第40話 お子様ランチと幼き日 6
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「どうぞ、お子様ランチです」
そう言って仁奈がそっとケイトの前にお子様ランチの皿を置く。
用意されたお子様ランチにケイトは目を輝かせている。
ケチャップ味のスパゲッティにハンバーグにエビフライ、チキンライスの上には小さな旗も刺してある。
結局、手頃な旗は見当たらず、仁奈が紙にスマイルマークを描いて作った。
別の皿にはプリンまで用意されている特別仕様だ。
「まぁ、嬉しいわ。私ずっと食べてみたかったの」
「……食べたことがないの?」
母の言葉に不思議そうにアデラインは尋ねる。
彼女も仁奈達もてっきり想い出の味は食べたことのある懐かしいものだと考えていたのだ。
しかし、ケイトは首を横に振る。
「裕福じゃあないもの。百貨店には行けないわ。月曜日にお友達から聞いて想像するのよ。レストランはどんな雰囲気かしら? 屋上遊園地はどれほど楽しいかしらって。中でも一番の憧れがお子様ランチだったの」
「……そうだったの」
母の言葉にアデラインは動揺したのだろう。
いつも浮かべている穏やかな笑みが消えてしまう。
そんなアデラインに気付かないのだろう。ケイトは想い出話を続ける。
「転生しても特別な力はないでしょう? だからずっと転生したことも隠しているのよ。でも、おかげでとっても幸せなの。穏やかに暮らせるわ。ほら、今日もこんなふうに憧れの料理を食べられるもの」
「……そうね」
そう言うのが精一杯なアデラインの様子に、仁奈はケイトに笑いかける。
ロビンはグラスに水を入れた後、少し後ろに下がって母娘を見守っている。
「では、どうぞ。お気に召して頂けるといいんですが……」
仁奈の言葉ににこりと笑ったケイトはフォークとナイフでハンバーグを切り分けると、ぱくりと口にする。その瞬間、ぱっと表情が明るくなる。
その笑顔だけでケイトの驚きと喜びが伝わるようだ。
嬉しそうに食べ進めるケイトだが、途中でその手がぴたりと止まる。
「――どうしましたか?」
何か問題があっただろうかと仁奈が尋ねると、困ったような表情を浮かべ、ケイトが呟く。
「……前の女の人の料理がないわ。大丈夫かしら?」
仁奈はふっと笑ってケイトに伝える。
アデラインの食事がまだ用意されていないのには、少し事情があるのだ。
「ご心配なく。今、ご用意しますので」
そんな会話を仁奈とケイトが交わす中、キースが皿を持って歩いてきた。
仁奈はその皿を受け取ると、アデラインの前に置く。
アデラインは驚きで息を飲み、ケイトは安心したように笑みを浮かべた。
「まぁ、よかった。私とおんなじお料理ね」
ケイトの言うとおり、アデラインの前に置かれた皿にはお子様ランチと同じ内容の料理だ。
しかし、違う点もいくつかある。
量はもちろん、味付けも大人好みに仕上げているのだ。
「はい。今はこんなふうに大人向けにした大人用のお子様ランチもあるんですよ」
昔ながらの味わいを懐かしむのは、仁奈が生活してきた世界でも同じだ。
そのため、今では大人向けにこういった洋食のプレートを出す飲食店もある。
今回、仁奈はケイト用には味付けをケチャップに、アデライン用には赤ワインで味付けをしている。
同じ料理でもぐっと大人向けに落ち着いた味わいになっているのだ。
「まぁ、そうなの! ふふ、楽しみね」
「……えぇ、そうですね」
先程からケイトは娘であるアデラインに対し、他人であるかのような言い方である。だが、これも仕方のないこと。
身近に接している人のことから忘れていくのだと、アデラインは医師からも説明を受けている。
しかし、理解していようとも当然、寂しさがないわけではない。
「美味しいわねぇ」
「はい、そうですね」
穏やかな母の笑顔、喜ぶ姿にアデラインは胸が苦しくなる。
昔はアデラインも父母と外食をするのが楽しみであった。
父と母に守られていた頃、笑って自分を見つめていた二人の存在を永遠のものだとアデラインはどこかで信じていた。
しかし、時間は誰しもに平等に流れる。
自分が大人になっていくということは親は老いていくということ。
今のこの時間もまたすぐに過去になっていく。
アデラインはそれがどうにももどかしく切ない。
残された時間で自分は何ができるだろう――そんなことをアデラインが思ったそのときだ。
「こうして美味しいものを食べるのは嬉しいけれど……やっぱり心苦しいわね」
「えっ? なにか問題があったの?」
アデラインも食べているが、どれも丁寧に作られているのだろう。味が良く、見た目も食欲をそそるものだ。
理由がわからず、戸惑うアデラインの隣で、それまで静かに二人の食事を見守っていた仁奈が声をかける。
「……どうかいたしましたか?」
「あぁ! 違うの。食事は問題ないのよ。美味しくいただいているわ。ただ、こうして美味しいものを食べていると娘のことが気になっちゃって……」
「娘さん、ですか?」
仁奈はちらりと視線をアデラインへと移すが、彼女も心当たりがないのだろう。軽く首を横に振ってみせる。
ケイトは仁奈を見ながら、嬉しそうに笑いながら理由を口にする。
「いやだわ。美味しいものを食べると、ついうちの子にも食べさせてあげたいって思っちゃうのよね……。アデラインって名前なの。今度、来るときは連れてくるわね」
今の記憶より、過去の記憶のほうが鮮明になってしまう。
時系列も曖昧で混じったものになってしまうのだ。
そのため、成長した今のアデラインをケイトは娘だと認識できないのだろう。
どう声をかけるべきか悩む仁奈だが、アデラインは微笑みながら涙を流し、母の言葉に同意するかのように何度も頷いている。
「きっと……、きっと娘さんも凄く喜ぶと思います……!」
「そうだといいんだけど」
肯定するアデラインの言葉にケイトは嬉しそうに頬を綻ばせる。
母のケイトは目の前の女性が娘だとは気付いていない。けれど、彼女の心の中にはあの頃の小さなアデラインがいる。
それだけで十分だと言うようにアデラインは母と同じ食事を楽しむのだった。
*****
――覚えていようと思います。たとえ、母が忘れてしまっても。今日、母と過ごした時間も今までの時間も、私が決して忘れません。
ケータリングカーの中で仁奈はぼんやりと、アデラインに告げられた言葉を思い出していた。
母ケイトの想い出の料理を作り、アデラインと二人で食べる時間を提供できた。
しかし、ケイトの中に今日の記憶は残らない。
なんとなく、寂しさを感じる仁奈の頬をシンクレア夫人がつつく。
「っ! な、なんですか?」
「何を落ち込んでいるの? 大成功なんだから胸を張りなさい」
窓の外を見ていた仁奈の隣でシンクレア夫人が足を組みながら、また頬をつつく。
「いい? 依頼者はアデラインなの。彼女が喜んで、そのお母様も喜んでた――大成功よ?」
「そ、そうなんですけど……」
もにょもにょと言い始める仁奈だが、そんな彼女の様子を気にしていたのはシンクレア夫人だけではないようだ。
「夫人のおっしゃる通りだ。我々にできることは限られている。そのなかで君は最善を果たしたと言えるだろう」
「はい。皆さん、喜んでいらっしゃいましたよ?」
オスカーやロビンにまでそう言われ、仁奈はぎこちない笑みを浮かべる。
料理もそれを喜ぶ気持ちも儚いことは仁奈もわかっているのだ。
だが、その短い時間が記憶に残り、懐かしく愛しい想い出の料理となる。
それを届けるのが仁奈の力であり、異世界ケータリングなのだ。
気持ちを切り替えようとした仁奈は頬を両手で揉むようにして、表情を和らげる。
「――気になっていることがあるんだけどね」
「なんですか? キースさん」
めずらしく静かにしていたキースが話しだしたので、皆の視線がそちらへと向く。
「あの大人用ランチって、厨房では出せないのかい?」
「あっ! ……いいですね」
以前、料理長のアダムにお子様ランチについて聞かれた仁奈は、子どもだけのものだと言ってしまった。
しかし、実際は大人向けに作ることも可能なのだ。
「……でも、大変だとは思いますよ。色々作らなくっちゃいけないので」
「けど、作るのはアダム達だからね」
「じゃあ、提案してみましょう!」
厨房のメニューに変化が出るのは皆、大賛成だ。
キースはメモを取り出すと、具体的な提案をし始め、そこにロビンやオスカーも加わる。
シンクレア夫人は呆れた様子で肩を竦めて見ているだけだ。
その足元で楽しそうにガブリエルは尾を振った。
歳を重ねていけば、いつか仁奈の中でも、母や姉と過ごした転移前の記憶やケータリングカーの中で過ごした想い出は消えてしまうのかもしれない。
それでも、自分が過ごした時間は確かにここにあったと胸を張れるように、一つ一つの想い出の料理や依頼に向き合えるだろうか。
そう思う仁奈はぎゅっと唇を噛むのだった。
『裏庭のドア』では恵真の祖母(母方)はデイサービスに行っています。(話には直接深く関わる設定ではないのですが…)
色々な事情や環境があり、皆さん生活をしているはず。
創作の一つとして楽しんでいただければと思います。




