第43話 ハチミツ色の想い出 3
9月ですね。
秋、というにはまだまだ暑い日が続きそうです。
昼の忙しい時間が過ぎた食堂で、仁奈はにやつきながら姉からの手紙を読む。
聖女である姉の玲奈とのすれ違う関係は修復された。
お互いを想い合えばこそ、ぎくしゃくしてしまっていた姉妹は飛行船の墜落事故をきっかけにそのすれ違いに気付いたのだ。
同じテーブルにいるオスカーやキースは先に来ていたため、食事を終え、お茶を楽しんでいる。
「おい、ニーナ。嬉しいんだろうが、手紙を読みながらにやにやしてねぇで食事だ。お前さんだって、そこそこ忙しいんだろう?」
そう言って厨房から料理長のアランが仁奈の昼食を持ってくる。
来る時間が遅れた仁奈のために、アラン自ら用意したのだ。
昼食が入った木製のプレートを目の前に置かれた仁奈は、慌ててポケットに手紙をしまう。
「ごめん、ごめん! つい夢中になっちゃって……」
そう言って仁奈はスプーンを持つと、さっそくスープに口をつける。
野菜を細かく刻んだスープは素朴で優しい味わいだ。
その味に仁奈の表情がまたにんまりとしたものになる。
アランもにんまりと笑ったそのとき、食堂に慌てたようにパタパタと足音を立ててロビンが駆けてくる。
「す、すみません! まだ食事ってありますか?」
「おっ、ロビン! うーん、そうだなぁ。同じものでなくていいなら余り物でなんとかなるぞ」
「助かります!」
アランは厨房へ戻っていき、ロビンは仁奈の隣に座るとへにゃりとテーブルに突っ伏す。どうやら、随分と忙しくしているらしい。
「……少し頑張り過ぎているんじゃないか? 俺から上に話をしてみようか。いや、キース様の方がいいかもしれんな。一応、キース様は功績があられ、一目置かれているんだ。こういうときこそ、役立って貰わないと」
ロビンを気にかけつつキースに対し、辛辣な言葉を吐くオスカーだが、言われた本人は慣れているのか聞き流しているのか、お茶菓子を食べている。
「うん、食事は大事だから取った方がいいよね。あ、これ美味しいね。ロビンも食べるかい?」
ロビンは突っ伏したまま、二人の提案にふるふると力なく首を横に振る。
仁奈は話を変えようと違う話題をと探す。
「あ、そうだ! このあいだ話していたケーキはどうなったの?」
弟妹との想い出の料理がハチミツ入りのケーキだと言うロビンに、仁奈達は異世界ケータリングとしてケーキを提供するという案を出したのだ。
しかし、ロビンはそれに抵抗を感じたのか、あれから結論を出さないままだ。
「……今週末、家に帰れそうなのでアランさんにケーキをお願いしようかと思っているんです」
「アランさんに? でも……」
異世界ケータリングで用意しなくともいいのか? そう尋ねようとした仁奈だが、アランが料理を持ってこちらへと向かってくる。
「なんだ? ロビン。俺に用があるのか?」
「はい、食事が終わったら少し時間を頂いてもいいですか?」
「もちろんだ! まだまだ成長期なんだからしっかり食べろよ」
そう言うとアランはにっと白い歯を見せて笑うと厨房へと戻っていく。
体を起こしたロビンはゆるゆるとした動きで食事を口に運ぶ。
先程、仁奈が口にした優しい味わいのスープを飲んでも、ロビンの表情は変わらず、そっとオスカー達は視線を交わす。
ロビンの疲れは体だけではなく。気持ちにも影響を与えているようだ。
せめて、週末に帰宅するときまでに体調が万全になっていれば良いのだが……そう思いつつ、仁奈もスープを口にする。
広がる味わいはさっきと変わらぬものなのに、なぜか仁奈の口元は緩まないのだった。
「お二人はどう思いますか?」
食事を終えたロビンが食器を下げ、アランと会話しているのを確認して、仁奈がキースとオスカーに問いかける。
想い出の味であるハチミツ入りのケーキを再現しようと、ロビンはアランに頼むことにするようだ。
けれど、仁奈としては仲間としてロビンの力になりたい想いが強いのだ。
そんな仁奈の想いに気付いたのだろう。オスカーが口を開く。
「ロビンのことはロビン自身で決めるべきだ。だが、体調が気になるな。かなり無理をしているように見える。週末に休息を取れれば良いのだが……」
「はい……。でも、妹さんや弟さんはロビン君との時間が必要かもしれませんし……難しいですよね」
離れて暮らしていた分、弟妹との時間を埋めたい気持ちはロビンにもあるだろう。
しかし、今のロビンは少々根を詰め過ぎなように仁奈の目には映るのだ。
二人に紅茶を飲み終えたキースが声をかける。
「じゃあ、両方でいいんじゃない?」
「はい?」
休息と家族との時間、両方を取ればいいという簡単に言うキースに仁奈もオスカーも彼の方へと顔を向ける。
「私達もロビンも休息を取れるように、皆で彼の家に行けばいいんだよ」
突然のキースの言葉に仁奈は目を丸くする。
「何言っているんですか! いいですか? 招く人はもちろん、招かれる人もお互い準備があるんですよ」
「いや、ニーナ嬢。この場合、俺達は招かれてすらいない。押しかけるというのが正しいだろう」
「より問題です!」
「いやぁ、楽しみだねぇ」
眉間に皺を寄せ、話す仁奈とオスカーだが、言い出した本人は楽しげである。
これ以上何を言っても無駄ではと仁奈は思い始めるが、なんとかせねばと頭をフル回転させる。
まずはロビン、そして彼の家族の許可を得ること。そして、礼節を守るように可能な限り、迷惑をかけぬよう努力し、キースの行動を見張る必要があるだろう。
ロビンを案じていたはずが、最年長であるキースの発言で問題は違う方向へと向かいそうだ。
額を押さえつつ、これからの行動に頭を悩ませる仁奈であった。
「では、ケーキをお願いします。先に費用はお支払いしますね」
「そのくらいなら、気にする必要はねぇんだぞ? こないだのお前さん達の活躍には皆が感謝してるんだ」
魔術師達が魔力を使い果たす中、ロビンとルイージという平民出身の魔術師の活躍には多くの者が感謝している。
森の焼失を免れたのも、ロビンや仁奈達の素早い判断のおかげなのだ。
料理長アランの言葉にロビンは少年らしい笑顔を見せる。
「ありがとうございます……。でも、それはそれ、これはこれです。僕は自分の仕事をしただけですから」
「だーっ! お前さんはまったく……いいか? まだ子どもなんだからな」
アランにそう言われたロビンはきょとんと目を丸くした後、照れくさそうに小さく「はい」と呟いた。
ぺこりと頭を下げたロビンが仁奈達の方へと振り返ると、何やら賑やかである。
またキースが何か言ったのか、仁奈とオスカーが身振り手振りで説明している様子だ。
いつもと変わらぬ賑やかなその姿に、なぜかほっとしたロビンはそちらへと駆けていくのだった。
読んでくださり、ありがとうございます。




