第26話 貝のコキーユと英雄
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「そうか! 聖女様と賢者様の食事会にニーナ嬢の料理が……! 余程、先日の料理がお気に召されたんだろうな」
オスカーの言葉に照れながらニーナは笑う。
今日も今日とて、集まるのはルイージとロビンのいる研究室だ。
平民出身の魔術師だけが使用するこの部屋は自然と仁奈達が集まるようになっていた。
「オスカー様もあの祝宴にご参加されていたんですか?」
「あぁ、俺だけじゃないぞ。キース様もだ。日頃の言動はあれだが、セイリスの民であるあの御方は他国にも名を馳せているからな」
「いいなぁ。僕もニーナ様の国の食事、食べてみたかったです」
「わふ!」
ロビンとなぜかいる犬のガブリエルまでしょんぼりと肩を落とす。
そんな一人と一匹の反応に、食事会のメニューで頭を悩ませていた仁奈の心も癒される想いだ。
「ふふ、ありがとう。ちょうど今、次の食事会の料理を考えていたんだ。試作のときにはロビン君も味をみてね」
「はい! ぜひ」
「……わふ」
ガブリエルが抗議の意を示すが、犬である彼の食事を選ぶのは主人であるシンクレア夫人だ。
「それで、どのような食事を考えているんだ?」
「そうですね……。前回、並ぶ食事を見たんですけれど、あの食事が続くと負担が大きい気がしていて。シンクレア夫人と以前話したときにもそんな話になったんです」
以前、仁奈が玲奈に作った食事は野菜の入った味噌汁、卵焼きにおにぎり、少し添えたのは野菜の浅漬けとシンプルなものだ。
会食続きで胃が疲れているだろう姉に作ったその料理のように、賢者ショウが心落ちつけられる料理をと仁奈は考えていた。
「炊き込みごはん、肉じゃがにほうれん草の胡麻和えに卵焼き。華やかではないんですけど温かくて安心するそんな料理にしたいなって!」
英雄であるショウの出身地は関東地方だそうだ。
玲奈や仁奈と同じである。
そのため、味噌は合わせ味噌に、卵焼きは甘じょっぱい関東風に仕上げるつもりだ。
「賢者様ってどんなお人柄なんですか?」
「そうだな……。過去の話は聞くが、今では穏やかなお人柄を感じさせる柔和な御方だったよ。その点では聖女様とお二人でも会話に困ることはなさそうだ」
オスカーの言葉に仁奈は姉玲奈からの手紙の内容を思い出す。
先日の祝宴の後、玲奈から手紙が届いたのだが、そこには仁奈の食事の話や賢者であるショウについても綴られていたのだ。
「そうですね。私も姉から聞いた印象はそんな感じです。同郷ですし、色々と故郷の話をしたいと今回の食事会が決まったそうなんです。姉としても、先にこちらの世界に来ている方の話はなかなか聞けないので楽しみにしているみたいです」
こちらの世界にも転生・転移した者がいると聞いてはいるが、実際に会って話を出来たのは賢者ショウだけである。
まして同郷で、同じ言語で話せる存在は聖女という重い任についた玲奈にとって、頼れるものになるはずなのだ。
「だから、姉と賢者様との会話が弾むように私も精一杯頑張らねばと! ケータリングカーもやりがいがあるんですが、自分で何を作るか考えるのも楽しいんですよ」
ケータリングカーで行く先では誰かが仁奈達の助けを求めている。そんな彼らの喜ぶ顔に仁奈はもちろん、オスカー達もやりがいを感じているのだ。
けれど、シンクレア夫人との面談や今回のように、自分で創意工夫ができる料理もまた仁奈にとって大きな意味がある。
自分で考えた料理が誰かを喜ばせるのもまた価値があるのだ。
「じゃあ、僕も試食を頑張ります!」
「はは、それはいいな。頼んだぞ、ロビン」
「わふっ!」
試食を楽しみにするロビンの頭をオスカーが撫でる。
その横で自分も撫でてくれと言わんばかりにガブリエルがしっぽを振る。
聖女の妹となった仁奈だが、少しずつこちらの世界にもやりがいを見出していた。
*****
「やぁ、久しいね」
そうキースが呼び止めたのは賢者ショウある。
振り向いたショウはやれやれといった表情でキースを見ている。
王城の廊下を歩く姿につい声をかけたのだが、賢者の態度は素っ気ない。
「ついこの間まで子どもだったのに! よその子の成長は早いって言うけど本当だねぇ」
「……あなたはまったく変わりませんね」
頭一つ分以上高いキースが賢者ショウの顔を覗き込むが、彼は呆れた表情のままである。
歳を重ねてすっかり見た目の年齢はショウが年上なのだが、キースの中ではショウはあの頃と同じ年下なのだ。
「そう? 最近は面白いことが多くって少し若返ったかもしれないね。ほら、聖女姉妹、特に妹のニーナが興味深いんだよね」
「……あまり若い子をからかっちゃいけませんよ?」
17歳であった賢者ショウもキースに付きまとわれ、色々と詮索されたものだ。
知識が豊富なセイリスの民キースだが、少々やっかいな大人でもある。
出会ってから数十年経ち、ショウは古希を迎える年齢となったが、キースは良くも悪くもまったく変わらないのだ。
「で、食事はどうだった? あの場で聞きたかったんだけど、君のとこにも私のとこにも次々人が来るだろう? 会話するどころじゃなくってね」
「――えぇ、懐かしい味でした。なので、聖女様との面会の際の食事も頼んでしまったんです」
そう言って笑う賢者ショウの顔には皺が増え、黒髪は白髪となった。
だが、キースにとっては姿が少々変わろうとも出会った当初のショウらしい。
子どもの答えを聞いたかのように、うんうんと嬉しそうにキースは頷く。
「それはよかったよ」
「ですが――」
食事を楽しめたというショウの視線がなぜか下を向く。
「思い出の味というものの再会は難しいものですね」
「おや? ニーナが作った料理は理想と違っていたかい?」
先程、口にした言葉とは異なる発言をする賢者ショウにキースは首を傾げる。
そんなキースにはっとしたように賢者ショウは振り向き、首を横に振る。
決して仁奈の料理を否定する考えなど彼にはなかったのだ。
「いえ、そうではなく……人というのは欲が出てしまうものですね。祝宴で頂いた食事が懐かしい味わいで、つい他の料理も彼女ならと思ってしまったんです」
「めずらしいね。君がそんなことを言うなんて」
まだ少年であった頃から賢者ショウを知るキースだが、自分のことよりも周囲を優先する性格でそれがまた尊敬を集める――そのような姿を見てきたのだ。
しかし、彼は今日自分の願いを口にしている。
その姿を見て、キースとしては放っておけるわけがない。
「うーん。出来るかどうかはさておき、その希望を口にするくらい許されるんじゃないかい。君が誰であってもさ」
聖女や賢者など、立場が大きくなる程に自分の要求を口にすることが難しくなる。自分の発言一つで周囲の者が動き、誰かが責任を負うことになりかねないからだ。
それが賢者ショウをより一層、窮屈にさせてしまう。
そのことにキースは気付いているのだ。
古くからの知人の言葉に少し気が軽くなったのだろう。
賢者ショウはほんの少し口元を緩める。
「で、君は何を食べたいんだい? ショウ」
キースの問いかけに数秒迷った様子を見せたが、賢者ショウは口を開く。
「――貝のコキーユ。貝のコキーユを用意して貰えますか?」
貝のコキーユ、それはこの世界でもある料理だ。
てっきり、以前の世界特有の料理を希望されると思っていたキースは一瞬、驚くがここでそれをなぜだと聞きかえせば、賢者ショウは二度と同じ願いを口にはしないだろう。
「わかったよ。彼女に伝えてみよう」
「……ありがとうございます」
時を重ね、諦めることが上手くなった古い知人の願い。
それを仁奈は料理で再現してくれるだろうか――キースはめずらしく感傷的な想いになるのだった。
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