第19話 二人の朝定食 5
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王城の長い廊下には窓の外からの日が差すが、お茶会へと向かう玲奈の足取りは重い。
お付きのアンナとジュディはそれに気付いているのだろう。
玲奈の気分を変えるような話題を口にする。
「今回、お声をかけてくださったシンクレア夫人は本当に華やかな方なんです。あの方が通ると本当に良い香りがして……!」
「ジュディ? 聖女であるレイナ様がお立場が上です」
「あ、えっと、そうですね! レイナ様も華やかですよね!」
今日、お茶会を主宰しているシンクレア夫人の説明をしていたジュディだが、話は少々脱線してしまい、アンナに注意を受ける。
しかし、焦るせいかまったく違うことを言い出すジュディにアンナはあきれ顔だ。そんな二人のいつものやり取りは仁奈からの手紙と同様、玲奈の支えになっている。
「ふふ、ありがとう。大丈夫よ、いつも通りきちんと務めるわ」
「……レイナ様」
突如、聖女となった玲奈はこちらの歴史、文化と礼儀作法を学び、社交にも時間を割かねばならない。
妹の仁奈ともすれ違う日々を過ごす彼女を側にいるジュディとアンナは気にかけている。共に過ごすうちに玲奈の人となりを知り、彼女の役に立ちたいと二人とも思うようになっていた。
「あの、お部屋に入りました後も、私どもにできることがありましたらなんなりとおっしゃってくださいませ」
「はい! 私達が一緒ですから大丈夫です!」
「ジュディ、そこまで言っては不敬というもので……」
相変わらずの二人のやり取りに玲奈の口元もほころぶ。
「あなた達がいてくれてよかったわ」
玲奈の言葉にジュディはぱっと表情を明るくし、アンナは恐縮したように頭を下げる。少しだけ心が軽くなった玲奈は二人と共にシンクレア夫人の待つ部屋へと向かうのだった。
シンクレア夫人の待つ部屋に訪れた玲奈は内心で動揺する。
お茶会と聞いていたのだが、実際そこにいるのはシンクレア夫人のみなのだ。
玲奈が挨拶をしようとするより先に、彼女はにっこりと微笑む。
「人払いをお願いできるかしら」
「なっ……!」
ジュディが声を上げるが、アンナがすぐにそれを嗜める。
彼女は王室内で強い権力を持つのだ。そんな彼女に逆らうのは対立を意味する。
礼をしたジュディはアンナと共に部屋を後にする。視線では玲奈に合図を送り、何かあったらすぐ駆けつけるつもりではあったのだが。
ぱたんとドアが閉まると、シンクレア夫人がにこりと微笑む。
「よくいらしてくださったわ」
「……お招きいただき、ありがとうございます。シンクレア夫人。また先日も素晴らしい会でしたね」
王とその正妃のシンクレア夫人への信頼の篤さを玲奈は先日、宴の際に目の当たりにした。長年の友人だというシンクレア夫人と正妃の関係は懇意なものだろう。
信頼を滲ませていたその姿を見ていたものの、自分が今日招かれた理由はなんであろうと玲奈は警戒する。
そんな彼女の心情を悟ったのだろう。夫人はくすくすと楽しげだ。
「まぁ、聖女様。そんなにかしこまらないでちょうだい」
そう言われるが、彼女にどんな策略があるのかと玲奈としては気が抜けない。
なぜか聖女になってしまった玲奈はその地位の高さゆえに、簡単に心を許すわけにはいかないのだ。
シンクレア夫人がじっと玲奈を見つめる。
「顔色が悪いわね。食事や睡眠はきちんととれていらっしゃるの?」
「……お気遣い痛み入ります。皆さま、本当に良くしてくださって……」
無難な答えでその場を濁す玲奈だが、シンクレア夫人は小首を傾げる。
「そう? 皆聖女であるあなたとお近づきになりたいだけじゃないのかしら?」
聖女だと本心から敬意を払う者がいる一方、聖女と会ったことを吹聴したい者、その権威にあやかりたい者がいないわけではないはずだ。
異世界に来てから尊重されているようで、その立場しか見られていないような、そんな居心地の悪さを玲奈は感じていた。
「ふふ、そんなに警戒しないで頂戴。あら、来たわね。入りなさい」
夫人の言葉でドアが開き、メイドが現れる。
シルバーのワゴンで運ばれてきた料理は玲奈にも見覚えのあるものだ。
メイドがそれを玲奈とシンクレア夫人の前に置き、一礼をして部屋を後にする。
玲奈はというと、テーブルの上の食事を驚きの表情で見つめたままだ。
「これは……!」
「きっと気に入ってもらえるんじゃないかしら?」
その言葉に他意はないようで、シンクレア夫人は箸をとる――そう、用意された料理は和食なのだ。
「どうぞ召し上がって? あなたの国の料理なのだし、作法もそれで構わないわ」
どうやら人払いの理由は玲奈が気兼ねなく、母国の料理を味わうためだったらしい。玲奈はじっとテーブルの上の料理を見つめる。
おにぎりに野菜がたっぷり入った具沢山の味噌汁、卵焼きに野菜の浅漬けというシンプルな定食はそれは玲奈にとって見覚えのあるものであった
手を拭き、玲奈はそっとおにぎりに手を伸ばす。
「……美味しい」
ひとくち食べれば口の中でほぐれていくおにぎりは塩加減もちょうどいい。
中には塩鮭が入っているため、塩は少なめなのだ。
味噌汁は合わせ味噌、卵焼きは甘しょっぱく、浅漬けには刻んだ生姜も入っているはずだ。食べなくとも玲奈にはそれはわかる。
「仁奈が……仁奈が作ってくれたんですね」
疲れた心にも体にも優しいその味は、仁奈が作る朝定食。
昔は母が作ってくれたこの料理を、いつの頃からか仁奈が作るようになった。
初めは上手く切れなかったネギ、おにぎりも形が崩れていたのに。
懐かしい母の味は、いつの間にか妹仁奈の味にと変わっていったのだ。
玲奈の目には涙が滲んでいく。
「――美味しいわね」
そう呟いてシンクレア夫人は味噌汁の入った椀を持つ。
貴婦人と味噌汁のちぐはぐさに笑いながら、玲奈は答える。
「はい。私の妹が作ったものですから」
微笑む玲奈の表情は先程より明るく、同時に彼女本来の強さを取り戻すものであった。
*****
「へ? ご、合格って……」
突然、ルイージ達の研究室に訪れたシンクレア夫人に面食らう仁奈達だが、それ以上に驚いたのは彼女に告げられた言葉だ。
「だから、合格。先日、あなたに言ったでしょう? 『私の心を動かす料理を作ってほしい』って」
「うん? 味はいいけど心がときめかなかったんじゃないのかい?」
シンクレア夫人の言葉にキースがそう言うと、夫人は呆れたように肩を竦める。
共に来たガブリエルもわふっ!と吠えた。
「あのときはね? でも、今回の料理はいいわ。合格よ」
「も、もしかして、あの朝定食ですか⁉」
仁奈が驚きの声を上げるが、シンクレア夫人は納得できないように赤い唇を尖らせる。
「あら? だって二人分用意してあったじゃない」
「そ、それは姉の分だけ用意するのはその……失礼ですし」
仁奈が先日シンクレア夫人に頼んだこと、それは姉に食事を差し入れしたいという要望だ。
シンクレア夫人の会話の中で、会食での胃の疲れを聞いた仁奈はすぐに姉の玲奈を案じた。聖女である玲奈の日々は多忙で会食も続いていることだろう。
せめて、慣れた食事をと仁奈は夫人に頼み込んだのだ。
「ですが、それがなぜシンクレア夫人の心を動かしたのですか?」
今回の料理はあくまで姉妹にとっての思い出の味であって、シンクレア夫人には直接かかわりがないはずだ。
そもそも、前回も似たような食事を仁奈は用意したが、夫人の心を動かすまでとはいかなかった。
仁奈だけではなく、オスカーやキースもその点が気になったのだろう。
「そうね……味は違うわ。全く違う」
「じゃ、じゃあ、何が理由だったんですか?」
きっぱりと否定するシンクレア夫人に仁奈は問いかける。
「同じところが一つだけあったのよね」
「なんでしょう?」
真剣な表情で自分を見る仁奈の額を、シンクレア夫人はちょいと押す。
慌てて額を押さえる仁奈を見て、夫人はくすりと笑った。
「……しいて言えば、相手を想って作る姿勢かしらね」
そう言うとシンクレア夫人はドレスの裾を翻し、仁奈達に背を向ける。
シンクレア夫人の亡き夫が彼女自身を想い、料理をする姿勢と仁奈の姿は重なるものがあった。そしてその料理を喜ぶ玲奈の姿もまた、シンクレア自身と重なった。
ドアを開ける前、くるりと仁奈達のほうを振り返るとシンクレア夫人は笑う。
「なるわよ、あなたの後ろ盾に。ね? ガブリエル」
「わふっ!」
こうして仁奈達には心強い味方が出来たのだ。
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pome村先生が描かれる『裏庭のドア』
どうぞよろしくお願いいたします。




