第44話 ハチミツ色の想い出 4
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「――本当に皆さんでいらっしゃったんですね……!」
ドアを開け、出迎えてくれたロビンの妹クレアの言葉に仁奈とオスカーは視線を交わす。
キースの発案をロビンに伝えると快諾してくれたのだが、急に他人が訪れるのだ。弟妹にとっては迷惑極まりないのではと二人は案じていたのだ。
クレアの反応を気にかける二人だが、彼女は目を大きく見開き、両手を胸の前で組む。
「騎士様に聖女の妹君、それにキース様まで! ……あぁ、どうしましょう。まさか、お兄ちゃんがこんな立派な方々と一緒にお仕事しているなんて……!」
「……信じてなかったの? クレア」
どうやらクレアの反応は憧れゆえのものだったらしい。
仁奈は始めから接しているため、いまいちピンと来ていないのだが、騎士は貴族出身の者が多く、王城に勤める中でも花形の職業である。
セイリスの民であるキースの姿は、王都の者でも知っている者が多い。王立図書館で勤めていた彼は、頻繁に王都で出歩いているためである。
「ううん、頭では理解していたんだけど実際に目の当たりにすると違うじゃない! あぁ……どうしましょう」
両頬を押さえるクレアに、仁奈は両手をぶんぶんと振る。
「あの! 急に押しかけてしまってごめんなさい! 長居はしないつもりなので……!」
「いえ! このような機会、滅多にあるものではございません! ぜひ、ごゆっくりなさってください」
仁奈の言葉を跳ね飛ばす勢いで言うクレアからは、建前や嘘は感じられない。
むしろ、輝いた目と染まる頬からは喜びと興奮が伝わってくる。
初めから接している仁奈にはいまひとつ、ピンと来ていないのだろうが、騎士にセイリスの民という存在は特別視されるのだ。それは聖女の妹である仁奈も同じ。
そんな来客にロビンの妹クレアは興奮しているのだ。
「……ここで話してるのも失礼なんじゃない」
「そ、そうね! いいこと言うわ、アレン!」
そう言われた弟のアレンはうんざりした表情になり、肩を竦めると部屋の奥へと向かってしまう。
「す、すみません。皆さん……」
ロビンが申し訳なさそうに仁奈達を振り返るが、キースがにこにこと笑う。
「いや、私も嫌なことは絶対嫌な質だから気持ちはわかるよ」
「――王城で責任ある人物がそれじゃあ困るんですよ?」
「と、とにかく入りましょう! ね、皆さん!」
キースの問題発言に生真面目なオスカーが眉間に深い皺を寄せる。
慌ててロビンが部屋に入るように促し、オスカーは額を押さえながら、首を横に振る。キースはきょろきょろと室内を不躾に見回しながらも楽し気だ。
仁奈はいつも通りの彼らに、ロビンの休息の時間の邪魔にならないかと気を揉むのであった。
「じゃあ、お兄ちゃんも頑張っているんですね!」
「むしろ、今は俺達の中で一番多忙なくらいだな。色々あったせいで、ご家族にも迷惑をかけているだろう」
「いえ! お兄ちゃんが活躍してるのは嬉しいです」
ソファーに座りながら、仁奈達を見て目を輝かせるクレアの表情は魔法の話をするときのロビンにどこか似ている。
会話の輪には入らず、どこか素っ気ない態度の弟アレンも大人しく席に座っていた。
テーブルの上にはクレアが用意したという料理が並ぶ。
突然の来訪にもかかわらず、兄の仲間をもてなすために作ってくれたのだろうと仁奈の頬は緩んでしまう。
「異世界ケータリングってどんなお仕事なんですか? 兄からは聞いているんですけど、想像が出来なくって……空を飛んだりするんですよね? ワープっていうのとか!」
「えっと、そうですね。想い出の料理だったり、その人の願う料理を提供するのが仕事……かな。ケータリングっていうのが、その場所に行って料理をするっていう意味なんだ」
「わーっ! なんだか、格好いいですね!」
素直な称賛に気恥ずかしくなる仁奈だが、そこに兄であるロビンが携わり、活躍していることは伝えておきたい。
魔術師であるロビンが現在、多忙な理由の一つが異世界ケータリングでもあるのだ。
「海も山も越えていけるんだよ……! これは特殊な能力だし、本当に凄いことなんだ!」
「うんうん、本当に興味深い能力を持っているよね。ニーナって」
「……想い出の料理はそれぞれにあるもの。飛行船墜落の件もそうだが、魔術師であるロビンの存在は我々にとっても国にとっても重要だな。なぁ、ニーナ嬢」
「はい! 本当に!」
魔法となると夢中になるロビン、そしてキースの言葉で話題が仁奈に移り変わりそうであったのを、オスカーが自然にロビンの功績へと戻す。
話を振られた仁奈は賛同すると思い切り首を縦に振る。
「このハチミツ色のケーキも想い出の料理なんですよね。これはロビン君が王城の厨房の料理長にお願いして作って貰った物なんです! ね、ロビン君」
テーブルの上には綺麗に焼けたハチミツがかかったケーキがある。
焼き上げたあとにハチミツがたっぷり入ったシロップを打ち付け、しみ込ませたものだ。
素朴な見た目ながら、繊細な味わいと豊潤な香りに仁奈達も料理長アダムの腕前に驚いているところだ。
しかし、仁奈達の予想と違い、ロビンの弟アランはケーキに口をつけず、妹のクレアも笑顔に陰りが見える。ケーキの味や見た目に問題があるわけではないことから、理由は他にあるのだろう。
「は、はい! ほら昔、ご近所の人にケーキを差し入れて貰ったことがあるだろう? 僕の記憶でそのケーキを王城の料理長に再現して貰ったんだ。ハチミツたっぷりで美味しかったよね」
「そ、そうだったね!」
ロビンの言葉にクレアが同意するが、どこかぎこちない。
理由がわからないのは、ケーキを用意したロビンも同じなのだろう。
戸惑ったように妹のクレア、そして弟のアランに視線を移す。
すると、それまで黙っていたアランが急に立ち上がる。
「……俺は覚えてない」
「ちょっと、アラン!?」
席を立ったアランはそのまま部屋を後にし、慌てて立ち上がったクレアは一礼するとその後ろを追っていく。
残された仁奈達は理由がわからず、ロビンに視線を向けるが、一番ショックを受けているのが彼のようだ。
「……想い出の料理だったのは僕だけだったんですね」
黒い前髪で隠れ、ほんの少し見える緑の瞳が悲しみに染まる。
がっくりと落とした小さな肩に、なんと声をかけていいかわからないのだろう。オスカーもただ見守る。
一方で仁奈は一人、考え込む。
自分達をこんなに歓迎し、異世界ケータリングの仕事にも耳を傾けてくれたのは兄であるロビンの活躍を心から喜んでいるからだろう。
そんな弟妹の反応には何か理由があるのではないか――仁奈は先程の二人の態度からある可能性に辿り着く。
「――うん、これしか方法はないよね」
仁奈の小さな決意は少々面倒な状況を生み出すことになるのだった。
9月、もう秋ですね。
学校が始まった方や親御さんも多いのでしょうか。
(読んでいる方に学生さんはいるのでしょうか??)
長期休みからの学校、あまり無理せずゆるっと過ごしてくださいね。




