第39話 お子様ランチと幼き日 5
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「凄い……! なんて快適なの!」
依頼者であるディヴィス夫妻の邸宅に向かうため、ケータリングカーに乘ったシンクレア夫人が驚いたのはその機能性だ。
ソファーの座り心地の良さはもちろん、車内の温度も空調設備で調整できるというのだ。
ケータリングカーに乘っているのは、仁奈にロビン、シンクレア夫人、そしてキースとオスカー、そしてガブリエルも一緒だ。
「ニーナ様の御力、凄いですよね! 生活魔法ももちろん、ケータリングの能力は凄いだけじゃなくって楽しいんです。ワープとか、わくわくするような機能もあるんですよ」
ロビンの言葉にオスカーが何度か体験したワープを思い出したのだろう。顔を青くする。しゃがみ込んだ彼の頬をガブリエルが舐めるが、オスカーはげんなりした表情のままだ。
「陸だけじゃない。海も空も走れるんだから本当に興味深い能力だよ。使い方によっては世界のどんな場所にも旅ができるだろうね」
シンクレア夫人も興味深そうに車内を見回す。
「移動はもちろん、その先々で料理ができるのは確かに強みだわ。……色々使い道がありそうね」
数々の称賛に仁奈は少し気恥ずかしそうに笑うだけだ。
今、ケータリングカーの使い方には二つの形がある。
一つは助けを求める誰かの願いにケータリングカーが呼応し、現れる場合。
そしてもう一つが今日のように仁奈の意志でケータリングカーを動かす場合だ。
今回のように自分の意志で料理をするのは、その料理が求めてくれる料理なのかという不安もある。だが、そのぶんやりがいもあるものだ。
「ディヴィス夫妻の母君には今日、初めてお会いすることになりますね。ご体調に問題がなくよかった。天気も良いですし、外での食事は楽しいものになりそうだ」
オスカーの言うとおり、昨日の夕方に降り出した雨は夜中には止んでいた。
雨で庭が濡れていないかと仁奈も気にかけていたのだが、この晴天であれば問題ないだろう。
「お子様ランチかー、どんなものか僕も楽しみです!」
ロビンの言葉に仁奈は笑顔を向ける。
アデラインの母ケイトの記憶と近いものかはわからないが、色々な料理がぎゅっと詰まったお子様ランチは幾つになっても心躍らせるはずだ。
今のケイトの中の記憶は転生する前のもの、そしてアデラインが幼かった頃の記憶が強く残っているらしい。
新しい記憶はあまり残らず、すぐに忘れてしまうのだという。
「今日のことはどうなんだろうな……」
母のためにと依頼をしてきたアデライン、そんな彼女の想いや料理の記憶もまた消えてしまうのだろうか。
ちくりと胸の痛みと切なさを感じる仁奈を乗せて、ケータリングカーはディヴィス夫妻の元へと向かうのだった。
*****
邸宅の前で止まったケータリングカーから降りた仁奈達を、ディヴィス夫妻は驚きを隠すことなく見つめた。アデラインの隣にいた老婦人だけがにこやかに笑っている。
おそらく彼女がアデラインの母ケイトであろう。
転生前にバスなどを見てきた彼女は可愛らしい色のケータリングカーにも動じてはいない様子だ。
「異世界ケータリングです。本日はよろしくお願いいたします!」
「よろしくお願いいたします」
仁奈の言葉にアデラインがそう言い、隣のケイトはにこやかに微笑む。
「今日は庭園を使わせていただけるということで、ケータリングカーで作った料理をそちらに運ぶ形で召し上がっていただきますね」
「えぇ、こちらが庭です。どうぞ」
シンクレア夫人はオスカー、ディヴィス氏と共に屋敷の中で、今回の依頼の内容を再確認するとの予定なので、仁奈達は庭園へと向かう。
楚々とした花、木々が植えられた庭園にはテーブルと椅子が置かれている。
雨が早めに止んだことで庭の草も濡れてはいないようだ。風も強くないため、庭園で食事をするにはちょうどよい天候だろう。
二人が席に着く前にキースが椅子を引く。
ケイトは動じることなく座るが、キースの対応にアデラインは恐縮したように頬を赤らめた。
「今日は特別な料理をご用意しているんですよ」
「まぁ、楽しみね。なんていうお料理なの?」
仁奈はアデラインと視線を交わすと再び、ケイトを見てにっこりと笑う。
「お子様ランチをご用意しております」
ケイトの目が大きく見開かれる。
「まぁ! 私、それが食べたかったの」
子どものような無邪気な笑みを浮かべる母のケイトを、アデラインは優しく微笑みながら見つめる。その姿に仁奈も口元を緩めた。
天候も良く、ケイトの体調も機嫌も問題ないようだ。近付いたガブリエルの頭をケイトは嬉しそうに撫でている。
この雰囲気を壊さず、良い料理を作らねばと思う仁奈であった。
ケータリングカーの中に戻った仁奈は身支度を整え、手を洗い、調理を始める。
今回は様々な料理を少しずつ盛るお子様ランチというメニューのため、あらかじめ下準備をしてきたのだ。
エビフライは下処理をし、揚げるだけに。ハンバーグもタネを仕込み、冷蔵庫の中に入っている。
「いよいよ、お子様ランチを作るんだね! 私も知らない料理だから初めてだよ。ニーナが来てからというもの、刺激的でいいね。長く生きるとどれもが予測通りでつまらないものなんだ」
「そういうものなんですか?」
セイリスの民であるキースは長寿だという。
彼の豊富な知識は生きてきた歳月の長さにも関係しているのだろう。
大人になると季節の移り変わりが短く感じるとよく言う。それは経験したことが増えるため、そう感じるのだと考えられている。
長く生きるキースにとって、日々は単調なものなのだろうか――そう仁奈はふと気になってしまう。
「うん。だから、予定外の行動をしてくれる君の存在は本当にありがたいね!」
「もう! キース様、もう少し大人として振舞ってください」
なんとも返答に困るキースの言葉に、最年少のロビンが注意する。
長寿のキースを嗜めるロビン、これも異世界ケータリングの活動ではお馴染みのものとなりつつあった。
「お客様はどんなご様子だった?」
仁奈の問いかけにロビンは笑顔を返す。
「運ばれてくるのが楽しみだとおっしゃってました!」
料理が運ばれてくるまでのワクワク感、それも外食の楽しみの一つなのだ。
仁奈にもそれはよくわかる。
母と姉と食事に行くとき、料理はもちろんだが待つ間も楽しいものだった。
そんな昔を思い出す仁奈にキースが問いかける。
「あれ? なんだか量が多くないかい?」
「そうですか?」
「お子様ランチは子ども向けだからね。量が少ないんだよ!」
つい最近知ったばかりの知識をキースが得意げにロビンに教える。
仁奈がオスカー達に説明したとき、ロビンは不在だったため、興味深そうにキースの言葉に頷いている。
「ふふ、そうですね。でも、大丈夫。予定通りなので」
フライパンではハンバーグがジュウジュウと音を立て、玉ねぎと肉の甘い香りが立ち込める。茹でておいたスパゲッティもケチャップで炒める予定だ。
ご飯はもちろん、味付きで旗も欠かせない。
誰もが好きなお子様ランチの支度はスムーズに進んでいる。
窓の外には、アデラインとその母ケイトが会話をしているのが見える。
昔懐かしいお子様ランチが大人になった二人に、幸福な時間をもたらすようにと願いながら、仁奈は調理を続けるのだった。
想い出の味はそれぞれにありますね。
子どもの頃はもちろん、大人になってもあるものかと。




