第45話 ハチミツ色の想い出 6
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開いたドアの向こうには見慣れたローズピンクの車体がある。
仁奈達にとっては馴染み深いケータリングカーだが、周囲の人々にとっては初めて見る奇妙な物体である。
ロビンが住むアパートの住民はもちろん、通りすがりの人々もケータリングカーをまじまじと見つめたり、遠巻きに様子を眺めたりと騒がしい。
「す、すみません! えっと、お騒がせしています」
ロビンは知り合いの住人に頭を下げているが、弟のアランはあっけにとられた表情でケータリングカーを見つめる。
一方、妹のクレアはというと目を輝かせ、興味深そうにしげしげと眺めている。
三者三様の反応を示すロビン達だが、彼らはまだ異世界ケータリングの存在を知っている。それ以外の人々の驚きは当然のものだ。
「うん、よかったじゃないか。思っていたよりも道ギリギリじゃないね」
「本当だ! ちゃんと人が二人くらいは通れる幅なので安心ですね!」
キースと仁奈の言葉にため息を飲み込んだオスカーは、素早く人々の元へと向かうと、事情を説明すると他の道を通行するように勧める。こういうとき、常識人が一番苦労をするものなのだ。
「――あまり人通りのある道じゃないので大丈夫かと思います。何かあれば、俺も手伝います」
「あぁ、助かる」
ロビンの弟であるアランがオスカーにそう声をかける。
「これがケータリングカーなんですね! まさか実際に見られるなんて……!」
「ロビン君も一緒にどうかな?」
妹のクレアはケータリングカーに感激しているようだ。
ケータリングカーへと乗り込もうとする仁奈だが、ロビンに声をかける。
ロビンと弟妹との関係に大きく影響する想い出の料理をこれから用意するのだ。当事者であるロビンにも当然仁奈は声をかける。
しかし、ロビンは首を横に振って視線を下げる。
「……わかった。じゃあ、私が入ってみるね」
ロビンを気にかけつつ、仁奈は車内へ入っていく。
中はいつもと変わらぬケータリングカーだ。
しかし、並んだ食材を見た仁奈はハッとする。
「そっか……。何を作ればいいかはわかっているけど、作るのは私じゃダメなんだね。二人の想い出の料理なんだもの」
特別ではない食材で出来上がる料理は仁奈もよく知るものだ。
ロビンにとっては特別ではなく、クレアとロビンには特別な食べ物――その理由がわかり、仁奈は口元を綻ばせる。
仁奈はすぐさまケータリングカーから飛び出し、ロビンの元へと向かう。
すぐに出てきた仁奈に皆は驚くが、彼女はまっすぐにロビンの元に向かうと、その手を引いた。
「ど、どうしたんですか? ニーナ様……!」
「ロビン君じゃなきゃこの料理は作れないから!」
「え……」
驚いて息を飲むロビンだが、仁奈に手を引かれるままにケータリングカーの中へと入っていく。
クレアとアレンは仁奈が口にした言葉に、自分達の本当の『想い出の料理』にロビンも気付いたのだろうと顔を見合わせ、照れくさそうに笑う。
自宅前に異世界ケータリングを呼ぶという思い切った仁奈の判断――だが、二人から多忙な兄のロビンに『想い出の料理』を強請るのは難しい。
気恥ずかしさはもちろん、世話になりっぱなしの兄にこれ以上何かを望むことに抵抗があったのだ。
「大丈夫だ! 何の問題もないから横を通ってほしい。もちろん、気になる者はいるはずだ。すまないが他の道を探してくれ!」
オスカーはといえば生真面目に交通整理を続ける。
キースは好奇心旺盛な人々がケータリングカーを眺める様子に、満足そうに笑って見ている。
聖女の妹に騎士、セイラスの民と賑やかな面々の登場で、ロビンの家の周辺にはまだまだ人が留まるのだった。
「ニーナ様、その……どうして僕を?」
ケータリングカーに突然連れられてきたロビンは戸惑った様子を見せる。
今までもケータリングカーに乘ることはもちろん、そこで仁奈が料理を振舞うことをロビンは見てきた。
しかし、自ら調理をするように言われたのは初めてのことなのだ。
「……この料理を私が作れないわけじゃないの。でもね、私が作るよりもロビン君が作った方がきっと二人は喜んでくれる――ううん、ロビン君じゃなきゃダメなんだよ」
「僕じゃなきゃダメ……?」
仁奈の言葉にロビンの表情が少し変わる。
そして、仁奈が指さした場所に並ぶ食材を見たロビンは驚きで固まる。
ロビンの中で昔の記憶が呼び覚まされる――忘れていたのはクレアとアランではなくロビンのほうであったと気付いたのだ。
「……僕にとってはなんでもない料理が、二人にとっては『想い出の料理』になっていてくれたんですね。わかりました。ニーナ様、僕が作ります……!」
そう言葉にしたロビンの顔には窓の外から差し込む光が当たる。
けれど、ロビンの緑の瞳が輝いて見えるのは決してその光のせいだけではないだろう。
表情が変わったロビンを残し、仁奈はケータリングカーから降りようとする。
振り向いて、ロビンの背中を見れば心なしか、いつもより大きく見えるから不思議だ。
「頑張ってね、ロビン」
そう呟いて仁奈は車を後にするのだった。
仁奈が戻ってから時間はそれほど経たないうちに、ケータリングカーからはロビンが出てきた。その手にはなにやら白い皿がある。
「お兄ちゃん! ……え、それって!」
「…………っ!」
ロビンに近付いたクレアが驚きの声を上げる。
姉同様にアランもロビンが持つ皿をじっと見つめていた。
そんな二人にロビンは少しはにかんだ笑みを返す。
二人の中の『想い出の料理』、それは兄であるロビンが作った料理なのだ。
「まさか、二人がこの料理を食べたいと思ってくれてたなんて思わなかった。あのとき、ケーキを凄く喜んでいたからきっと、あれが想い出の料理だとばっかり……」
まだ温かさを持つ皿の中にあるのはハチミツがたっぷりとかかったフレンチトーストだ。
パンは切れ端なのだろう。形や厚みがそれぞれ違う。
照れくさそうに笑うロビンが妹と弟に作った懐かしい味は、安く買ったパンが固くなったものを使って作ったものだ。
卵は飼っていた鳥が生んだもの、砂糖は手に入らないので加えていない。
「あのケーキも凄く美味しかったし、今日持ってきてくれたケーキも嬉しいよ。……でも、私達にとっての想い出の料理はお兄ちゃんが作ったフレンチトーストなの」
そう、弟妹にとって懐かしく思い出されるのは一度食べた美味な菓子ではなく、何度も兄が作ってくれたフレンチトーストなのだ。
「だけど、固くなったパンを使ってるし、砂糖を使ってないからハチミツを上にかけてるだけだし……。それにこんなのでいいならいつだって――」
そう言いかけたロビンだが、最近の自分を振り返ったのだろう。それ以上言葉を続けられなくなる。
帰っても疲れですぐ寝てしまったりと、クレアやアランと一緒の時間を過ごせていないのだ。申し訳ないという気持ちから黙り込んだロビンにアランが声をかける。
「仕方ないだろ! 俺だってもう料理はできるんだからさ。作ってほしい……なんて言えないよ」
耳まで赤くして言うアランだが、クレアも気持ちは同じようでロビンを見て頷く。
兄であるロビンの活躍はクレアもアランも知っている。
平民でありながら魔術師として王城で働く兄のロビンは二人の誇りなのだ。
だからこそ、「フレンチトーストを作ってほしい」そんな小さな願いも遠慮と気恥ずかしさから言えずにいたのだろう。
「……皆で食べようか」
そう言って笑うロビンの表情は仁奈達がいつも見るより柔らかく、同時に兄としての優しさに満ちたものだった。
*****
「で、今週末も家には帰れそうなのかい?」
食堂でキースに声をかけられたロビンが見せたのは肯定の笑顔だ。
多忙なことには変わりはないのだが、家族との時間と繋がりを考え、家に帰るように調整しているのだ。
「でも、魔術師が少ない状況なので心配にはなってしまうんです……」
「大丈夫! いざというときはお姉ちゃんに頼むから!」
「せ、聖女様にか?」
魔術師の少ない現状を考えれば、治癒師がいてもロビンの心配は当然のものである。そんなロビンに仁奈が姉の玲奈に頼むと言うと、オスカーもロビンも困ったような表情に変わる。
仁奈にとっては姉であっても、聖女である玲奈に頼むのは気が引けるのだろう。
「あ、異世界ケータリングにもお姉ちゃんを連れていけたらいいのかも!」
名案が思い付いたかのように仁奈が言うと、オスカーの顔色が悪くなる。
飛行船墜落のときは玲奈の力を借りたが、あれは王都の近くの森での話だ。
異世界ケータリングで訪れる場所はときにワープが必要な他国の場合もありえるのだ。
実際、聖女がスラフェスだけに留まることに他国からは異論も出てきている。
「それは興味深いね……!」
キースが違う意味で興味を持ち始め、オスカーとロビンは顔を見合わせる。
優秀なキースだが、その好奇心の結果がどうなるのかは彼らにもわからないのだ。
「とにかく助け合いは大事ってこと! 私も困ったときには助けてもらう気満々だしね。だから、ロビン君は家族のところに帰っても大丈夫だよ」
そう言うと仁奈はロビンの肩をぽんと押すと、ドアの方へと向かわせる。
まだ16歳でありながら、魔術師としての重責を背負うロビンには家族との時間が必要なのだ。
駆けていくロビンは軽く弾むような足取りである。
そんな仲間の様子に微笑みながら、仁奈達はロビンを見送るのだった。
小さい頃、家族が作ってくれた料理。
なんだか想い出に残っていたりしますよね。
味だけじゃなく、家で作れるんだ!とか
そんな驚きもあるのかなと。




