第21話 余り野菜のポタージュ 2
いつも読んでくださり、ありがとうございます。
いいねなども嬉しいです。
「うん。王都中にチラシを配ってきたよ」
仁奈にチラシの件を問われたキースは素直に答える。やはりと思う仁奈だが、ロビンもオスカーも呆れた顔だ。
「勝手にそのようなことを……! 先日の話を覚えていないんですか?」
オスカーがそう嗜めるが、キースは気にした様子もなく出されたお茶を楽しんでいる。
グレタの言葉を思い出す仁奈だが、目の前にいるキースはいつものキースだ。
お茶をテーブルに置いたキースは仁奈へと視線を向ける。
「でもさ、実際に本当に困っていないと能力が発動しないんじゃないのかい?」
「! ……それはそうなんです」
キースの推測は当たっている。
シンクレア夫人の心を動かす料理、あのときも仁奈の能力は発動しなかったのだ。緊急性を要しないのも大きな理由の一つだったのだろう。
実際、シンクレア夫人はケータリングという能力ではなく、仁奈自身の力を見極める目的であったはずだ。
「シンクレア夫人といえば、あの行動力と交渉力は目を瞠るものがあったな」
オスカーの言うとおり、シンクレア夫人が仁奈の後ろ盾になると決めた後の行動は早かった。
まずは親交の深い王妃に仁奈のことを伝えにいった。
王ではなく王妃であるのは彼女と懇意であること、そして王が断りにくい状況を作るためであろう。
人助けの素晴らしさ、聖女召喚の奇跡に続き、新たな奇跡が起こった。聖女とその妹が平和をもたらすと主張したのだ。
「そうですね。私の部屋までもっと良い部屋にしようという話が出て、慌ててお断りしました。夫人に今のままでいいとなんとかお願いして……こういうのは形からよ? とおっしゃってたんですけど」
仁奈の言葉にその光景が浮かんだのだろう。ロビンがくすくすと笑う。
色々あったのだが、仁奈はシンクレア夫人という心強い味方を得たのだ。
「……あなた方にはこの地でより良い日々を送ってほしいんだがな。召喚というが無理に連れてきてしまったのは変わりない」
オスカーの言葉にそれまで笑っていたロビンも目を伏せる。
「いいのかい? 騎士の君がそれを口にして」
「――事実ですから」
「うーん、君は君で貴族に向かないねぇ」
オスカーの眉間に皺が寄るが、キースはまたお茶を飲み、茶菓子まで摘まみだした。仁奈は困ったように笑い、口を開く。
「いえ、案外充実してるんですよ? ここは調味料も食材も多くて料理が色々出来ますし! ケータリングカーを使わなくっても厨房で料理をさせてもらえるので助かってます!」
仁奈の言葉は決してオスカー達を気遣っただけのものではない。
料理長のアダムとはそれぞれの世界の料理の話題で盛り上がる。仁奈の料理からアダムが着想を得て、王城での食事に採用されることもあるのだ。
ケータリングの能力での出会い、そして王城での日々も仁奈はやりがいをかんじている。
「なにより、皆さんがいてくれますから」
仁奈の言葉にロビンが照れくさそうに笑う。
「はい! 僕もニーナ様が来てから楽しいです」
「うんうん。私としても退屈な日々に君という興味深い存在が現れて充実しているよ」
「ですから、キース様。そのような言い方はご令嬢に対し、失礼だと――」
またオスカーが厳しいことを言い出したが、これもまたいつもの光景となっている。
仁奈はロビンと目配せして、くすくすと笑い合うのであった。
「――残念です。私どももレイナ様の御力に助けていただいておりましたので」
そうアンナが玲奈を気遣う隣で、ジュディは納得がいかないのだろう。黙って頬を膨らませている。
メイドとしては問題なのだろうが、気遣うアンナも代わりに怒ってくれるジュディも玲奈にとってはありがたい存在なのだ。
「――やっと私にもできることが見つかったと思っていたのに」
玲奈の呟きにアンナもジュディも互いに顔を見合わせ、目を伏せる。
治癒の力を試していた玲奈だが、その能力はどんどん高まっていった。
初めはちぎれた葉を治し、そして次は折れた木々の枝を繋げた。
そして今は、使用人達の怪我を治すことまで出来るようになったのだ。
「きっと、あの方々は自分達の仕事が奪われてしまうと思っているんです!」
「ジュディ……!」
「だって、前例がないから認めないなんて理由になりません!」
そう、魔術師達に報告したところ、玲奈がこの力を使うことを止められたのだ。
前例がない、その後の影響まではわからない、そもそも聖女がそのようなことをする必要がないというのが彼らの主張だ。
「今、怪我を治すのは魔術師の皆さんですが、王都以外では魔力のない治癒士の方なんです。聖女であるレイナ様が治癒の能力もお持ちだと、自分達の地位が揺らぐから反対なさっているんです」
「ジュディ、決めつけは良くないわ」
ジュディの言葉は感情的なものだが、アンナも玲奈もおそらくそれが一理あるのではと感じていた。
玲奈に治癒の能力があると告げたときの彼らの表情がそれを物語っていたのだ。
聖女としての存在、それ以上のものを彼らは玲奈に求めてはいないのだろう。
「いるだけでいい――そういう存在なのでしょうね」
聖女がいるだけで不作や災害を逃れ、豊穣の時代を迎える。
だが、聖女として生きてきた人々はどのような心で過ごしていたのだろう。
玲奈は今後の自分の在り方に迷いを抱くのだった。
*****
「ここが王城の図書館……! 確かにいろんな方がいらしてますね」
王城内にある図書館は先日グレタに聞いた通り、ここで働く多くの使用人達にも開かれているようだ。
今日、仁奈はロビンやオスカー、そしてグレタと共にキースのいるこの図書館に足を運んだ。仁奈の言葉になぜかグレタも誇らしげに胸を張る。
「そうなんです! 王都の図書館もそうですが、我々にまで貴重な蔵書の多い王都図書館を開かれた――その御心が素晴らしいんです……!」
「いやぁ、わかる人にはわかってもらえるものだね」
力説するグレタに同意するキースだが、ロビンが訝しげな表情を浮かべる。
残念なことに仁奈とケータリングカーと過ごす時間で、キースのことをロビンはよく知ってしまったのだ。
「……いろんな人と出会えるとキースさんが退屈しないからだと僕は思います」
実際、仁奈と出会ってから起こる様々な事柄をキースが一番楽しんでいる。
「その可能性は非常に高いが、恩恵を受ける人のほうが多いから英断ではあるだろうな」
「そうですね。知らないほうがいいこともあります。でも、王都の図書館が多くの人に開かれているのは驚きました……。僕の村では教会くらいしか書籍を読めないので」
王都で暮らし始めたロビンも図書館が広く民に開かれているのには感銘を受けたものだ。王城の図書館はさらに希少な蔵書も多く、魔術師達もよく訪れている。
今日もまた、魔術師達が集まり、魔導書を読みふけっている様子だ。
そんな中、気になる会話が仁奈達一行の耳に入る――飛行船について図書館の隅で熱心に話しているのだ。
「なるほど。聖女召喚の次は飛行船か――なかなかに無謀だな」
オスカーの言葉で仁奈はロビンとの会話を思い出す。
以前、ロビンが言っていたが飛行船を飛ばすには膨大な魔力が必要だったはずだ。
「飛行船……って凄く魔力が必要なんでしょ? 飛ばしても大丈夫なの?」
「まぁ、魔術師達の威信をかけて飛ばすはずだろう。……ロビンはどうするんだ?」
オスカーの問いかけにロビンは肩を竦めた。
その仕草と表情で魔術師達の判断がわかったのだろう。オスカーはうんざりといった表情になる。
「うん。能力よりいらぬ誇りを取るとは成功への大きな損失だねぇ……。あれを飛ばすには膨大な魔力が必要なんだ。数に勝るものはないと思うけど」
「……俺としては耳が痛いな」
魔術師達は平民ではなく、貴族出身の者で揃えるつもりのようだ。
貴族であるオスカーとしては些か居心地の悪い想いになる。
「そういえば、聖女様は治癒の能力をお持ちらしいね」
「え! そうなんですか? 私への手紙では全然そんなこと書いていなかったのに!」
「まぁ、これは私だから得られた情報だね。セイリスの民として新たな知識を求めるてしまうんだよ」
頬を膨らませる仁奈にオスカーが困ったような表情になる。
おそらくキースが王城中の様々な情報を把握しているのがおかしいのだ。
聖女が治癒の能力を持つなどオスカーも聞いたことがない。秘匿されているはずの情報をなぜかキースが知ってしまっているというのが正しいだろう。
「ニーナ嬢に充てたのは聖女としてではなく、姉君として書かれた手紙なのだろう」
「それはわかるんですけど……」
アダムが仁奈の料理を取り入れたことで食事に慣れ親しんだ味が加わったこと、仁奈が規則正しい生活をしているかなど、玲奈らしい手紙が仁奈の元には届いている。
確かに姉との手紙のやり取りは仁奈の楽しみなのだが、一方で姉にもっと自分を頼ってほしいという気持ちも仁奈にはあるのだ。
飛行船や手紙の話で盛り上がる仁奈達の横で、グレタの表情はなぜか曇るのに気付く者はいない。
悲しみを振り払うかのように、グレタはまたいつもの生真面目な表情へと戻るのだった。
サーガフォレスト様11周年記念フェスが開催中です。
書泉オンライン様では『裏庭のドア』3巻のサイン本も扱っていただいております。
どうぞよろしくお願いいたします。




