第25話 貝のコキーユと英雄
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聖女である玲奈が今日、出迎えたのは老齢の紳士だ。
かつてこの国スラフェスは危機に陥った。他国との争い、そして魔物が溢れるなど混沌とした時代があったのだ。先王の時代の話である。
そんな時代にこの国に転移し、国、いや世界を救った男がいる。
玲奈と向かい合い、会話を楽しむ紳士はこの国に名を残すだろう賢者ショウだ。
「いやいや、同郷の御方と話すのも久しくなかったので新鮮ですな」
柔らかな表情を浮かべる賢者に、玲奈も微笑みを返す。
ショウと呼ばれる彼だが、生まれは仁奈や玲奈と同じ日本なのだ。
そのため、この会話も日本語で交わされている。
「賢者様は17歳のときにこちらにいらしたとか……ご苦労なさったことでしょうね」
賢者であるショウは50年ほど前にこの国に来たと言う。
彼がいた時代は1970年代だということなので、二人にすれば祖父ほどの年齢差だ。
17歳でこの国に転移したショウ、異なる世界で生きていくのは習慣、文化の違いに戸惑い、悩んだことだろう。
大人となった玲奈や仁奈でさえ、まだまだこの生活に不慣れなのだから。
「……聖女様はまだこちらの世界に訪れたばかりと伺いました。聖女様、そして妹君ともども何かお困りのことがありましたら、どうぞご相談ください。老齢の身ではありますが、お力添えできればと思います」
「まぁ、それは心強いこと」
玲奈の言葉は本心からのものだ。
同じ故郷を持ち、賢者として英雄と称される活躍を残した人物なのだ。
まだ、こちらの文化に疎く、相談出来る者が少ない玲奈にとってはありがたい申し出だ。
穏やかなショウの微笑みに、玲奈もまた笑みを返すのだった。
*****
「賢者ショウを呼びよせたとは驚きだねぇ」
「俺も長くいるが、久しぶりにいらっしゃったからな。料理にも気合が入るってもんだ」
賢者ショウが王城に訪れたことは城内中の話題となっている。
料理長のアダムも力強く頷くが、仁奈とロビンはピンと来ないのだろう。皆の顔を見回している。
今日も仁奈は厨房を借り、調理をし、そんな彼女の作業を料理長が興味深そうに覗いていたのだ。
「調理を続けますね。で、鶏肉は筋があると揚げたときに縮んじゃうので、丁寧に取ってください」
「あぁ、それはわかるぞ。こういう丁寧さが料理の仕上がりに差をつけるからな」
「料理って魔法薬を作るのに似ていますね!」
こちらの世界にも調味料が様々ある。
日本からの転生、転移者も多くいたのだろう。
味噌や醤油など、料理に必要な調味料は一通りそろっているのだ。
仁奈は心の中で先人たちに感謝する。
「で、合わせた調味料につけておきます。大事なのは漬け過ぎないこと! 肉が固くなっちゃうんです」
「揚げ物は固くなると食べにくいからなぁ」
そう言いつつ、料理長のアダムはメモを取る。
料理長という立場だが、ストイックに学ぶ姿勢と意欲があるのだ。
仁奈もまた、この国スラフェスの料理を学びたいため、二人は料理を通し、意気投合している。
「……これは違う味付けもある?」
「はい! 調味料や粉を変えるとまた違う味わいを楽しめるんですよ」
「……料理長、メモ」
料理長であるアダムに指示を出すのは、副料理長のソフィアだ。
アダムに比べると寡黙な彼女だが、体力が必要な料理人という職業を選び、副料理長という立場になる実力者である。
彼女とも料理を通し、仁奈は交流を深めている。
「英雄は気にならないのかい? ニーナ。君と同郷なんだよ。会ってみたいとかないかい?」
放っておかれたキースだが、気を悪くした様子もなく仁奈に尋ねる。
けれど、仁奈はなんと返事をすればいいか迷う。
まだまだこちらの生活に馴染むので精一杯の仁奈だが、ロビンやキース、シンクレア夫人などとは交流を深めていた。
英雄と呼ばれるその人に会いたいかと聞かれ、気になるのは立場ある彼の苦労だ。
「そうですね……。どちらかというと姉が聖女なので、英雄と呼ばれる人と会って色々お話を聞けたのならよかったなと思います。姉の大変さを同じ立場で聞ける人って少ないですから」
姉である玲奈の大変さをどこまで自分は理解できているだろうか――そんな想いが仁奈にはあるのだ。
それはこの異世界に来て、聖女という立場を担う姉への気遣いだけではない。
前の世界にいたときも、母亡き後、自分の面倒を見てくれた姉玲奈に対し、どこか申し訳ないような想いも仁奈は抱いていた。
仁奈は生活魔法やケータリングという能力がある。
しかし、大層な肩書などないのだ。
「ニーナは面白いね。でも、そうだね。むしろあの人の方が君に話したいことがあるかもしれないよ。今年でこき? っていうのになるらしいんだ」
「こき、古希ですかね?」
古希、数え年で70歳を祝う日本の風習だ。
17歳で訪れたこの国で功績を作り、70歳を迎える賢者ジョー。
彼はどんな人生を過ごしてきたのだろう。
先程までなかった想いが仁奈に芽生える。
仁奈も玲奈も同じようにこの世界で歳を重ねる可能性が高いのだ。
(そっか……。賢者って聞くと遠く感じるけど、私やお姉ちゃんと一緒なんだよね)
仁奈には肩書がない。
あるとすれば、聖女の妹という事実だろう。
しかし、賢者であるショウは17歳の時、一人でこの世界に訪れたのだ。
「おぉ! その祝いの準備もあるんだ! 何かいい料理があれば教えてくれないか?」
「……祝いの席に、ニーナの作った料理。良いと思う」
「え! 私のですか?」
料理は好きだが、仁奈が作るのはあくまで家庭料理なのだ。
英雄の古希の祝い、そんな華々しい場にふさわしい料理が作れるだろうかと仁奈は不安になる。
そんな仁奈の不安をアダムが豪快に笑いとばす。
「華やかな料理もいいが、懐かしい郷土の味わいが心に沁みることもある。他の料理はうんと豪華にする予定だから、気にすることはないぞ」
「え! 余計、地味さが目立つじゃないですか!」
慌てる仁奈だが、隣にいたロビンが力いっぱい宣言する。
「大丈夫です! ニーナ様の料理、美味しいですから!」
「そうだね。きっと彼も喜ぶはずだよ。懐かしい味わいでいいんだ」
屈託のない笑顔を浮かべるロビン、キースも問題ないと頷く。
「じゃあ、ニーナは今回の裏料理長だな!」
「う、裏料理長ですか?」
名誉なのかよくわからない名前であるが、懐かしい味わいというもので良いのならと仁奈は思う。
ケータリングカーを通し、作ってきたのもまた記憶に残る懐かしい味わいの数々なのだ。
自分や姉と同じようにこの世界に訪れたという賢者ショウ。まだ子どもであった彼にとってそれはどんな日々であっただろう。
ケータリングカーなしでは完全な味の再現は出来ない。
それでも、郷愁を感じてもらうことなら出来るだろう。
「わかりました! 裏料理長、引き受けます」
仁奈がそう宣言すると、自然に周囲からは拍手が起きるのだった。
夏が始まりましたね。
ご体調にお気をつけください。




