第38話 お子様ランチと幼き日 4
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「……お子様ランチ、とは?」
依頼者の母ケイトの想い出の料理はお子様ランチの可能性が高い。そう仁奈が伝えると、オスカーは不思議そうな表情になる。
他の文化に関心の高いキースと、食文化を知りたいアダムは仁奈の話に興味を示したのだろう。二人とも目を輝かせている。
食堂は休憩時間にお茶を飲みに来た者達で賑わっていた。
「子どもの憧れです! チキンライス、エビフライ、ハンバーグにスパゲッティ、そしておまけにデザートがついていたり……あとは旗! この旗がまたいいんです!」
「旗!? 食事に旗とはどういうことだ?」
お子様ランチがどれほど子どもの夢が詰め込まれたものなのかと力説する仁奈だが、突如出てきた食べ物とは関係のない言葉がオスカーを戸惑わせる。
オスカーにとって旗とは国旗や商船などの旗など、重要な意味を持つものだ。
もちろん、商店の飾りなど親しみやすいものもある。キースはそのことに気付いているようで、二人のちぐはぐな会話を楽しんでいる。
「えっと、国旗とかですね。ちっちゃい棒に紙が貼られてるんですよ。自国だったり、海外だったり……大事なのは旗がついているワクワク感です! 旗は食べられませんからね」
「国旗を食事に? 食べられない旗がなぜ食事に必要なんだ……」
理解できないオスカーが真剣な表情で考えているが、仁奈はきっぱりと言い放つ。
「必要に決まってるじゃないですか! あるとなしじゃ大違いなんです!」
「……なるほど?」
まったくもって理解できないオスカーだが、仁奈の謎の情熱に圧されたのか同意する。アダムは納得したといった表情になり、メモを取っている。
「少しずつ旨い料理が並んでいるんだろう? それは子どもだけじゃなく大人でも楽しめそうだな」
「あ、それはダメなんです」
「ん? なぜだ? そんな旨いもん、大人だって食いたいだろうに」
お子様ランチが子どもの心を動かす良い点に気付いたアダムなのだが、仁奈が残念そうに首を横に振る。
「お子様ランチ、ですからお子様しか食べられないんです」
「なんだと……! では食堂では出せないじゃないか」
仁奈が依頼者の母ケイトの想い出の料理がお子様ランチだと気付いたのも、これがきっかけであった。
『子どもだけが食べられる特別な料理』――アデラインの告げたこの言葉で、仁奈は自分の記憶と重ね合わせ、お子様ランチを思い出したのだ。
「基本的には子どもだけが注文するし、お皿のサイズも小さいものなんですよ。だからこそ、懐かしく思うのかもしれませんね」
仁奈にとってもお子様ランチは懐かしい料理である。
ファミレスはもちろん、母がときおり大きな皿に仁奈と玲奈の好きな食べ物だけを並べてくれたのだ。
流石に10歳離れた玲奈は気恥ずかしそうではあったが、家族三人の楽しい時間は想い出深いものだ。
だからこそ、仁奈は案じていることがある。
「――どうしたんだい?」
興味深そうに会話を聞いていたキースは仁奈の変化に気付いたのだろう。持っていたカップを置いて声をかける。
仁奈は困ったように眉を下げ、言葉を選びながら話し始めた。
「あの、私は姉と一緒に転移したので寂しさはあまりないんです。それに皆さんもいてくださったので……でも、他の方々は違いますよね」
以前、賢者ショウや一人森で迷っていたジェイクと話したときも同じ想いを仁奈は抱いた。
転移や転生、様々な形でこの世界には異世界からの人々が稀に訪れる。
賢者ショウや聖女である姉の玲奈は歓迎され、その来訪を祝福によって迎えられた。
しかし、ジェイクや今回の依頼者の母ケイトのように、能力を持たない者は転移・転生の事実を隠して生きてきた。
秘密を抱える苦しさを彼らは抱えてきたのだ。
「大切な人に自分自身の本当のことを打ち明けられなかったのは辛いと思います。でも、それを打ち明けられて受け止める人にも葛藤はあるはずです」
そんな中で、アデラインと母ケイトが共有できる記憶は失われかけている。
事実を仁奈は口にしなかったが、その場にいたオスカー達も何を伝えたかったのかはわかったようだ。
アデラインの母ケイトのためにつくる想い出の料理、それを依頼主であるアデライン自身はどう思い、受け止めるのだろう――仁奈は少し胸が痛むのだった。
*****
「お母さん、風邪を引いちゃうわ」
椅子に座ったまま、窓の外を見つめる母ケイトの肩にアデラインはそっと薄手のカーディガンをかける。
雨音が静かに響く中、暗く見えない窓の外へとケイトは視線を向けたままだ。
「せっかく明日はおでかけなのに、雨なんて残念ね」
母ケイトには明日、彼女が好きな料理を食べられるのだと伝えてある。
それはケイトの記憶の中では外食して食べるものであったようで、先程から天気を気にしているのだ。
「大丈夫よ。きっと、明日には止むわ」
「えぇ、そうだといいわね」
そう言ってアデラインは母の肩に手を置く。
ほっそりした母の体、身長も年々低くなってきた。
母のケイトが病と老化の影響で記憶があいまいになり、転生前の出来事を話すことが増えてきた。
あるいはまだアデラインが幼かった頃の記憶。この二つしか母ケイトの中には残っていない。
今の出来事はしばらくすれば忘れてしまうのだ。
「……明日の食事もきっとすぐに忘れてしまうのでしょうね」
母が今のアデラインをどう認識しているのか。それはアデラインにも、おそらく母のハンナにもわからないだろう。
その時折で母の中でアデラインへの認識が変わってしまうのだ。最近はアデラインを見ても、娘だと思わないことも増えてきた。
その度に戸惑い、対応に迷うアデラインだが、母のハンナもそんな自分に困惑しているはずなのだ。
仕方のないことだと頭では理解していても、心がそれに追いつかない。
ここ数十年の二人の想い出が母の中で急に消えてしまった。
共に過ごした時間はハンナの中にはない。
アデラインはそれがどうにももどかしく、寂しいのだ。
「ねぇ、お母さん。私の我儘に付き合ってね」
母の笑顔を見たいと思い、今回アデラインは異世界ケータリングに願いを託した。
雨が止んでほしいとアデラインは願う。
明日は庭で食事をしたいと告げてあるのだ。
庭園で食事をすれば、母の気も少しは安らぐだろう。
それがたとえ、すぐ母の記憶から消えてしまうとしても、やはり母に笑ってほしいと思う。
「……我儘なのかしらね」
アデラインの言葉に返事をすることもなく、母のハンナは心配そうに窓の外を見つめるのだった。
お子様ランチもお店ごとに違いますね。
うどんやラーメンもあったりと、今もお子さんの楽しみなのでしょうね。




