第36話 お子様ランチと幼き日 2
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王城を出た仁奈が向かうのは今回の依頼者、商人ディヴィス氏の屋敷だ。
仁奈以外に向かうのはオスカー、キース、そして馬車を出してくれたシンクレア夫人である。魔術師としての仕事が多忙なロビンは同行していない。
「そういえば、ニーナちゃんの一人暮らし問題は解決したの?」
「確かに以前、そんな話がありましたね。ですが、あれは聖女である姉君に迷惑をかけず、自立するためだったはず。であれば――」
シンクレア夫人の言葉にオスカーも仁奈の話していた目標を思い出したようだ。
仁奈と玲奈の間には行き違いがあり、姉の世話になりたくないと仁奈は一人で暮らす計画を立てていた。
しかし、それも二人の関係修復で解決した――そう、オスカー達は考えていたのだ。
そんな彼らに仁奈はにこっと笑顔を向ける。
「はい。ケータリングカーが自由に出せるようになったので、そこに住むことも考えています!」
「ダメよ!」
シンクレア夫人がすぐさまそう言い、オスカーは絶句する。
キースは三人のやりとりには興味なさそうに資料を読みふけっていた。
言われた仁奈は理由がわからないのだろう。きょとんとした表情を浮かべて小首を傾げる。
「……聖女様はニーナ嬢の考えをご存じなのか?」
「あ、それはまだです!」
正面に座るオスカーの問いかけに仁奈は首を横に振る。
シンクレア夫人がいたずらをした子どもを叱るような目で仁奈を見つめた。
「言わないほうがいいわね。負担をかけないためなら、一緒に住んでいてもいくらでも考えられるわ。そもそも、王城は広大なのよ。一緒に住んでいるうちに入らないわ」
「うっ……! 確かにそれはそうなんですけど……」
近くの別のマンションにそれぞれが住んでいると言ってもいいくらい王城の敷地は広いのだ。
そんな環境の中、一人暮らしにこだわる必要がないのは仁奈も理解している。
ただほんの少し、一人暮らしへの憧れが消えないだけだ。
「いっそ、私の家に住んでもいいのよ? そもそも聖女様よりあなたのほうが色々心配なんだし……」
「私のほうが心配? どういう意味ですか?」
聖女である玲奈のほうが国を挙げて守るべき存在だろう。そう思う仁奈にシンクレア夫人が深いため息を溢す。
「ケータリングの能力も貴重だし、聖女の妹というだけでどんな有象無象が近寄ってくるかわかったもんじゃないわ。婚約の申し込みだって来てるのよ」
「え! 私、聞いてないですよ!?」
「あら、言ってないもの。私が全て断っているわ」
仁奈の驚きの言葉はシンクレア夫人の冷静な言葉で否定される。
どうやら、仁奈の知らないところでシンクレア夫人が守ってくれていたようだ。
こんなことでは一人で住んではどんな問題に巻き込まれるかわからないと、仁奈は自分の甘さを実感するのだった。
*****
「お母様の想い出の料理……ですか?」
依頼者アデライン・ディヴィス夫人とその夫ジョージ・ディヴィス氏と向き合う形でソファーに座りながら、仁奈は彼女に尋ねる。
仁奈の横にはシンクレア夫人が、キースは一人掛けのソファーに座っている。
オスカーはというと仁奈の斜め後ろに立っていた。
第二区域にある屋敷は堅実で古風な造りだ。
室内も落ち着いた色合いの調度品が並び、堅実な家主の人となりが伺える。
「えぇ、母の記憶の中にある料理を再現していただきたいのです」
自分ではなく、母の想い出の料理ということだが、その母親はこの場にはいない。
アデラインの母ケイトは病に臥せっているのだ。
といっても体調には問題ない。
その病と彼女の母ケイトが抱える問題が、通常の料理人ではなく、異世界ケータリングに依頼がきた理由でもある。
「記憶にある料理……と言ってもこの世界のではなく、転生する前のものということでよろしいですね」
「……えぇ、その通りです」
確認のため、ディヴィス氏にそう尋ねたキースは浮かれた様子が隠しきれていない。
そう、今回の依頼者アデライン・ディヴィス夫人の母は転生してこの世界で暮らす人物なのだ。
馬車の中で熱心にキースが読んでいたのは、今回の依頼者の特殊な事情である。
夫であるジョージ氏に片方の手を握られながら、硬い表情でアデラインは静かに語りだした。
「私の母はここ数年ほど、記憶が曖昧になることが増えてまいりました。年齢、そして病から来るものだとお医者様はおっしゃっております。そのこと自体は自然なものと受け入れて過ごしてまいりました。ですが――」
アデラインは一瞬目を伏せたあと、再び視線を仁奈達へ向ける。
「幼い日の記憶を話し出すことが増えた頃です。母の会話の中に奇妙な言葉が増えてまいりました」
「たとえば、どのような言葉か記憶はありますか?」
シンクレア夫人がそう言うと、ディヴィス夫妻は顔を見合わせ、少しの間考え込む。
一言に転生や転移といっても、時代や国、環境など、それぞれに異なる文化や価値観で生きてきたはず。
そんな情報を掴むことで、アデラインの母ケイトの想い出の料理を探ろうとしているのだ。
これは馬車の中で話し合った案の一つである。
「――発音など、自信はないのですが……」
「問題ありませんわ。少しでも解決の糸口になればと考えておりますもの」
にこやかにシンクレア夫人が微笑むと、アデラインも釣られるようにぎこちない笑みを返す。
このあたりが自分では上手くはいかないところだと、隣に座る貴婦人の存在を仁奈は心強く感じる。
「ディパーァトゥ……、だったでしょうか。なぁ?」
「えぇ、そんな言葉だったわ。あとは、エヴェレータァーガーァ……もいる、とか言っておりました」
聞き馴染みのない言葉にシンクレア夫人の視線は自然と仁奈へと向かう。
真剣な表情でディヴィス夫妻の話に耳を傾ける仁奈は皆の視線には気付かないようで、夫妻の言葉を待っている。
オスカーがディヴィス夫妻の言葉を忘れないようにメモを取り、キースは自分の記憶にはない新しい言葉に目を輝かせた。
「母が申すにはよそいきの服を着て、家族と出かけた場所で食べる料理だそうなんです。あと、こうも言っておりましたわ。『子どもだけが食べられる特別な料理』なのだそうで――」
「子どもだけが食べられる特別な料理……。あの、お母様は日本、えっと……国や地域のことは何か言ってらっしゃいましたか?」
アデラインの言葉にハッとした仁奈が問いかけるが、彼女は困ったように首を横に振る。
どうやら、そこまではっきりした情報は得られていない様子だ。
「正直、母の記憶がどこまで正確なのかは私にもわからないのです。転生していたことも含め、病になってからの言葉ですので」
だが、あやふやな記憶かもしれないと思いつつもアデラインは母の望む料理を食べさせたいと考えた。そんな彼女の母への想いは紛れもなく確かなものだ。
仁奈はどうにかアデラインと母に喜んでもらえる料理を作りたいと強く想うのだった。
*****
「夕日が綺麗だねぇ」
呑気な響きで口にしたキースの横顔が夕日に照らされる。
この世界でも日が沈み、日が登る――そんな共通点は仁奈をなぜか安心させた。
転移や転生をしているというと一目置かれる世界だが、それは稀有な能力を持った者だけだろう。
「能力がないなら話さない方がいい……そう思ったのかもしれませんね」
仁奈が呟くようにそう口にすると、シンクレア夫人が労わるような笑みを浮かべる。
「そうね。もしかしたら、アデラインのお母様はそうお考えになって長年、誰にも打ち明けずに来たのかもしれないわ」
「私としては能力や魔力ではなく、文化も興味があるんだけどねぇ」
キースのような考えを持つ者は少数だろう。
異世界から来た者に求められるのは、稀有な能力や貴重な知識や情報だ。
その国特有の文化や情報が、こちらの世界でも必ず役立つ保証などない。
「安全のために誰にも打ち明けない――幼いながら聡明であったのでしょう。ですが、同時に孤独を抱えてきたはずです」
オスカーの言うとおり、打ち明けずに来たことでアデラインの母ケイトは平和に暮らしてこれたのかもしれない。
しかし、誰にも言えないことを抱えて生きるのは苦しいことだ。
「ねぇ、ニーナ。何か気付いたことはあったかしら」
少し重くなった空気を変えるようにシンクレア夫人が尋ねると、仁奈は少し考える仕草を見せた後、こくりと頷いた。
仁奈には思い当たる料理があるのだ。
ただし、それはアデラインの母ケイトが日本で育っていることを確認しなくてはならない。
「……王城に戻ってお姉ちゃんとあの人に話を聞いてもらわなきゃいけません」
そう言った仁奈はオスカーからメモを受け取る。
あのとき、聞いた言葉は仁奈にはわからないものもあったのだ。
その答え合わせをするべく、姉の玲奈と共にとある人物に会わねばと思う仁奈であった。
「ディパーァトゥ」はさておき、「エヴェレータァーガーァ」は
馴染みがない方のほうが多いかもしれません。
答えがわかっても内緒にしていてくださいね。笑




