第20話 余り野菜のポタージュ
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「この洞窟は難易度が高いと聞いていたが、噂だけだったな。結局、誰も怪我などなく終わりそうだな。治癒士を雇ったのは無駄だったかもしれんなぁ」
この世界には冒険者という職業がある。
洞窟などにいる魔物を狩り、その毛皮や肉を冒険者ギルドという組合のようなものに卸すのだ。薬草や希少な果実の採取など、依頼者の要求に応じてその活動は多岐に渡る。
そんな冒険者の中にも役職は分かれているのだが、治癒士もその一つだ。
「まぁ、旦那様。誰も怪我なく十分な収穫を得たのは幸いです。怪我人が出れば、薬草代もかかりますから」
「まったく……治癒士も強欲なものだ」
強欲だと言われた治癒士は新米の女性だ。
できれば安く浮かせたい考えから商人達は今回、新人の冒険者達を雇ったのだ。
結果、十分な収益を得られ、商人一行はほくほく顔である。
「この薬草を鮮度のいいうちに加工しなければな。おい、急ぐぞ」
「は、はい!」
通常、こうした依頼に商人自ら同行する必要はない。
そのために冒険者ギルドに依頼するのだから、当然である。
しかし、依頼の品を冒険者達が自分達の懐に入れるのではないかと男は疑っている。そんな彼の依頼を受ける冒険者は少ない––商人マックスはその強欲さから嫌悪されていた。
「まったく新人揃いだと安くは済むんだが、どうにも緊張感がなくていけねぇ」
「おっしゃる通りで……。ほら、お前達! もうすぐ出口だ。鮮度が落ちる前に急げ!」
新人の冒険者達は疲弊し、うんざりといった表情だ。
今回の依頼は彼らにとって良くも悪くも勉強にはなっただろう。
無駄だと言われた治療士の女性サラは小さくため息を溢し、古い友人を思い出す。先日、その友人と連絡を取ることが出来たのだ。
「――グレタは今頃、どうしているのかしら」
もう少しで出口が見えてくる頃だ。
まだまだ文句の止まらない依頼主に呆れつつ、女性は背負った荷の重さで遅れらようにと歩みを早めるのだった。
*****
「え、グレタはキースさんのファンなの?」
仁奈の言葉にグレタの頬は耳まで赤くなる。
そういえばと仁奈が思い出したのは、初めてグレタを皆に紹介したときに彼女の様子がいつもと異なった点だ。
仁奈を前にしたときは冷静で生真面目な対応のグレタが、キースを前に言葉少なだったのだ。
「ち、違います! そういった軽々しい想いではございません!」
軽々しい想いではないというとのグレタの主張に仁奈の表情に驚きが浮かび、グレタは慌てて首を振る。
「いえ! 誤解がございます。まずは始めから整理して説明させていただきます!」
「は、はい。お願いします……」
まるで家庭教師のようなグレタの言葉に、仁奈はこの話をしたのが私室で良かったと思う。清潔で広すぎない部屋は仁奈にとって過ごしやすく、こうしてグレタと話しると学生時代の教室のように感じられる。
何気ない会話からキースの話題になり、突然彼を称賛し始めたグレタにファンなのかと聞いただけだが長い話になりそうだ。
「ニーナ様は王都の図書館が庶民にも開かれているのをご存じでしょうか?」
「いえ……。王都の図書館……? あ、王立図書館の代表管理者がキースさんなんだっけ」
「そうなんです!」
城外に出たことのない仁奈にとっては王都はまだまだ未知の場所だ。
仁奈にとって図書館は広く市民に開かれているのが前提だが、身分制度があるこちらではまた異なるのだろう。
グレタの表情や言葉からもそれがどれだけ大きな出来事だったのかが伝わってくる。
「現王アンドリュー様の代になり、かなりの変革が行われました。王都の図書館もその一つ、身分にかかわらず全ての国民が書物を読むことが可能となったのです」
それ以前は身分や服装で図書館に入るのを厳しく制限していたとグレタは語る。
庶民は書物を読めるのは教会の一角で信仰に関するものに限られていたのだ。
自ら新しいものを学ぶ機会、そのきっかけ自体を与えるのが図書館を民にも開くことだったのだ。
「知識は人を救います。貧しかったあの頃、借りることは出来ずとも、王都の図書館では本が読める――それが私と友人には世界が一変するような出来事だったんです」
自分が知らないことを本を通じて知る。仁奈も本を通し料理を学び、様々な料理を学んだ。慣れ親しんだ料理はもちろん、行ったことのない国の料理や風習も本には書いてあったのだ。
「――それは凄く……大きな変化だよね」
仁奈の言葉にグレタはにこりと笑う。
「私も友人も王都の図書館で多くを学びました。あと……友人のおばあさまがそこで読んだ本から料理を作ってくださったんです。居場所がなかった私を救ってくれたのが、本と友人達なんです」
なるほど、と思って聞いていた仁奈だが、そこにキースがどう関係するのかとふと思う。そんな仁奈の表情に気付いたのだろう。グレタが慌てて付け加える。
「広く国民に図書館を開くべきだ――王にそう進言したのがキース様なんです! 知っていますか? ニーナ様。この王城の図書館もまた、使用人達も出入りができるんです!」
「へぇ、あのキースさんが……!」
仁奈の知るキースは面白いことを常に最優先させる少々風変わりな男である。
サイラスの民であるため、年齢はかなり上なのだが騎士であるオスカーにたしなめられてばかりいるのだ。
仁奈からすると意外な一面といった感覚なのだが、グレタがキースを前に緊張するのは尊敬と深い感謝からなのだろう。
「実は最近、その友人と手紙で連絡が取れまして……長い間、お互いどうしていたかなど手紙でやり取りをしているんです」
「わぁっ! それはよかったねぇ」
いつも固い印象のグレタからこうした私生活の話が出ることはめずらしい。
キースの話からグレタの思いがけない一面を見られた仁奈は、内心でキースに感謝する。
「はい。キース様からいただいたチラシも同封したんです」
「ん? チラシ?」
仁奈が問い返すとグレタはきょとんとした表情を浮かべる。
どうやら彼女が仁奈も知っている話をしたつもりのようだ。
「えぇ、皆さんの《異世界ケータリング》に関するチラシです。困っている人を助ける……大変素晴らしい試みですね」
「――なるほど」
そう言えば、先日キースがチラシを作った話をしていたと仁奈は思い出す。
もっと能力を使いこなせるようになったら城下に撒く――そんなことをキースは言っていたではないか。
グレタの話で変わったキースの印象は、再びいつものキースへの評価へと戻るのだった。




