第30話 舞い上がる飛行船 2
最近は文字数多めでお送りしています。
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「どういうことだ?」
端的に問われた宰相レイモンドは何から説明すれば良いのかと、頭の中を必死で整理する。
王アンドリューはそんなレイモンドを一瞥すると、キースへと視線を移した。
「飛行船を飛ばすことは現実的に可能か?」
「まぁ、飛ばすのは無理だろうね」
キースが結論を告げると王アンドリューは納得したように、静かに頷いた。
そもそも、飛行船の制作は先王の時代に計画され、そのまま保留の状態であったものを数年前から一部の貴族が推進してきたものだ。
反対意見も多かったものの、魔術師達も指示し、国の威光を高める目的と魔術の進歩のためにと計画が進められてきた。
「舞い上がらせる――と言ってたな。おそらくはそれが精一杯だろう。魔力の使い過ぎは命を縮めるという。そこまでする意味はないからな」
「ですが、よろしかったのでしょうか……」
先程、筆頭魔術師ケイシーの要望で決まった飛行船の完成披露式典。貴族出身で選民意識の強い魔術師達らしい考えだが、それを受け入れたことで彼らを助長させないかと宰相レイモンドは案じている。
日頃、魔術師達と接している彼はその傲慢さを重々承知しているのだ。
「あの場で全面的に否定すると反発も大きくなるからねぇ……」
キースの言うとおり、下手に押し付ければ強い反発に繋がる。
彼らの面目を保つため、王は敢えて式典の許可を出したのだ。
「内部に見えない不満が溜まらないように、彼らの顔を立てて、式典を行う――いやぁ、王様って大変だね」
気安い態度のキースだが、王アンドリューは平然としている。
レイモンドも始めはこんな二人の会話にハラハラとしたものだが、これが二人にとっては当たり前なのだ。
冷たい眼差しでキースを一瞥した王アンドリューは口を開く。
「――彼らの行動を見張っておくように」
「他にも何かあると?」
宰相レイモンドは式典の許可を得た筆頭魔術師ケイシーの喜びようを思い出す。
他の魔術師達も歓声を上げ、何もおかしな様子などはなかったのだ。
「……念のためだ」
そう言うと王アンドリューは眉間に皺を寄せる。
宰相レイモンドがキースに視線を移すと、彼は肩を竦めた。
先程まで晴れていた空は灰色になり、暗くなった部屋を使用人が魔導ランプを灯していく。
明るくなった室内だが、そこにいる男達の表情は優れないままなのだった。
「おや、聖女様ではありませんか」
声をかけた主が誰かわかった玲奈の眉がぴくりと上がる。
同行するメイドのジュディとアンナの表情も警戒からか引き締まる。
笑顔を作りつつ、玲奈が振り返った先には予想通りの人物がいた――筆頭魔術師のケイシー、そしてその部下達だ。
「まぁ……お久しぶりですね」
「えぇ。いるだけで称賛を受ける聖女様と違い、我々は多忙なのです。研鑽を重ね、功績を残さねばなりませんからな」
聖女である玲奈がいるだけで、災害や不作などと無縁の豊穣の時代がもたらされる。だが、それゆえに聖女という存在がただの飾りにも玲奈には思えるのだ。
それがこのスラフェスに来てからというもの、玲奈の中で消えない葛藤である。
呼び出した張本人である魔術師達の言葉に、玲奈は怒りを必死で抑え込む。
「失礼ではありませんか! レイナ様がいらっしゃることで全ての国民がその恩恵を受けるのですよ!」
玲奈を庇うかのように声を上げるアンナだが、魔術師達はせせら笑う。
きっと睨むアンナだが、魔術師達はそのまま去っていく。
「レイナ様……」
ジュディが気遣うように声をかけるが、玲奈は少しでも気を許せば涙が零れ落ちそうになり、必死で歯を食いしばる。
望んできたわけではないこの世界で、せっかく芽生えた癒す力さえ制限させられる。母の他界で諦めた看護師の夢がある玲奈にとって、癒しの力は異世界に訪れて初めての希望であった。
今後のことを話し合った妹仁奈との関係は少しぎこちないままだ。
共に転生したにもかかわらず、立場の違いから自分達の意志では会えないのだ。
「――願っても叶わぬことばかりね」
曇天の空からはぽつりぽつりと零れ落ちてきた雨は、すぐに激しく地面を打ちつける。
自分の想いを代弁するかのような暗い空を玲奈はただ見つめるのだった。
*****
「大体、飛行船なんていらないんじゃない? 何の役に立つのよ?」
いつもの研究室に似つかわないその人物の言葉にオスカーは頬を掻く。
華やかな雰囲気をまとうシンクレア夫人がゆったりと寛ぎながら、不満を口にする。ガブリエルが同意するかのようにわふっと鳴いた。
少々違和感があるのだが、それはオスカーだけのようで仁奈もロビンも熱心に彼女の話に耳を傾けている。
キースはシンクレア夫人の隣に座り、紅茶を優雅に楽しんでいた。
「まぁ、一応新たな技術を生み出して、試すことで発展する部分はあるんだよね。アンディが飛行船の開発を認めたのも、それを見込んでのことだからね。でも、私もあまり関心がないなぁ。ケータリングカーを見た後だしね」
「……王を愛称で呼ばないでちょうだい」
先程まで飛行船のことで怒りを表していたシンクレア夫人は、キースの言葉にうんざりした表情に変わる。
「王が完成式典を行うと決めたのは不満を抑え込むためでしょう。魔術師達は貴族出身ですし、その影響は大きい。一部貴族の支持を強く得ています。むしろ、現王は弱腰であるという意見も上がっています」
「聖女の存在を国内外に知らしめ、他国への影響を強めるべき! っていうのよね。……それで聖女であるレイナちゃんが他国に行くって言い出したらどうするのかしらね」
現在、聖女玲奈の中でこの国への印象は決して良いものではないだろう。
望まぬ国に召喚という形で無理やり連れ去られたのだ。そして、最愛の妹までもそれに巻き込んでしまった。
特に魔術師と宰相への心証は最悪だろう。
それゆえ、他国はもちろん、国民にもこの事実を伏せている。
聖女召喚は世界を揺るがす大きな事件であり、争いさえ生みかねないのだ。
「……でも、それで争いになるのも違いますよね。平和をもたらす聖女で争いが生まれるなんて、お姉ちゃんが可哀想です」
仁奈の言葉は姉である玲奈を気遣うものだ。
一方で仁奈もまた聖女召喚に巻き込まれ、人生を変えられてしまった一人である。それを考えると彼女になんと声をかけていいのか、皆迷う。
そんな中、空気を読まぬ男が口を開く。
「平穏を願う王の気持ちはわかるよ。かつて荒れた時代があった……それで不幸になるのは民なんだ。平穏こそが民の幸福に繋がるからね」
「あら、めずらしくまともなことを言うじゃない……」
「わふ!」
シンクレア夫人の軽口と、同意するかのようなガブリエルに空気は一気に緩む。
「でも、本当に難しいのは着陸のときだと思います」
「魔力の制御の問題か?」
オスカーの問いかけにロビンがこくりと頷く。
あくまで完成式典であり、飛ばす予定はないのだが魔術師達は舞い上がらせると豪語しているのだ。
同じ魔術師であるロビンはその大変さを理解している。
「浮かばせたとしてもその場に着地させるのはさらに難しいですし、ケータリングカーみたいに自由に飛ばすには相当の魔力が必要です」
「聖女召喚に続く、新たな称賛を欲しているんだろうねえ」
聖女召喚は偉業である――だが、その成功に満足できぬ魔術師達は自分達の功績を皆に知らしめようと考えているのだろう。
飛行船の完成式典をすることもその一つなのだ。
シンクレア夫人が形の良い眉を顰める。
「魔術師は必要よ? でも、筆頭魔術師ケイシーになってから良い噂を聞かないもの。資金力がある家の生まれだから……とかね」
シンクレア夫人の会話に興味を示さないキースだが、仁奈と目が合うとキラキラと表情を輝かせる。
「それを思うとニーナの能力は規格外だよね! 水陸両用、おまけに空まで飛んでしまうんだからさ! 君といると飽きることがない……素晴らしいよね」
「……キース様の関心はさておき、俺もその能力は優れていると思う。もう少し、ニーナ嬢はそこに自信を持つべきだな」
面白いことに目がないキースの意見はさておき、オスカーの言葉は仁奈にも心当たりがある。
優れた能力であるケータリングなのだが、自分の意志で動けないことに仁奈はもどかしさを感じてしまうのだ。
しかし、ロビンやオスカーの言葉を聞くと魔力を使う難しさは魔術師にもあるらしい。まだ能力に目覚めたばかりの仁奈であれば、今後の伸びしろにも希望が持てる。
「そうですね。まだまだ諦めず、ケータリングっていう能力を自分のものにしてみせます!」
力強い仁奈の宣言にロビンはにこにこと笑って拍手をし、ガブリエルもわふっと一声吠えるとしっぽを振る。
先程まで怒っていたシンクレア夫人もオスカーもその光景に表情を緩め、微笑む。
そのとき、ドアを遠慮がちに叩く音がする。
席を立ったロビンがそちらへと向かい、ドアを開ける。
その先に立っていたのは仁奈の姉、聖女玲奈付きのメイドの一人ジュディだ。
「……ニーナ様にお願いがあってまいりました!」
突然の訪問に、仁奈は姉に何かあったのかと不安を抱くのだった。




