた気持ちを立て直そうと口元を緩ませる。
ケータリングという能力は仁奈にもまだ把握しきれていない部分がある。
まずは今、仁奈達の力を必要としている人のために動くのが最優先だ。
仁奈達の話を聞いてキースはなぜかぱっと表情を明るくする。
「うんうん、それもそうだね! まずこのチラシを王都の人々に知ってもらうのが重要だという結論だね」
「――そのような結論は誰も申しておりませんが」
オスカーの言葉を無視したキースは研究室の引き出しから、チラシを取り出す。
どうやら、ロビン達の研究室に私物をしまい込んでいたらしい。
机の上にどさりと置かれた異世界ケータリングのチラシを前に、呆れた表情を浮かべる仁奈達。それを気にせず、キースは一人だけやる気に満ち溢れているのだった。
王都に出た仁奈達だが、今回の移動方法はケータリングカーを使用した。
前回、ロビンの家に訪れたときには王都でもかなり驚かれた。
チラシに書かれていたことが本当であったと周知され、騒動になりかけたのだが、異世界ケータリングが聖女公認であるため、規制しろという意見やその声も出せなかったのだろう。
聖女公認になったことで、ケータリングカーの扱いもかなり自由になっている。本来なら、他国へも行けてしまうケータリングカーはその存在自体が危険視されてもおかしくないのだ。
「うわー、なんだか外国に来たみたいで何を見ても楽しい!」
チラシを持ったまま、辺りをきょろきょろと見回す仁奈は初めて王都に来た者だとすぐにわかるだろう。誰もが皆、同じように何を見ても刺激的に感じるものだ。
店に並ぶ商品はもちろん、行きかう人々もまた興味深い。
まるで旅行に来たかのような気持ちになってしまうのだ。
「もう、ニーナ様。危ないのでしっかり周りを見てくださいね。いいですか、大事ななのはチラシを配ることですよ? 異世界ケータリングでの活動を皆様に知っていただくんです! 困った方々に料理をお届けする――素晴らしい活動です!」
世話係であるメイドのグレタが仁奈以上に積極性を見せるのは、セイリスの民キースの存在が理由だろう。
キースはグレタにとって、憧れと尊敬を持って敬うべき人物なのだ。
「あ、オスカーさんが大変なことになってます」
「ん? あーあ、本当だ……」
騎士であるオスカーは周囲を人に囲まれ、ひっきりなしに話しかけられている。
といってもその全員が女性ばかりだ。
「私が困っていても騎士様は来てくださいますか?」
「あら、私はどうですか?」
チラシを受け取りつつも、彼女達の眼差しはオスカーの顔に注がれたままだ。
生真面目なオスカーはそんな視線に気づいていないのだろう。
彼女達の言葉に誠実に答える。
「誰が困っていても、我々が必ず駆けつける。騎士としても人としても当然だ」
周囲の女性陣からは黄色い歓声が上がる。
「なんて見る目のない方々でしょう! 私のキース様だって……!」
グレタの言葉に仁奈がキースを見ると、人の家に勝手に投函したり、壁に貼ったりと自由気ままだ。
あれで効果があるのかと仁奈が疑問を持って見つめていると、隣のグレタからは称賛の言葉が飛び出す。
「素敵な心遣いです! チラシを欲しいと言える方々ばかりではありませんから……お優しいキース様らしい行動です!」
配るのに飽きてきたからではと思う仁奈だが、余計なことは言わないに限る。
だが、そんな仁奈は自分達に鋭い視線が注がれていると気付く。
仁奈がそちらの方を向くと、そこには修道女らしき女性が立っている。
こちらを見る視線はやはり剣がある。
「ニーナ嬢、どうかしたか?」
こちらへと向かってくるオスカーに仁奈はそっと視線で修道女らしき女性の存在を知らせる。
女性の視線の強さにオスカーも内心では驚いているはずだが、表情には出さずに彼女に近付く。
オスカーがチラシを差し出そうとしたそのとき、女性が彼のチラシを強く払う。
「このようなチラシで子ども達をかどわかさないでください! 叶わえられない夢を見させるのは酷ではありませんか!」
チラシは足元へと落ちていく中、女性は走り去ってしまう。
突然の出来事に、仁奈は女性の背中をただ見つめる。
舞い落ちたチラシが仁奈の足元にもひらりと飛んできた。
チラシを拾い上げながら、仁奈はあることに気付く。
彼女はこのチラシを渡す前から、異世界ケータリングのことを知っている。
「じゃあ、どうして異世界ケータリングに反対するんだろう」
小さな声で呟いた仁奈の問いかけは走り去ってしまった彼女には届かない。
仁奈の心にはただ戸惑いだけが残るのだった。
今後も更新頑張ります。




