第23話 余り野菜のポタージュ 4
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7月ですね。
「なんだか騒がしいですね。何か問題でもあったんでしょうか……」
庭園で魔法の練習をしていた仁奈達だが、王城に戻ると廊下をひっきりなしに人が通っていく。
オスカーは緊迫した様子に表情が引き締まり、ロビンは不安げで行きかう人を見つめる。
キースが急ぐ一人の使用人にひらひらと手を挙げて声をかけた。
「ねぇ、何か問題でも起きたの?」
「は、はい。王都近くの街の洞窟で落石事故が起きたそうで……。その街の冒険者ギルドから魔術師様の派遣を頼まれたのですが……」
なるほど、という表情を浮かべたキースは頬に手を置く。
「それは難しいねぇ……。基本的にその街で起きたことはその街で解決すべきって姿勢だよね。そのための冒険者ギルドだからね。そもそも、王都から移動してもそれなりの時間がかかってしまうし」
「ですが、冒険者ギルドから要望が入るのはめずらしいことですね」
キースの言葉は非情にも聞こえるが冒険者ギルドなど、ギルドは国や教会等から独立した機関なのだ。そのため、問題が起きた場合も各自で対応する必要がある。
しかし、オスカーの言うとおり冒険者ギルドもそれを承知しているため、こういった要請が来るのは稀なのだ。
オスカーの言葉に使用人が複雑そうな表情になる。
「はい……。どうやら魔術師様の依頼で薬草や鉱石などを取りに行ったそうなんです。ですが、その洞窟は以前から地盤の弱さが心配されていたようで……」
オスカーとキースは顔を見合わせ、ため息を溢す。
魔術師に依頼を受けた結果であれば、魔術師にその報告が来るのも当然であり、助けを求めたくなる気持ちもわからぬわけではない。
しかし、依頼した魔術師はそんな気持ちを持ち合わせていないのだろう。
「あ、あの! その街はドゥラスでしょうか? 治癒士は、治癒士は同行していおりますでしょうか⁉」
それまで青ざめた顔で見守っていたグレタが問いかける。
普段なら会話に口を挟むことなどない彼女の必死な様子に、何事かが起きているのだと皆が察する。
「そうです。ドゥラスの森で冒険者の中には治癒士の方がいらっしゃるそうです」
「そんな……私の、私の友人かもしれません……!」
悲痛なグレタの声にオスカーとロビン、そしてキースもまた無意識に仁奈へと視線を向ける。もし、助けを求める者がいれば仁奈の能力、ケータリングにも反応がある可能性が高い。
そんな彼らの視線にグレタも仁奈をまっすぐに見つめた。
「――誰かが助けを呼ぶ声が聞こえます」
「そ、それはサラ、私の友人なのでしょうか⁉」
グレタの言葉に仁奈は眉をひそめる。
「それは私にもわからないの。でも、今からその人のところに行きます」
「私も、私も連れて行ってください!」
「でも、その人がサラさんじゃないかもしれないよ?」
仁奈が心配そうに尋ねるが、グレタが首を横に強く振る。
「たとえ、サラでなくともここで皆さんのお帰りを待っているよりもずっといいです……! じっとしているのは辛すぎます!」
「――わかった。グレタも手伝ってくれる? 庭園に行きましょう!」
もっと広い場所でなければ、ケータリングカーを出すことはできない。
仁奈とオスカー達と共に、グレタもまた庭園へと駆けだすのだった。
*****
暗い洞窟の中、魔導ランプの灯りを頼りに治癒士サラは皆の手当てに取り組む。
入り口が落石で塞がり、湿度と気温の高さから、先程まで涼しかった洞窟内は息苦しく感じられる。
汗が伝うが拭うこともせず、サラは一人必死で治療に専念する。
「…………少し熱が引いた気がする」
「このことはギルドに報告するからな!」
商人マックスの愚痴に口を返すことないサラだが、目の前の患者の状態には少し安堵する。
油断は禁物だが、怪我の重症度を優先した結果、なんとか薬草が間に合ったのだ。雇用主である商人マックスの機嫌は損ねたが、治癒士であるサラとしては優先すべきは目の前の患者なのだ。
「まったく……。もし助からなきゃ、薬草の無駄遣いでしかねぇな」
「助かります。あなたも私も……! 皆でここから抜け出しましょう」
助かるかどうかなどはサラにもわからない。
だが、この状況で希望を失えば皆が自暴自棄になってしまうだろう。
そんな状況を防ぐために心を守る――これもまた治癒士であるサラの仕事の一つなのだ。
「外から声がするけど……大丈夫なのか? もし、向こうから入り口を開けようとしたら、一気にここも崩れちまうとかさ……!」
「おい! よせよ!」
この状況で不安を抱かないわけがない。まして、冒険者達はサラも含め、新人で経験が浅いのだ。
サラもまた治癒士として学んだ事を精一杯努めてはいるが、不安で手が震えそうな心境で治療に当たっている。
命の責任を一人で背負うにはまだ彼女は若いのだ。
それでも今、彼女は弱音を吐くわけにはいかない――新人ではあるがサラは治癒士なのだから。
「まったく……治せるわけでもねぇのに治癒士とは大したもんだな」
「…………っ!」
治療士は魔術を持たぬ者だと下に見られることが多い。
薬草の知識や看護の知識が必要であるが、魔力を必要としない治癒士を魔術師と比較し、軽んじる者も少なくはない。
商人マックスの言葉にサラは唇を噛み締める。
最も歯がゆさを感じているのは怪我人を目の前にしているサラ自身なのだ。
「な、なんだ? 外が騒がしくなったな……」
おそらく、外には大勢の人が集まっていることだろう。
しかし今、外から聞こえてくるのはこれまでの声とは違い、何かに驚き、戸惑うかのようなざわめきなのだ。
外の様子が見えないため、洞窟内にも不安な空気が広がっていく。
「皆さん! 入り口から離れていてください!」
大きな声に慌ててマックスや冒険者達は立ち上がり、奥の方へと駆けていく。
サラは怪我が重く動けない商人の部下に覆い被さる。
そんなサラを光が照らす。それは魔導ランプの灯りではなく、入り口方面から降り注ぐ眩しい光だ。
「異世界ケータリングです! 皆さん、ご無事ですか⁉」
洞窟内に響いたその声の主はスカーフを髪に巻き、エプロンをつけたこの場所には不似合いなものだ。
だが、サラにとっては突然現れた希望である。
この場にいる人々が助かる――そんな安堵でサラの目には涙が浮かぶのだった。




