第22話 余り野菜のポタージュ 3
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図書館を後にした仁奈だが、やや後ろを歩くグレタを気にかけてしまう。
日が当たる王城の廊下なのにもかかわらず、そこを歩くグレタの表情には陰りが見える。先程まで敬愛するキースと会話していたのに、今はどこか落ち込んでいるように仁奈には感じられるのだ。
「……グレタ、なにかあったの?」
「いえ、そんなことは――」
否定するグレタだが、じっと見つめる仁奈に否定は無駄だと思ったのか困ったような笑みを浮かべた。
「先日話した友人、サラは治癒士をしているんです」
「治癒士……怪我を治す仕事?」
仁奈の問いかけにグレタはこくりと頷く。
王城の長い廊下を歩きながら、二人は会話を続ける。
「はい。治癒士は魔術師の補佐として治療を行うんです。魔術師は魔法で治すのですが、治癒士は薬草などを使います。魔術師がいない地域や魔術師が来るまで悪化しないように努めるのが治癒士なんです」
「そっか……地域によって違うんだね。でも、薬草の知識も必要だし、人から感謝される仕事なんだね」
医師と看護師のような関係性だろうかとそう言った仁奈だが、グレタは困惑した様子だ。理由がわからない仁奈にグレタが言葉を続ける。
「そう……ですね。ですが、やはり平民と貴族の差は大きなものですね。若くして魔術師となられたロビン様ですら、飛行船には携われないなんて」
グレタの言葉に仁奈は彼女の落ち込みの理由を理解する。
友人である治癒士の少女もまたグレタ同様に平民出身なのだろう。
魔術師と治癒士、その差は自分が考えているより遥かに大きいのだと仁奈は察する。
「――チラシを入れて手紙を出してよかったと思います」
「へ? チラシってキースさんの作ったあれ?」
友人に出した手紙に、グレタはキースの作ったチラシを同封したと言っていた。
しかし、そのチラシが治癒士になった友人にどう関係するのか、仁奈には今ひとつピンと来ないのだ。
「……貴族でも平民でも助けを求める者に現れる人々――まるでお伽話のような希望です。僅かな希望や夢は心を支えてくれますから」
そう言って悲しげに微笑むグレタに、前を行く仁奈の足がぴたりと止まる。
つられて足を止めたグレタだが、仁奈がくるりと振り返り、グレタの目をじっと見つめた。強い意志のある眼差しにグレタははっとする。
「グレタ、私は本当にその人が求めるならどこにでも行くと思う」
「……ニーナ様」
その言葉に嘘がないのだとなぜかグレタは信じられた。
聖女の妹でありながら、仁奈には始めから驕ったところがなかった。
セイラスの民であるキース、騎士であるオスカー、魔術師だが平民出身のロビン、そしてグレタにも同じように接する――そんな彼女は貴族か平民かその能力を使うことをためらわないだろう。
「あ、でもロビン君達がいてくれるから出来ることだけどね。私はケータリングカーと生活魔法だけだから……」
謎の謙遜を見せる仁奈に驚いたグレタは、メイドという立場を忘れ、くすくすと笑い出すのだった。
*****
治癒士というのは最後の最後まで決して油断をしてはいけない――そんな師匠の言葉をサラは思い出している。
出口まであと数百メートル、もうすぐ地上に出られるというところで入り口が落石で塞がってしまったのだ。
元々、この依頼にベテラン勢が参加しなかったのは商人マックスの存在だけではない。洞窟の脆さゆえの難易度の高さがあったのだ。
「ちくしょう! あと少しだって言うのに……! おい、治癒士! 俺の怪我をなんとかしろ!」
「今、優先すべきはあなたではありません!」
「ふざけるな! 雇い主が誰か忘れたのか⁉」
マックスの怒声にも気後れすることなく、治癒士のサラは患者に向き合う。
怪我をした者は商人マックスだけではない。
治癒士であるサラは限られた薬草と、治療に向かぬ暗さと湿度の高さの中で懸命にどう動くべきか考えている。
「落石で怪我をした人もいるけれど……この人が一番症状が重いはず」
落石が当たって怪我をした者の中で、一番状態が悪いのは商人マックスに同行していた部下である。
マックスを庇う形で落石にぶつかり、意識がないのだ。
「意識がないと痛む部分も聞けないから触診で探るしかない……」
「おい! 治りそうな奴を優先しろ! 薬草は限られているはずだ。お前は魔術師とは違う! 治せるわけじゃないんだ。薬草を無駄に使う気か⁉」
商人マックスの言葉に怒りを覚えるサラだが、彼の言葉は事実でもある。
薬草の量は限られており、サラ一人で全ての人を治療に当たらねばならないのだ。そんな中で、優先順序をつけるのは当然のこと。
しかし、重傷者を優先したいというサラと、軽症者を優先し、洞窟から一刻も早く逃げたいと考える商人マックスの意見は割れる。
「お、俺達は助かるのか……?」
「マックスさんの言うとおりにしたほうがいいんじゃないか? だって、その怪我している人の雇い主なんだろ?」
不安な新人冒険者達からも意見を言われ、サラは唇を噛みしめる。
治癒士である自分が今すべき最善がなんなのかをまだ新人のサラは今、一人で決断せねばならないのだ。
「っ……!」
「大丈夫ですよ! 治療を進めますから!」
「何を勝手なことを言っている!」
小さなうめき声を聞き逃さず、サラは商人の部下に声をかける。
声をかけ、相手の反応を見て励ますこともまた治癒士として必要な職務だ。
バッグの中の薬草を取り出そうとするサラに商人が舌打ちをする。そのとき、バッグから一通の手紙が落ちる。
幼馴染のグレタから届いた手紙である。
「……もし、本当に現れてくれたらどんなに助かるか」
サラはため息交じりにそんな希望を口にする。
困難な環境にいたにもかかわらず、その優秀さから王城で勤めるようになったグレタはサラの心の支えになっていた。
貰った手紙の内容、そしておかしなチラシに関しては半信半疑だが、真面目なグレタが冗談で送るとも思えない。
「ううん。今は私一人で判断して結果を出さなきゃ……」
幼馴染に弱音を吐きたくなる状況だが、サラはきっと表情を引き締め、患者である男に向き合うのだった。




