第41話 ハチミツ色の想い出
いつも読んでくださり、ありがとうございます。
楽しんでいただけていたらなと思っています。
王都でも話題になっていた飛行船墜落は魔術師達の暴走によってもたらされたものだ。その影響を最も受けたのは同じ魔術師であるロビンとルイージであろう。
魔術師の特権意識が今回の事態を招いた。そのため、貴族・平民を問わず、才のある者を育てる方針に切り替えたのだ。
ロビンやルイージは魔術師としてはかなりの才能があるため、平民でありながら魔術師に選抜されたがこれは稀有なことであったのだ。
貴族と平民が同等の魔力があっても、貴族が選抜されてきたのも事実である。
それを改善し、魔術師を新たに育成していくのが目下の目標なのだ。
「今日もロビン君はいないんですね……」
平民魔術師であるロビンとルイージの研究室には、異世界ケータリングの面々が自然と集まる。
だが、部屋の主である二人は今日も不在なのだ。
「まぁ、そんな中、勝手に入っているんだがな」
「あら。聖女様公認になったんだから、もっと広い部屋も用意できるはずよ?」
「え! で、でもそれはそれで落ち着かないですよね!」
オスカーとシンクレア夫人の言葉に仁奈は慌てて言うが、二人は意味がわからなかったように仁奈を見つめる。
同意を求めるように仁奈はソファーにゆったりと座るキースを見るが、飄々とした彼は紅茶を飲んでいる。
オスカーは騎士であり、貴族の生まれ。シンクレア夫人はもちろん、キースもセイリスの民として一目置かれる存在なのだ。庶民出身の仁奈とは感覚が違うのだろう。
「でも、ロビン達もこの研究室でいいと断ったらしいですよ」
「まぁ、謙虚ねぇ」
そうオスカーがシンクレア夫人に話すが、仁奈には自分と同じ庶民気質ではと仲間を見つけたような想いである。
そのとき、研究室のドアが勢いよく開き、ロビンが入って来る。
「す、すみません! 遅れました!」
「ロビン君、おはよう。今、アイスティーを入れるね」
仁奈はそう言うと席を立ち、用意されたワゴンから氷をグラスに入れ、紅茶を注ぐ。スプーンでカラコロとかき混ぜると色合いも涼し気なアイスティーの出来上がりである。
「忙しいのだから、無理をする必要はないんだぞ」
気遣いであろうオスカーの言葉に、ロビンはぶんぶんと首を振る。
「いえ! 僕も異世界ケータリングの一員ですから!」
そう言うとロビンはキースの隣にちょこんと座った。
ロビンをちらりと見たキースはテーブルの上のクッキーに手を伸ばしながら尋ねる。
「王都にある実家には帰れているのかい?」
「……いえ、なかなか。あ、でも元々雑用などで帰れてはいなかったんですけど」
そう言って視線を下に向けるロビンに、オスカーが口元を緩めて声をかける。
「では、今後は平民出身の魔術師に対する意識の改善も期待できるな」
その言葉にロビンがぱっと表情を明るくする。
「そうなんです! なので、僕も頑張らないと!」
張り切るロビンだが、そんな彼の姿に仁奈は少し不安を抱く。
王城の魔術師とはいえ、まだロビンは子どもと言っていい年齢なのだ。
「あ、そういえば弟さんと妹さんと住んでいるんだよね。お二人はどうしてるの?」
ロビンはまだ16歳、とすれば弟妹はさらに幼いはずだ。
この時代では問題ないのだろうが、仁奈の感覚では心配になってしまう。
「はい。父母が亡くなってから、僕達を祖父が育ててくれたんです。王城で働き始めてからは一緒に暮らせなかったんですが、祖父が数年前に亡くなって……。それから王都に二人を呼びよせたんです」
魔術師として王城で働くロビンが一家を支えているのだろう。
愛らしく見えるロビンの隠れた逞しさに仁奈は内心で驚く。
そう思ったのは仁奈だけではなかったようだ。
オスカーもロビンの言葉に感心した様子で口を開く。
「魔術師や騎士には寄宿舎があるだろう。それ以外に住居を構えるのは大変だっただろう」
「い、いえ、そんな! 大きな家とかではなく、間借りしているだけなんです! あんまり広いと僕も妹達も落ち着かないですし……!」
王城を中心に作られたこの国スラフェスでは王都に近い第一区画に貴族街、貴族を相手にする大商人が暮らす第二区画、商人や庶民で賑わう第三区画、職人達が暮らす第五区画と様々な場所がある。
治安の良さから安全に暮らせる場所は少なくはないが、それでもロビンの稼ぎだけでやりくり出来るのは彼の努力の賜物だろう。
「それは立派なことだわ」
「そ、そんな……! 最近はなかなか帰れていないんですけど、この週末は帰れるんです。久しぶりに家族に会えます……!」
シンクレア夫人の言葉に照れくさそうに笑うロビンだが、帰宅が嬉しいのだろう。その表情には疲れを吹き消すくらいの喜びが見える。
魔術師として優秀なロビンの少年らしい姿に、仁奈も安堵の笑みを浮かべるのだった。
*****
第三区画はこの王都で最も賑わう場所である。
煌びやかな第一区画や第二区画と違い、酒場などの飲食店や服飾店、大きな市場など生活に必要な物がなんでも揃い、活気があるのだ。
他の街から王都を目指す者もまずこの第三区画を目指すほどである。
「ほらー! アレン、早くして! お兄ちゃんが帰ってくる前に料理を準備しなくちゃ!」
ハーフアップをした栗色の髪を揺らしながら、少女が後ろを振り返る。
後ろを歩く弟のアレンは不服そうな表情で先を行く姉のクレアを見る。
彼が持つ荷物は兄の帰宅に張り切ったクレアが買いこんだ食材だ。
「……兄貴なら、またいつでも帰ってくるだろ」
「わっ! 生意気言って! ついこのあいだまでお兄ちゃんって呼んでたのに」
「う、うるさいな!」
姉の指摘にアレンは顔を赤くする。
弟のアレンは少し背伸びしたい年頃なのだ。
クレアはと言うと、最近の弟の言動を成長だと感じつつも、時折こうして指摘する。優しく面倒見のいい姉のクレアに頭の上がらないアレンは、頬を膨らませつつも素直に従う――これがいつもの光景なのだ。
「ほら、お兄ちゃんは最近忙しいでしょ? 魔術師として聖女様にも魔法を教えているんですって! 恰好いいよね!」
「で、なかなか家にも帰れないわけね」
「なによ、仕方ないでしょ? 飛行船墜落の事故の解決、それに異世界ケータリング? とかで忙しいんだもの」
そう、二人の兄とは王城で働く魔術師ロビンである。
多忙な兄が帰れないのは理解している分、クレアはその合間を縫って、帰宅してくれる喜びを抑えきれず、いつもより買いこんでしまったのだ。
そんな姉とは対照的に、アレンの表情は優れない。
「なによ。アレンは嬉しくないの? お兄ちゃんが活躍してるんだよ」
先を歩くクレアに聞かれるアレンだが、なんと言って返せばいいのか、上手く言葉が見つからず黙り込む。
兄ロビンと少し似た顔立ちの弟アレンだが、性格は正反対だ。
年頃なのもあって、今まで以上に素直になれないように姉のクレアの目には映る。
「まぁ、いいじゃない! 今日は私が腕を奮って料理を作るからさ。それだけで十分楽しみになるでしょ? もちろん、アレンも手伝うんだよ?」
「……はいはい」
そう言い返してアレンは肩を竦める。
クレアはというと足取りも軽く、髪を揺らし、弾むように前を行く。
そんな姉の後姿にアレンはため息を溢す。
兄の帰宅が不満なわけではない――では、何が不服なのかというと自分でもよく説明できないのだ。
兄に対し、思うところはある。しかし、それを伝えるには兄のロビンは幼過ぎるし、自分は大きくなり過ぎているとアレンには感じられるのだ。
なんともいえず、モヤモヤした気持ちを抱えながら、姉と共にアレンは帰途に着くのだった。
8月も終わりに近づきましたね。
それでも、まだまだ暑い天候は続きそうです。
ご体調にお気をつけくださいね。




