第42話 ハチミツ色の想い出 2
「ふふ、お兄ちゃんよく寝てるね」
笑いながらクレアはソファーで横たわる兄のロビンにそっとブランケットをかける。
久しぶりに帰宅した兄のロビンと共に食事を楽しみ、そのあとは互いの近況を話していたのだが、いつのまにかロビンは寝てしまったのだ。
「……まぁ、疲れてたんだろ」
そう言いつつ、アレンは食べ終えた食器を片付け始める。
「それにしてもお兄ちゃん、凄くない? 魔術師の育成に、聖女様の指導に異世界ケータリングなんて大抜擢だよね」
「このあいだ、兄貴から聞いてたろ?」
「詳しく聞いたからあらためて凄さを実感しちゃったの!」
アレンと共に食器やカトラリーを片付けるクレアだが、その表情からも喜びは伝わってくる。
笑顔で帰ってきた兄のロビンの話はクレアには新鮮なものであった。
平民でありながら魔術師として起用されただけで稀有な才能にもかかわらず、兄のロビンは活躍し、その実力を評価されている。
その事実がなによりも誇らしく嬉しいのだ。
「特に異世界ケータリング? 空も海も行けちゃう乗り物って凄いよね。いろんなとこに行ってその人が食べたい物を作ってくれるなんていいよね。一度見てみたいなぁ」
「ふぅーん」
「なによ、ちょっとは興味持ちなさいよー」
ムッとした表情になるクレアだが、アレンは下を向き、その表情が見えない。
最近、伸ばし始めた前髪がアレンの目を隠してしまうのだ。
「――だって、俺達の想い出の料理は当分食べられそうにないじゃん」
その言葉にはどこか寂しさが滲む。
「そ、そうだけど……。わ、私が作ろうか⁉」
「それじゃ意味ないだろ?」
「……反抗期め」
肩を竦めるアレンはクレアが持つ食器に手を伸ばす。
「はいはい。あ、それ重いから俺が持ってくよ。姉貴はカトラリーね」
「ありがとう。食器は私が洗うから」
アレンとクレアは二人でキッチンへと向かう。
ブランケットにくるまっていたロビンは去っていく足音を聞いて、そっと目を開く。
「……想い出の料理」
多忙な日々の中、やっと帰宅したロビンは気付かずにいた弟妹の想いを知る。
クレアの気恥ずかしくなるほどの称賛、同時に知った弟アレンの『想い出の料理』という言葉。
ロビンは兄としてできることは何かと考えるのだった。
「っていうことがあったんです!」
「へぇ、それでその想い出の料理に心当たりはあるのかい?」
一仕事終え、ケータリングカーで帰る車内でロビンが話したのは、先日の家族との出来事だ。
微笑ましい家族の話に目を細めていた仁奈達だが、想い出の料理といえばケータリングカーである。
仁奈の能力であれば、想い出の料理は再現可能なのだ。
「はい。祖父と暮らしていた頃に、あるご夫婦が僕達にケーキを持ってきてくださったんです。ハチミツがたっぷり入った美味しいケーキで、三人で感動したのを覚えています」
「そのご夫婦にレシピを聞いたのか?」
オスカーの問いかけにロビンは首を横に振る。
「いえ、そのあと引っ越してしまい、レシピも調理法もわからないんです」
「じゃあ、異世界ケータリングなら再現できるかもしれないね」
仁奈が笑顔でそう口にしたのだが、ロビンの表情は優れない。
「……でも、なんだか申し訳なくて。今回みたいに本当に困った人が料理を食べられる――そのほうがいい気がするんです」
森に迷った男が家族と食べたかったオムライス、治癒師の女性に作ったポタージュ、飛行船墜落で怪我をした人々に作った雑炊など、様々な料理を異世界ケータリングで提供してきた。
そんな経験からロビンは自分を優先すべきではないと思うのであろう。
だが、窓の外を見ていた仁奈は、にこりと笑ってロビンの隣に座る。
「でも、今はその時とは違うでしょ?」
「え……?」
ロビンが仁奈へと視線を向ける。仁奈は薄茶の髪と同じ色の目を細めた。
飛行船が墜落したあの日、聖女である姉の玲奈と共に願った仁奈の能力はさらに向上したのだ。
「今はケータリングカーを私の意志でも呼べるようになったでしょう? だから、その分使い方も拡げていいと思うんだ」
「使い方……ですか?」
ロビンの問いかけに仁奈はこくりと頷く。
「誰かの声が聞こえるときが今までの使い方。だけど、私が誰かに料理を届けたいと思って使うことも出来るようになったんだよ」
緊急性の高い場合、その願いの強さから仁奈の元にもその声が届く。
しかし、そうでない場合も心が想い出の料理を必要とする場合があると仁奈は思うのだ。
姉の玲奈に作った朝定食、賢者ショウに作った貝のコキーユがその例であろう。
「そうだね。そういった試みも楽しみだね。何より、その度にこのケータリングカーに乘れるなんて素晴らしいことだよね!」
「……キース様のお考えはさておき、ケータリングカーは誰のためにも使っていいはずだ。この中の誰かの家族は使えないなど、不平等だろう?」
「キース様、オスカー様……」
優先的にケータリングカーの能力を身内に使うのであれば、問題になる可能性も有るが、必要であっても使えないのはオスカーの言うとおり不平等であろう。
けれど、ロビンには迷いがあるのか言葉を探すように、視線を彷徨わせる。
「今すぐじゃなくっても大丈夫だよ。今度また家に帰るときにまで考えて」
「……はい」
小さくそう返事をするとロビンは窓の外に広がる王都の景色を見つめる。
この景色のどこかにロビンの家族も住んでいるのだろう。
まだ16歳だというロビン、王都に暮らせるようになったのもそんな彼の頑張りの結果だ。
黒髪の少年の横顔を見ながら、仁奈はなぜか姉の玲奈を思い出す。
玲奈が仁奈を支えてくれたように、ロビンもまた家族を支えている――そんな事実に胸が詰まる想いになる仁奈なのだった。




