第27話 貝のコキーユと英雄 4
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「貝のコキーユ、ですか……」
先日の祝宴の料理を賢者ショウが気に入っていたとキースから報告を受け、安堵していた仁奈は新たな依頼に少し考え込む。
4人にとってはお馴染みとなったルイージ達の研究室で、話を聞いていたロビンが不思議そうな表情を浮かべる。
「それって、この国でも食べられますよね」
「あぁ、貝のコキーユとはソースと共に貝を焼き上げる料理だからな。しかし、俺も話には聞いたことがあるぞ。賢者様のお好きな料理は貝のコキーユだが、だからこそどんな料理人も納得させることができないと」
「え! そんなに貝のコキーユがお好きなんですか?」
好きすぎるあまり、その料理への料理への目が厳しくなるということなのだろうか。それでは、今回の祝宴に貝のコキーユがなかったのも納得である。
下手に好みではない貝のコキーユを出すよりならば、他の料理を出すほうが良いだろう。
これは引き受けてしまっていいのだろうかと仁奈も少々不安になる。
「もう、キースさん! どうしてそんな大変そうな依頼を勝手に了承してしまうんですか!」
「うーん、そうだね。そうなんだけれど断れなくってね」
仁奈の大変さを考え、怒るロビンだが、めずらしくキースは言葉少なだ。
「断れない……!? 俺が知る限り、したくないことは絶対にせずにきたキース様がですか? 確かにお相手が賢者様では言いにくいかと思われますが……」
オスカーが驚くが、仁奈から見てもキースの反応は意外である。
長い付き合いとは言えぬ関係だが、仁奈から見たキースは面白いことにはなんでも飛びつく傾向がある。
ケータリングカーや仁奈の料理、知らない能力や世界のことには強い関心を示すのだ。
そんな彼が貝のコキーユというこの世界でもある料理を依頼され、引き受けた。
それは頼んだ相手が賢者ショウだからに仁奈には思えるのだ。
「立場があると諦めなければならないことも多いんだよね。こき? だったっけ。そんな祝いに彼の願いを叶えられたらって思ったんだ」
「それは……。そうですね。確かにそういうことも多くあります」
キースの言葉にオスカーの視線は下がる。
立場ゆえにできぬことも、この世界には多くあるのだろう。
聖女である姉玲奈も同じなのだろうかと仁奈はふと不安になる。
「キースさん、なにか賢者様から貝のコキーユにまつわるお話を聞いていませんか?」
「え! 引き受けてくれるのかい? ニーナ」
「絶対に同じ味を作れる自信はないですよ? ケータリングカーで作るんじゃなく、私が作らなきゃいけないので……。でも、挑戦せずに諦めるのも違うと思うんです」
その結果、賢者ショウを失望させるのではという怖さも仁奈の中にはある。
しかし、長年異世界で過ごしてきたショウ。そんな彼に同郷である自分が何もせずに断るのはもっと彼を傷付けてしまうだろう。
何より、仁奈自身が彼の求める貝のコキーユに挑戦したいと思っているのだ。
「ありがとう、ニーナ。そうだね、少し彼から聞いた話をしよう。なんでもこちらに来る前に、レストランで食べた料理らしいよ」
「レストラン、ご家族と一緒でしょうか」
こちらに来た当時、賢者は17歳だったと言う。
今の仁奈より少し年下だが、当時学生であっただろう賢者ショウがレストランで食べたと聞いて、家族との思い出の料理なのかと仁奈は思う。
「いや、なんでもショウテンガイ? にあるレストランで、そこで初めて食べたんだそうだよ。日が落ちると灯りで店内の様子がわかって、憧れていた店に勇気を出して入ったらしいよ」
「それは勇気がいりますね。背伸び、というか、私でも初めてのお店は少し緊張しちゃいますもん」
今より外食が特別だったと仁奈はテレビなどで見聞きしたことがある。
チェーン店があり、学生が気軽に食事をできる仁奈達の時代とはその感覚の差も大きいはずだ。
「そうだね……。この世界に来る前に彼にそんな出来事があったなんて私は今まで知らなかった。いや、これは彼の大切な思い出なんだろうね」
そう呟くキースの表情はどこか寂しげにも仁奈の目には映り、ふっと笑顔を彼女は浮かべる。
キースを安心させるためでもあり、自分自身に気合を入れるための微笑みだ。
ケータリングの能力なしでどこまで料理を再現できるかはわからない。
それでも、賢者ショウのために力を尽くそうと思う仁奈であった。
*****
王城の客室で賢者ショウは小さくため息を溢す。
今日、うっかりキースに口にしてしまったことを今になって後悔し始めたのだ。
これは彼の悪い癖なのだが、立場が重くなるにつれ、この癖もまた重くなっている。彼が望めば、周囲は動く。だからショウは願いを口にすることをしなくなったのだ。
「聖女の妹さんは19歳、ここに来た頃とそんなに歳が変わらないじゃないか……。かえって悪いことをしてしまったな」
ベッドに潜り込んでみたものの、頭に出るのは失言への後悔ばかりだ。
「そもそも、あの味を懐かしく思ってしまうのは、思い入れがあるせいかもしれないのに」
この世界にも貝のコキーユはある。
けれど、どの貝のコキーユもあの味とは違っていた。
全て味は良く、問題はない。しかし、賢者ショウが懐かしいあの貝のコキーユではないのだ。
「あれからもう数十年が経ったんだ。既に記憶の中にしかない味なのかもしれないな」
そう言った賢者ショウが思い出すのは、懐かしい思い出。
まだ17歳になったばかりのあの日々だ。
ショウ、いや正太郎には気になる店がある。
商店街にある小さな洋食店、その前を部活帰りには必ず通るのだ。
オレンジ色の優しい明かりが店内の様子も映し出す。
家族連れに恋人同士、そして店員の少女の姿もだ。
ポニーテールに結った髪が動く度に揺れる。そんな少女の姿にいつの間にか正太郎は淡い恋心を抱くようになっていた。
ある日、正太郎は勇気を出して店の扉を開けた。
財布には今ある金を全て入れ、緊張の面持ちで店内に一歩足を踏み入れる。
ポニーテールの少女が正太郎に気付き、微笑む。
彼女に案内され、席に着いた正太郎だが、どうにも落ち着かない。時計の音すらやけに大きく響くのだ。
メニューを開いた正太郎は少々安心する。
値段は思ったほどではなく、彼が持って金額でどうにかなりそうだったからだ。
「おすすめは貝のコキーユです」
「へ? えっと……」
「これ。お父さんが作る貝のコキーユは美味しいのよ」
年齢が近いこともあってか少女はくだけた話し方だ。
それは正太郎の緊張も少しだけほぐしてくれる。
「じゃあ、それを」
「はい。お父さん、貝のコキーユだって」
「お父さんじゃない。シェフだろ?」
勇気を出して訪れた店は温かな雰囲気に満ちている。
食事をする前から、またこの店に来ようと正太郎はひそかに思うのだった。
「正太郎君は貝のコキーユね」
「うん。お願いするよ」
あれから月に一度はこの店に来るのが正太郎の習慣となった。
居心地の良い雰囲気と料理、そして店の一人娘である由美に会いたいからだ。
「なんかさ、ここの貝のコキーユって懐かしい味がするんだよね」
「え? 懐かしい味?」
由美に問い返され、正太郎は気恥ずかしさで顔を赤くする。
貝のコキーユなど、ここでしか食べたことがないのだ。
それにもかかわらず、生意気なことを口にしてしまった――そう思う正太郎だが、由美はぱっと表情を明るくする。
「ね、お父さん! 正太郎君、懐かしい味がするって!」
「お? 気付いたか?」
「まだ何が入ってるかはわかってないでしょ?」
厨房にいる父親に声をかけた由美は正太郎に笑いかける。
懐かしい味がするとは言ってみたものの、何かは正太郎自身にはわからない。
正直に頷いた正太郎だが、一言添える。
「いつか必ず当ててみせる」
「ふふ。じゃあ、まだまだうちに来なくっちゃね」
くるりと背中を見せた由美の揺れるポニーテールの後姿は今でも鮮明に記憶に残る。正太郎はそれを最後に店に訪れることはなかった。
異世界に訪れ、魔法が使える賢者として戦う日々を過ごしてきた。
キースや新たに当時王太子であった現在の王アンドリューとも、問題の解決のため話し合う。
平和がもたらされた頃には周囲はそんな彼を英雄視し始めていた。
人から称賛されるたびに、孤独は深まっていく。皆が見ているのは正太郎ではない。賢者であるショウなのだ。
変わらぬ態度を取り続けるキースなどは例外中の例外だろう。
「こだわり続けるのは子どもじみているな……」
そう思いつつも、埋められない何かが心の中にはずっとある。
前の世界の未練などとうに失くしたはずなのに。それなのに、心のどこかで今もなお、あの懐かしい味を求めてしまうのだ。
仁奈と呼ばれていた少女を困らせるようにと思うショウだが、どこかでまたあの味と再会できるのではという期待も消えない。
うっかり口にしてしまった願いを今更ながら後悔するショウは、いつまでも眠りにつけずにいた。
*****
「貝のコキーユなぁ……。俺も作れるが、懐かしい味っていうのがわからんからな。シンクレア夫人や王に頼めば、超高級店のものだって用意できるぞ」
厨房で貝のコキーユの試作を始めようとした仁奈に、料理長のアダムや副料理長のソフィアは心配そうに彼女を見つめる。
どんな貝のコキーユでも食べられる立場にいる賢者ショウ、そんな彼を納得させる味を作れるのかという不安は仁奈にもないわけではない。
「なんでも隠し味があるそうで、それが懐かしい味に繋がっているそうだよ」
「そういう大事なことはもっと早く言ってください!」
「あれ? 私、言っていなかった?」
隠し味という重要なことを告げずにいたキースにロビンが抗議する。
平民出身のロビンとセイリスの民であるキース、立場は違うがケータリングを通じ、その距離も縮まったようだ。
「貝のコキーユ、隠し味で懐かしい味……! わかったかもしれません!」
仁奈の突然の言葉に驚くアラン達だが、キースやロビンはそんな彼女の瞳の輝きに料理の成功を確信するのだった。
グラタンと迷ったのですが、貝のコキーユだと特別感があるかと思い、こちらにしました。
明日も公開です。




