第18話 二人の朝定食 4
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「残念だけど……ダメね」
シンクレア夫人にそうはっきりと告げられた仁奈は、がっくりと肩を落とす。
今日、仁奈は再びシンクレア夫人と面会する時間をもらい、彼女のために日本食を用意したのだ。
夫人の影響力は王城でも大きいこと、そして聖女の妹である仁奈を城外に出すことへの懸念もあるだろう。今回も王城の一室を使うことが許されたようだ。
「……お口に合いませんでしたか?」
ショックを受ける仁奈が料理を始めたのは小学生の頃。働く姉の姿に、自分も何か役に立ちたいという思いからであった。
家事を率先して行う仁奈が特に自分に合っていると感じたのは料理だ。
自分が留守の間に火を使うことに難色を示した姉の玲奈だが、仁奈はレンジを使う方法などで簡単な調理を始め、それを渋々玲奈も受け入れた。
料理は自信にもなっていたため、夫人の反応に仁奈は落ち込む。
「いえ、美味しいのよ。夫もよくこんな料理を作ってくれたわ。凄く、懐かしい気持ちになれたわ」
「では、どうして……」
仁奈の問いかけにシンクレア夫人は寂しげに笑う。
今日、用意された仁奈の料理は丁寧に作られたものだ。
炊きこみご飯に味噌汁、煮物などシンクレア夫人の夫もよくこういった料理を作ってくれた。
「私の我儘ね。どこかで夫の作った味を求めてしまうの……少し無理を言ってしまったのね」
夫人が寂しげに目を伏せれば、長い睫毛が影を作る。
それを見た仁奈は歯がゆい思いだ。
母が亡くなったとき、仁奈もまた母が作った料理を食べたいと何度も思った。
本やテレビで料理を学び、様々な料理を作ったが、それでも懐かしいあの味わいにはならなかった。
自分自身はもちろん、姉の玲奈にも母の味を届けたいと努力したあの頃を仁奈は思い出す。
「でも……本当に美味しいわ。会食で疲れた体に沁みわたる……そんな味わいね」
「会食、貴族の方ですと多いんですか?」
社交界のことはわからない仁奈だが、仁奈の暮らす世界でも仕事上の交流や遠戚の場は設けられる。昔に比べて、職場の会食は減ったようだが、接待などがなくなったわけではないだろう。
仁奈の問いかけにシンクレア夫人がうんざりといった表情をしつつ、笑う。
「美味しくないわけじゃないわよ? でも、あんまり続くとね。気持ちだけじゃなく、胃まで疲れてしまうわ」
なるほど、夫人の言うことも一理あると仁奈は頷く。
実は今回、オスカーやキースの協力で仁奈は王城の厨房の一角を借りることができた。厨房は常に活気があり、会食とあれば料理人達が張り切っている。
それだけ気合を入れた豪華な食事は美味であるが、続くと負担にもなるはずだ。
「聖女様なんてもっと大変なはずよ。会食で口をつけなければ、何か料理に落ち度があったんじゃないかと周囲は思うでしょう? 上の立場にいる者も結構気を遣うものなのよねぇ……」
「そ、そうなんですね……」
聖女となり、多忙な姉の玲奈とはなかなか会えずにいる。
オスカーやメイドのグレタに頼み、手紙を渡してもらっている。
子どもの頃、働いている姉に宛ててテーブルの上にメモを置いたものだ。
たわいのないやり取りは仁奈と玲奈の交流の一つであった。
再び始まった姉との手紙交換は仁奈にとって楽しみになっている。
(でも、あのときと同じ。姉さんは自分の大変さを決して書いて来ないんだもの……)
メモのやり取りのときと変わらず、玲奈が困っていることや大変さを伝えないのは妹である仁奈を気遣ってのことだろう。
その優しさが仁奈には歯がゆく、唇を噛むような想いになるのだ。
まだ自分は姉からすれば、頼りにならない子どもなのだろうか――そう考えた仁奈はハッとする。
「あの……夫人にお願いがございます!」
「……私に?」
突然の仁奈の申し出、シンクレア夫人は一瞬目を瞬かせたものの、それもすぐ興味深そうな眼差しに変わる。
何か楽しそうなことが起こりそうだと赤い唇は弧を描くのだった。
*****
王城の厨房は第一厨房と第二厨房に分かれている。
仁奈が借りられるのは第二厨房の一角、前回のシンクレア夫人の料理にもここを借りた。
ロビンやキースは興味津々といった様子で仁奈の調理を覗き込む。
おまけになぜかガブリエルもドアから顔だけを覗かせていた。
「おい! 厨房に犬を連れてくるんじゃあない!」
「入ってはこないよ、あの子は賢いからね」
「わふっ!」
キースの言うとおり、ガブリエルはドアの前に立ったまま、厨房には一歩も足を踏み入れないのだ。
ムッとした表情になる料理長だが、腕を組んだまま仁奈が調理する姿を見つめる。彼の名はアダム、この第二厨房の料理長なのだ。
「……まったく、この間も思ったがお前さんの作る料理は地味だな」
そう口では言うものの、見知らぬ料理への関心が高いのか、アダムはこうして仁奈の料理を覗きにくるのだ。
「やれやれ、君は失礼だな。そのほうがニーナらしいじゃないか」
「もう! キースさんのほうが失礼ですよ!」
怒るロビンだが、仁奈は気にした様子もなく笑っている。
「そうですね。日常的な料理なので、少し地味かもしれません。でも……普通のごはんが食べたくなるときにはちょうどいいかなって思うので」
「うーむ、まぁ確かに食事は日々のものだ。お前さんが言うのもわからなくはない」
そうこうするうちに周囲には食欲をそそる香りが漂い始める。
「地味だが……旨そうではあるな」
仁奈は手早く料理を皿に盛りつけていく。
この料理をどうしても食べてほしい人物が仁奈にはいるのだ。
「――ニーナ様、シンクレア夫人の命で参りました」
「ありがとうございます。少し待ってくださいね……よし、できた! こちら、よろしくお願いします!」
盆に盛られた料理を丁重にメイド達が持っていく。
その後ろ姿を仁奈は黙って祈るような眼差しで見送る。
そんな仁奈にアダムが慌てて問いかける。
「ニ、ニーナ! お前、またあんな地味な料理を夫人に持っていったのか⁉ それに前回より一層地味だぞ? だ、大丈夫なのか?」
「もう! キースさんもアダムさんも失礼ですってば!」
ロビンが仁奈の代わりに怒るが、むしろアダムは人が好いのだろう。
本気で仁奈のことを心配している様子だ。
この国では転生者・転移者が多いというのは嘘ではないようで、食材も調味料も豊富にあったのは仁奈にとって幸いだ。
醤油や味噌などがあるので、いつもの味が再現できたのではないかと仁奈は思う。
「……喜んでもらえるといいんだけど」
仁奈はそう小さく呟くと片付けを始める。
その小さな背中を見ながらアダムは眉根を寄せる。
「だがよぉ、シンクレア夫人は食通だからな……」
「そうなんだよね。前回もニーナは彼女を納得させられなかったからねぇ」
「いや! 一度や二度でくじけない! 料理人っていうのはそう簡単にあきらめちゃいけねぇんだ! 俺はお前を応援するぞ!」
騒がしい周囲だが、仁奈が気になるのは先程の食事のことだけだ。
彼女がそれを食べて、どう感じてくれるだろう――そんなことが胸から離れない仁奈であった。
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