第29話 舞い上がる飛行船
いつも読んでくださり、ありがとうございます。
いいねなども励みになっております。
王都のシンクレア夫人の邸宅には仁奈達が訪れている。
騎士のオスカー、魔術師のロビン、そしてキース。仁奈付きのメイドのグレタも同行した。
仁奈にとっては初めて王城以外のスラフェスを見たことになる。
馬車から見える街並み、人々が行きかう姿、屋台の料理まで何もかもが仁奈にとっては新鮮であった。
「あらまぁ、ガブリエルはすっかりニーナちゃんに懐いてるわね」
ゴールデンレトリバーによく似た犬ガブリエルは、ソファーに腰かけた仁奈の足元でしっぽを振る。その頭を優しく仁奈は撫でた。
今日は仁奈もいつものエプロン姿ではなく、ワンピースを着ている。
少々、かしこまった気持ちになる仁奈だが、悪目立ちしないためには必要なのだ。
「子どもの頃は犬を飼いたかったんです。姉は猫がいいって、飼えないのに真剣に話しあったりしましたね」
「仲がいいのね、二人は」
そう言って笑うシンクレア夫人に仁奈も照れくさそうに微笑む。
「王都を見たのは初めてで新鮮でした。いつか、王立図書館も見てみたいなぁ」
仁奈の言葉にキースが表情を明るくする。
キースは王立図書館に縁があるのだ。
「今度、私が案内するよ! 以前、そこで勤めていたからね」
「……向こうが困るんじゃないかしら?」
シンクレア夫人とオスカーは顔を見合わせる。
セイリスの民キースは優秀な人物ではあるが、その行動力と発想力で周囲を困惑させることもしばしばあるのだ。
そんな会話に魔術師のロビンは目を輝かせる。
「僕の家にもぜひ! 弟と妹が住んでいるんです。僕が王城に住めるようになったので、王都に呼び寄せられたんです!」
嬉しそうに笑うロビンだが、平民でありながら王城の魔術師になれたのは彼の能力ゆえだろう。弟妹を呼びよせられる収入が得られるようになり、皆で暮らせるのは彼にとっても喜ばしいことなのだ。
そんなロビンの言葉に仁奈は気になっていたことを思い出す。
「こちらで暮らしていくのなら、やっぱり王都なんでしょうか?」
「あら、ニーナちゃん。あなた、王都で暮らすつもりなの?」
シンクレア夫人はてっきりこのまま仁奈が王城で暮らすものだと思っていたのだ。
突然の仁奈の言葉に驚きを見せる。
オスカー達は以前、聞いていた話ではあったが心配そうな表情である。
女性が一人で暮らしていくなど、こちらでは考えられぬことなのだ。
「ケータリングカーが自由に出せれば、そこで生活していけるとは思うんです。今は助けを求められて、発動する能力なんですけど、自分で誰かを助けたいって思ったときにも使えたらいいですよね」
仁奈の言うとおり、ケータリングカーは誰かの想いで呼び寄せられる能力だ。
しかし、それを仁奈の意志で発動できれば、誰かを助けたいときにも迷わずそこに行けるだろう。
そんな仁奈にオスカーが以前から気になっていたことを尋ねる。
「以前、ニーナ嬢は自立を願っておられたが、それは変わらないのだろうか? 俺から見れば、王城でこのまま暮らしていても問題はないように見えるのだが……」
聖女召喚はスラフェス側の事情で行われたこと――聖女である玲奈はもちろん、妹の仁奈は巻き込まれた形なのだ。
彼女達の生活の責任を負うのは国であるとオスカーは信じている。
にもかかわらず、仁奈は自分一人で全ての答えを出し、責任を背負おうとしている――傍から見ればそう感じられるのだ。
「……そうしないと姉が私のために頑張ってしまうんです」
「聖女様が、かい?」
キースの問いかけに仁奈はこくりと頷く。
「母が他界する前から、歳が離れているので姉がよく面倒を見てくれたんです。病気で体調が悪い母の代わりに、世話をしてくれました。姉の将来の夢は看護師……こちらでいう治癒師みたいなものですね。でも、母が亡くなってその夢も諦めたんです」
仁奈が語るこちらの世界に来る前の姉妹の話に、皆は静かに耳を傾ける。
聖女召喚でスラフェスに来た際、聖女である玲奈は妹の仁奈のために怒りを見せたのだ。その話からも姉妹の関係性が周囲には伝わっている。
「いつも面倒を見てくれたので……私は姉の負担を軽くしたいんです」
仁奈にそう言われ、オスカーやシンクレア夫人、キースまでもが彼女の強い意志を感じ、口を挟めない。
しかし、たった一人だけ仁奈の言葉に疑問を持った者がいる――ロビンである。
「でも……お姉さんがそれを望んでいるのでしょうか?」
「え?」
ロビンの言葉が聞き取れなかった仁奈は、隣に座る彼へ視線を移す。
「い、いえ! なんでもありません! まずはケータリングカーを呼び出せるように魔法の練習を頑張りましょう!」
「そういえば、強い意志が影響するらしいよ」
「ちょっと、それ本当? また適当なこと言っているんじゃないでしょうね?」
仁奈の前に座るシンクレア夫人は怪訝な表情でキースを見る。
キースはといえば、平然としたままその視線を受ける。
「ひどいな、アレクシアちゃん。私は自分が関心があることには真剣だよ」
「それ以外は適当なことをお認めになるんですね」
冷ややかなオスカーの視線を気にした様子もなく、キースはにこにこと話を続ける。
「ちゃんと文献にあったんだよ。強い願いで魔法の威力は向上するって。魔法っていうのは魔力だけじゃなく、心が影響するんだそうだよ」
「心……ですか」
確かにケータリングカーの発動は助けを求める人の想いに反応したものだ。
であれば、仁奈の強い想いでケータリングカーを呼びよせることも不可能ではないのでは――そんな気持ちが仁奈にも芽生える。
「よしっ! 私、もっと頑張ってみます!」
そう宣言した仁奈に皆は優しい眼差しを向けるが、隣に座るロビンだけがなぜか浮かない顔をして、紅茶を口に運ぶのだった。
*****
高い窓からの光が玉座のあるその部屋を照らす。
定期的におこなわれる王への報告は、今日も静かに恙なく行われるはずだった。
それを壊したのは筆頭魔術師ケイシーの発言だ。
「どういうつもりだ? ケイシー」
王アンドリューの声はいつもより低い。
先代よりも柔和な面ばかりが知られる彼だが、身近に仕える者達はその穏やかさの下に揺らがぬ信念があることを知っている。
宰相レイモンドなどはそれを身を持って体感しているのだろう。諫めるような鋭い視線を筆頭魔術師ケイシーへと向ける。
「我らの功績を王は未だ理解しておられないようです」
どこまでも不敵なケイシーの言葉に集まった者達も再びざわつき始める。
ケイシーは王の前だというにもかかわらず、臆する様子はない。
まるでその立場は等しいかのような態度に宰相レイモンドは苛立つが、王アンドリューは何事もないかのようにケイシーを玉座から見下ろす。
「聖女はこの世界に安寧をもたらす存在、それをご存じとは思えませぬ」
「――あぁ、だから聖女であるレイナ嬢にはこの国スラフェスに今後もご滞在いただけるよう、環境を整えている最中だ」
聖女である玲奈の存在はいるだけで天変地異や不作が起きない。その国を豊かにし得る存在、それが聖女なのだ。
誰もが知る情報を語った筆頭魔術師ケイシーだが、王の言葉に苛立ちを見せる。
「違います! 聖女を召喚した我々への褒賞はないのですか!」
「しかし、お前たちは王の反対を押し切る形で召喚をしたではないか!」
宰相レイモンドの言うとおり、聖女召喚は筆頭魔術師であるケイシーを中心に行われたものだ。
危険性を考え、王や宰相レイモンドは聖女召喚に難色を示した。ちょうど同じこの玉座の間でのことである。
そんな宰相レイモンドの指摘に、筆頭魔術師ケイシーが不敵に笑う。
「そうです! つまり我々なしでは聖女召喚は成し得なかった! 違いますか?」
大声で言い放った筆頭魔術師ケイシーの言葉に、玉座の間は蜂の巣をつついたようだ。彼に同意する声、それに反対する声と皆が話しだす。
賛同の声に自信ありげに笑う筆頭魔術師ケイシーだが、静観していた王が再び口を開く。
「では、お前達は何を望むのだ? ケイシー」
王アンドリューの一言でざわめきは収まり、皆の視線は筆頭魔術師ケイシーへと注がれる。
その眼差しに気付きながら筆頭魔術師ケイシーはにやりと笑う。
「……先程も申し上げました。式典を、我らのための式典をお願いしたい。我々、魔術師は必ずしや飛行船をあの青空へと舞い上がらせてみせましょう……!」
そう言って筆頭魔術師ケイシーが指さす先には、窓がある。
光指す窓を見た者達はその眩しさで目をすがめる。
高く遠く広がる青空に飛行船を舞い上がらせる――そう宣言した筆頭魔術師ケイシーの目は高揚し、窓を見つめ続けるのだった。
夏休みは忙しい!そんな方もいらっしゃいますよね。
ご体調にはどうぞお気をつけください。




