第35話 お子様ランチと幼き日
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聖女がこの世界に召喚されたのはこの国スラフェスのみならず、他国にも知れ渡ることとなった。
今まで情報を秘匿してきた聖女の存在をスラフェスが他国にも知らしめたのは、玲奈自身が聖女としてこの世界に留まることを覚悟したことが大きい。
仁奈との関係の修復、そして自分に芽生えた治癒の能力を押さえていたのが魔術師だとわかり、玲奈の国へ不信感が払拭されたためである。
数百年、召喚されずにいた聖女が今、この世界にいる――それは世界中に衝撃をもたらした。
その影響を最も受ける人物、当然それは聖女玲奈自身だ。
「仁奈ー! 疲れた、お姉ちゃんは疲れました!」
そう言って玲奈は妹の仁奈の肩にもたれかかる。
ずしりと左肩が重くなる仁奈だが、姉の多忙さを知っているため、黙って話に耳を傾ける。
控える姉のメイドのジュディとアンナが申し訳なさそうな表情でこちらを見ているので、目くばせで問題ないと伝えた。
「でも大変だね。各国の首脳? みたいな人達に会わなきゃいけないんでしょう? 大統領とか王族もいたりするの?」
聖女がいる――それを知った他国は当然、その存在をもって自国の利益に繋げようとするはずだ。
玲奈のことは国をあげて守る気はあるが、この世界の情勢や他国の考えを彼女自身が学ぶこともまた必要となる。
礼儀作法に社会情勢に文化、そこに治癒魔法の練習と時間がいくらあっても足りない。そんな中、唯一の癒しが仁奈と過ごす夜のお茶会なのだ。
「いるわよ。いっぱいいる……。なんだか、昨日まで普通の会社員だったのに、急に大統領や王様に会うなんて頭が追い付かないわ」
「……でも、お姉ちゃんのほうがその人達からすれば身分が上なんじゃない?」
仁奈がそう口にすると賛同するようにジュディとアンナは頷く。
なにしろ、聖女はそこにいるだけで災害や不作などと無縁の豊穣の時代を築きあげるというのだ。まさに数百年ぶりに訪れた奇跡の存在である。
「あんまり実感は湧かないわね。治癒の方が私には実感があるし、やりがいを感じるんだけど……。で、仁奈はどうなの? 私が承認しちゃったことで迷惑はかけてない?」
頭を持たれかけていた玲奈が体を起こし、仁奈の顔を覗き込む。
昔から近くにいた仁奈には多少の疲れが滲んでみえる玲奈の顔だが、凛として美しいことに変わりはない。
姉の顔を見た仁奈はにこりと笑う。
「大丈夫だよ。それに今、王都でチラシを見た人から依頼が来てるみたいなの。シンクレア夫人が王都にお店を持っていて、そこに来てくれたんだって!」
ケータリングカーを呼ぶ方法は二つある。
一つは誰かが強く願い、仁奈にその声が届き、ケータリングカーを呼び出す形。もう一つが仁奈自身の意志でケータリングカーを呼びよせる形である。
これは姉の玲奈と力を合わせ、願ったことで得た仁奈の新しい能力だ。
「……少し羨ましいわ。私ももっと街を見てみたいんだけど、流石にそうはいかないみたい」
「でも今度、聖女としての儀式もあるんでしょ?」
「えぇ、どの国を優遇することもなく会うほうがいいという考えみたいね」
どの国がどの順でどれほどの時間を設けて聖女へ謁見するか――仁奈達からすれば些細なことだが、それぞれの面目を保つために配慮が必要となるのだ。
そのため、大規模な儀式を行うことで主要な国々や王族を招き、聖女玲奈の存在を知らしめる目的があるのだ。
仁奈は戴冠式のような儀式ではないかと勝手に想像している。
「あ、それでね。儀式のときは私やアダムさんが直接、お姉ちゃんの料理を作るみたい」
「え! そうなの?」
玲奈が仁奈のほうへと振り向くが、その表情も声も先程とは変わって明るい。
「うん。色々安全上の問題からだって」
仁奈としてはそう姉に告げるのも少々心苦しい。
それだけ、危険な立場だという意味でもあるのだ。
ジュディとアンナの表情も少し引き締まる。
「……そうなの。でも、ちょっと楽しみだわ。その日は、たくさん仁奈の料理を食べられるんだもの」
「うん。アダムさんもだからね」
ぎくしゃくしていた姉妹だが、互いの本音を打ち明けてから一層その距離は縮まった。いや、以前より玲奈の仁奈へと愛情が強くなったようでもある。
しっかりしていなければならない――そんな殻を破った玲奈が自分の心に素直になった証であろう。
黙っていれば凛として優秀な姉の、意外と可愛らしい一面に気付いた仁奈は、聖女として重責を担う玲奈に何か美味しいものを作らねばと思うのだった。
月・水・金の週3更新の予定です。




