第32話 姉妹のこれから
いつも読んでくださり、ありがとうございます。
もう少しで一区切り、お楽しみいただけていたら嬉しいです。
王城の一室には王アンドリュー、宰相レイモンド、キースらが集まり、話し合う。
予定外の飛行船の浮上、そしてその墜落――飛行船が無人であり、落ちたのが森であったのが不幸中の幸いだが、その森も炎上を続け、近隣の住人達は避難を続けている。
「魔術師を現地に送り、治療をするべきです!」
「加害者である彼らがか?」
上がった声の主に王アンドリューが冷ややかな視線を送る。
「そもそも、飛行船を飛ばした魔術師達の魔力はほぼのこっていないだろう。どう思う、キース」
「そうだね。まぁ、数日間はまともに魔法は使えないんじゃない?」
飛行船を浮かばせるだけで魔術師達十数人の力が必要となる。
ましてやそれを飛ばし続けるなど、膨大な魔力と制御する技術もいるのだ。
自らの力を誇示するつもりであった魔術師達の失敗は、彼らだけではなく平穏に暮らしていた民をも巻き込む形となった。
「参加していない魔術師はいないのか?」
「今回の件に参加していないのは、平民出身の魔術師二名だけかと思われます」
平民出身の魔術師とはルイージとロビンのことである。
二名では治療にも心もとないのだが、迅速に対応せねば、被害が拡大していくばかりだ。王アンドリューは指示を告げる。
「では、騎士団と共に治癒師、そして魔術師二名を現地に送るように。使える魔道具は何でも使え。一刻も早く現地に!」
「承知いたしました!」
それぞれが各部署に指示を出しに行くのだろう。急ぎ早に皆は部屋を後にし始めたそのとき、玲奈と仁奈が入れ違いのように駆け込んでくる。
走ってここまで来たのだろう。息も整わぬまま、仁奈が口を開く。
「飛行船の墜落は事実ですか……⁉」
「……あぁ、残念ながらね」
キースの言葉に仁奈の顔から火の気が引いていく。
「おそらくは始めから式典なんてする気はなかったんだろうね。式典を開くと言えば、その日まで飛行船は動かない――そう皆思い込んでしまう。それを利用したんだよ」
飛行船を舞い上がらせると豪語していた筆頭魔術師ケイシーだが、同時に完成式典を行うことを強く主張していた。
しかし、あれは飛行船を飛ばすためのカモフラージュだったのだ。
完成式典を予定し、当日飛行船を舞い上がらせると宣言すれば、誰もがその日までは飛行船は動くことはないと思い込んでしまう。
キースの言葉通り、筆頭魔術師ケイシーの策略であったのだろう。
「魔術師の方がいないと治療はどうなるんでしょうか……」
「治癒師を向かわせることが決定しているよ」
「治癒師……」
仁奈はグレタの友人である治癒師のサラに出会って、その仕事を知っているが玲奈は初めて聞いたのだ。
「えっと、看護師さんみたいに薬で治療してくれる人達がいるの」
「魔法は使えないのね?」
「うん、薬草を使った治療になると思うよ。ですよね、キースさん」
キースは仁奈の問いかけに頷く。
「……魔術師二名が同行する予定だ。彼らが中心になって治療に当たることになる」
王アンドリューがそう言うと、玲奈は長い睫毛を伏せ、何か考えている様子だ。しかし、それも数秒程のこと。
顔を上げた玲奈は口を開く。
「私も同行させてください」
「……あなたが、か?」
困惑した王の眼差しを臆することなく見つめ返した玲奈だが、周囲の者も戸惑った様子だ。
聖女は特別な存在ではあるが、それは存在そのものがという意味である。
存在することで天変地異などの災害を避けられる――逆に言えば、聖女自体が何か直接的に誰かを救ったという史実は残っていないのだ。
「――私には治癒の力があります」
玲奈の言葉に王は目を見開き、集まった役人達にはざわめきが起こる。
魔術師達は玲奈の能力を報告していなかったのだろう。
聖女が治癒の能力に目覚めた。そうなれば、魔術師である彼らの希少性が薄れてしまうのだ。
それに気付いた宰相レイモンドは苦虫を噛み潰したような表情になる。
「ですが、それは朗報では? 聖女様にも現地に向かって頂き、治療に……」
「それはならぬ」
王アンドリューの言葉は強く、有無を言わせぬものだ。
「聖女を危険な目に合わせるわけにはいかない」
「いえ……! 私は……!」
聖女という立場だが、玲奈には玲奈の意志がある。
そんな姉の横顔を見つめた仁奈も祈る想いで王の言葉を待つ。
しかし、王アンドリューは首を縦に振らない。
「人為的な事故は聖女も防げない。しかし、あなたを聖女だと知った民は怒りをあなたにぶつけかねない。何より、その土地では火災が続いているのだ。安全ではない場所に聖女であるあなたを送るわけにはいかない」
王アンドリューの言葉はもっともである。
聖女の力は唯一無二のもの、その玲奈を危険な場所に向かわせるなど、あってはならない。そう王アンドリューは判断したのだ。
唇をぐっと噛み締める玲奈は一礼をすると部屋を後にする。
仁奈は慌てて姉にならい、ぺこりと礼をして玲奈を追いかけるのだった。
*****
「お姉ちゃん……!」
王城の廊下を歩いていく玲奈の後姿に仁奈は大きな声をかける。
足を止めた玲奈だが、妹の方を振り向くことはない。
「――なんなんだろうね、聖女って」
「え?」
「いるだけでいい、なんて私の気持ちも考えも必要がないみたいじゃない……」
緩やかに巻かれた髪も華やかな玲奈だが、そんな姉の後姿はどこか弱々しく仁奈の目には映るのだ。
十歳の歳の差は変わらない。今後も変わることは当然ないのだ。
だが、身長も伸びた仁奈はもう姉に助けられてばかりいた子どもではない。
姉の玲奈はいつも自分を守ってくれた――そんな姉を今は自分も守りたいと仁奈は強く想うのだ。
仁奈は姉の左手を右手でぎゅっと握る。その強さに驚いた玲奈が振り向いた。
「お姉ちゃん、行こう!」
そう言って、姉の玲奈の手をとって仁奈は走り出す。
戸惑う玲奈だが、仁奈に連れられ、彼女もまた走るしかない。
仁奈は姉の手を握りながら、子どもの頃を思い出す。
あの頃はいつも姉の玲奈が手を引いてくれた。
自分より背の高い姉はずっと大人で頼りがいのある存在だと信じてきたのだ。
しかし、自分が同じ歳になってわかる。
姉の玲奈はしっかりしようと必死だったはずだ。
自分を世話し、守ってきてくれた姉。その手を握りながら、仁奈は今度は自分が姉の役に立つ存在になりたいと強く想う。
薄茶の髪と焦げ茶の髪が揺れる。
廊下から庭園に向かい、走っていく姉妹――二人の関係が今、変わろうとしていた。
本日、12時にも公開します。




