第24話 余り野菜のポタージュ 5
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落石で閉ざされていたはずの入り口からは光が刺す。
魔術師らしき服装の少年がいることから彼の魔法だろうか。
圧倒的な魔法を使った少年と共に入り口に立つ少女を、サラは暗さに慣れてしまった目を細めながら確かめる。
その後ろには背の高い青年が立ち、魔術師らしき少年はこちらへと駆けてくる。
「僕がこの方を診ます……!」
「はい! よろしくお願いします……!」
魔術師の服装に身を包んでいる少年が、サラの隣にしゃがみ込む。小さな杖を取り出し、商人の部下の上に翳す。
すると、苦しげな表情が穏やかなものへと変わっていく。
「これで大丈夫だと思います……」
「ありがとうございます……! 私は治癒士ですので一時的な治療しかできず、このままではと――」
少年の緑色の瞳がサラを不思議そうに見つめ、彼女は途中で口を閉ざす。
魔術師の仕事の素早さや的確さを前に驚くとともに、自分が懸命にした治療を一瞬で終えた能力を羨む想いもあったのだ。
「いえ、あなたがこの方の命を繋げてくれなければ僕は治せませんでした。ご自身も不安な中で対処してくださり、ありがとうございます!」
そう言うと少年は冒険者達の元へと駆けていく。
怪我の程度も軽いため、魔法で治療をした後、冒険者達は自分の力で立ち上がり、洞窟を後にする。
「サラ! サラ、怪我はない⁉」
「グレタ? どうしてここに……」
少女達と共になぜかこの場に現れたのはグレタだ。
王城で働いているはずの旧友のグレタがなぜこの場にいるのだろう。
戸惑うサラの体をぎゅっとグレタが抱きしめる。
「心配したんだから! よかった……! サラが無事でよかった……!」
「――グレタ……」
グレタの体に触れるサラは自分の手が震えていることに気付く。
皆が助かったのだと思ったそのとき、友人のグレタが来てくれた。
触れた肌から伝わる体温と優しい言葉に、緊張が一気にほどけ、安堵した今になって怖さが押し寄せてきたのだ。
そんな二人の姿に仁奈はもちろん、オスカー達も安堵の笑みを浮かべるのだった。
*****
洞窟から出てきた仁奈達を山の冷涼な空気、そして冒険者ギルドの者達が出迎える。その近くにはローズピンクの可愛らしいケータリングカーが止められている。
突如現れたケータリングカーから降りてきた仁奈達が、洞窟の岩を魔法でどかすと言い出したときは皆、驚いたものだ。
治療を終えた新人冒険者たち、そして商人マックスは冒険者ギルドの人々にこっぴどく注意を受けていた。
マックスの部下は大事をとって街の治療院へと運ばれるそうだ。
「ロビン君、二人を呼んできてもらっていいかな?」
「はい!」
そういうとロビンは寄り添いあうグレタとサラの元に駆けていく。
「で、今日は何を作ったんだい?」
テーブルや椅子を用意し終えたキースが仁奈に尋ねる。
「余り野菜のポタージュです」
「……余り野菜? それがあの子の食べたかったものなのかい?」
目を瞬かせるキースだが、それも当然だ。
ごく普通の、いやどちらかといえば、その名の通りにある食材でとりあえず作る。それが余り野菜のポタージュだと推測できるのだ。
そんな仁奈とキースの元にロビンに連れられ、グレタとサラが訪れる。
「これ! これはサラのおばあちゃんが作ってくれたスープで……!」
グレタの言葉に仁奈やキースの視線が自然とサラに向かう。
テーブルの上のスープにサラの瞳にはじわじわと涙が滲んでいく。
「そうね。おばあちゃんが作ってくれたスープによく似てる……。グレタと一緒に食べたいつものスープみたいね」
そう言った後、サラは懐かしい想い出を噛み締めるように話し出す。
「ある日、図書館にあった本を読んだ私がそのお話に出てくるスープを飲みたいって我儘を言ったんです。そしたら、家にある食材で祖母が作ってくれるようになったんです」
「きっと、お話とおんなじだって二人ではしゃいだわね」
話の主人公は貴族の令嬢であり、飲むスープはサラの祖母が作るものとはまったく異なっていただろう。
けれど、そのスープを飲む瞬間、サラもグレタも心は貴族令嬢であった。
図書館の本と、祖母が作ったスープが幼い二人に希望を与えてくれたのだ。
「さぁ、どうぞ。お座りください」
「そ、そんな……! 私どもは……!」
キースが椅子を引いて座るように促したため、グレタもサラも慌てるが彼は微笑みながら彼女達を見つめる。
「そうね。冷めないうちにどうぞ」
「ニ、ニーナ様まで……!」
気が付けば騎士であるオスカーまでもう片方の椅子を引き、グレタ達に座るようにうながしているのだ。いたたまれない想いを抱きながらも断れず、二人はそっと席に着く。
それを確認したオスカーは冒険者ギルドに呼ばれ、去っていく。キースも満足そうに頷くと気になるものを見つけたのか、ふらりと消えてしまう。
サラとグレタは顔を見合わせ、くすりと笑うとそっとスプーンを取り、懐かしいスープを口に運ぶ。
「――おんなじ! おばあちゃんのスープとおんなじだわ!」
「不思議ね……」
サラの祖母が作ったあのスープと全く同じ味がする。そんなスープを作った仁奈は嬉しそうに笑うとスープを冒険者の元へも持っていくようだ。
そんな後ろ姿にグレタは先日の仁奈との会話を思い出す。
平民と貴族の差は決して消えない。しかし、こうして仁奈達は助けるために駆けつけてくれたではないか。
「……私、治癒士を辞めたいと思ってしまったの」
その言葉にグレタの表情が曇るが、そんな友人にサラは晴れ晴れとした笑顔を見せる。
「でも、決めたわ。辞めるのをやめる。もっと知識をつけて、もっと経験を積んで、優秀な治癒士になってみせる。魔術師様も私の仕事を認めてくれたし、こんなふうに助けに来てくれる人達もいる――あの頃の夢を叶えた私を誇らなきゃね」
懐かしいスープの味わいは二人にあの頃の想いを取り戻させる。
強くなった友人サラ、そして彼女と食べるスープの味わいにグレタは目を潤ませるのだった。
*****
「……約束を守ってくださってありがとうございます」
王城の廊下を歩いていたとき、ふいに後ろを歩くグレタから仁奈はそんな言葉をかけられる。
足を止め、後ろを振り返った仁奈とグレタの眼差しがぶつかる。
ふっと眉間に皺を寄せ、グレタは視線を下げてしまう。
「約束……?」
突然の言葉に記憶を辿る仁奈に、グレタがこくりと頷いた。
「えぇ、前にも廊下でこのような時間を過ごしたことがありました。そのときに私はニーナ様に失礼なことを申してしまったんです」
その言葉で仁奈が思い出したのは、グレタとのある会話だ。
ケータリングカーにチラシを入れたキース、それをグレタは希望になると言ったのだ。貴族でも平民でも助ける――それはまるでお伽話のような希望、けれどそんな希望や夢が人の心を支えると。
それに対し、仁奈は「私は本当にその人が求めるならどこにでも行くと思う」そう答えたのだ。
「えっと……、でも出来ることだけだから。治療はロビン君がしてくれたし、重い物はキースさんが。オスカーさんがその場にいる人々に指示を出してくれたんだ」
「はい……。そうですね」
魔術師であるロビン、セイリスの民であるキース、騎士であるオスカーが聖女の妹である仁奈と共にケータリングカーという不思議な力で助けてくれた。
それはサラとグレタに起きた奇跡なのだ。
「……スープ、美味しかったです。あの頃とおんなじ味がしました。それを成長した私達が食べて……。もう少し、頑張ろうと思えたんです」
自らの力で変えられぬ不条理にもどかしさを抱く日々もある。
それでも、あの頃と同じ味のスープは二人に笑顔を取り戻させた。
そして、サラを助けたいグレタと同じように、立場の異なる人々が動いてくれたのだ。
自分を見て、気恥ずかしそうに微笑む仁奈にグレタは微笑みを返す。
「これから、私もケータリングカーのお手伝いをさせていただけないでしょうか? いえ、もちろん大きな形でではないのです。小さなことでも携わりたいのです……!」
そう言って差し出した手にグレタは温もりを感じ、顔を上げる。
「もちろん! 凄く助かる!」
満面の笑みを浮かべる仁奈に、グレタもまた安堵の笑みを浮かべるのだった。
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