第17話 二人の朝定食 3
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「おかえりなさい! ど、どうでしたか……?」
「疲れただろう。座るといい」
研究室に戻ってきた仁奈をロビンもオスカーも心配そうに出迎える。
一方、キースはわくわくした様子で仁奈を見つめている。
椅子に腰かけた仁奈だが、ぼんやりとした表情だ。
「……難題を押し付けられたのか?」
案じるオスカーの声に仁奈は小首を傾げた。
シンクレア夫人との話は想像していたよりも話が弾み、犬のガブリエルの存在もあったせいか仁奈の緊張もかなり和らいだものだ。
「難題、なのかもしれません。ケータリングの能力を使えばできると思うんですけど……今のところ自由に呼び出せないので」
仁奈の言葉にキースが反応する。
ケータリングの力が必要ということはシンクレア夫人との面談は料理に関する頼みなのだ。
「ん? ということは料理に関する話だったのかい? てっきり、私の傘下に入りなさい! とか商売や王宮内の権力に関する話題かと思っていたよ」
そう、仁奈もそれを想定し、礼儀作法やマナー以外にも無難な返答方法をオスカーやメイドのグレタに習っておいたのだ。
しかし、夫人との話の多くは愛犬ガブリエルと亡くなった夫の話であった。
「いえ、実は旦那さんと私が同郷でして……むしろ良くしてくださりました」
「へぇ! ……彼女がそれを教えてくれるとはね」
長く生きているせいなのか、彼女と以前から親交があるせいか、どうやらキースはその事実を知っていたようだ。
オスカーとロビンは初耳だったのだろう。驚きの表情でキースと仁奈を交互に見つめる。
「その……それは俺達が聞いても良いのか?」
オスカーの問いかけに仁奈は首を縦に振る。
「はい。『あの子達にも相談して、私を満足させて。それが支援の条件よ』とおっしゃってたので……」
母国を問われた仁奈が日本だと答えると、シンクレア夫人の表情は花が咲いたようにほころんだ。両手を包み込むように握られると上下にぶんぶん振られ、仁奈はただただされるがままだった。
貴婦人というより少女のようで、仁奈の緊張も少しほどけ、支援したいというシンクレア夫人の気持ちに他意はないと仁奈には感じられたのだ。
「――支援する条件は聞いたのか?」
「そうですね。そこが一番大事ですよね! 僕にも協力させてください!」
なぜか眉間に深い皺を寄せて仁奈に問うオスカー、一方ロビンは人懐っこい表情を浮かべて仁奈に笑いかける。
キースもめずらしく真面目な表情で仁奈の返答を待っていた。
「シンクレア夫人は夫の故郷のことをもっと知りたいとおっしゃっていて……。それで私に心を動かすような料理を作ってほしいんだそうです」
仁奈がそう言うとオスカーの表情は渋いものになり、キースはおやおやと小さく呟いた。
協力すると言っていたロビンまで心配そうに眉尻を下げている。
何かまずいことを口にしたかと思う仁奈に、オスカーが事情を説明し始める。
「……話自体は悪いものではないと思う」
「そうですよね! 亡くなった旦那さんの郷土の味、きっとシンクレア夫人も喜んでくれると思うんです」
他界した夫の郷土を知れる料理であれば、夫人も気に入ってくれるだろう。
母を亡くしたことをきっかけに料理を始めた仁奈としては、夫人の想いもわかるような気がするのだ。
しかし、オスカー達は困ったような様子である。
「そういう意味ではニーナに向いているんだけど……難題には変わりないよね」
「ど、どうしてですか?」
ケータリングの能力は仕えないだろう今回の依頼だが、仁奈は料理の腕にはそれなりに自信がある。
姉の玲奈が働いているため、幼い頃から仁奈は自ら積極的に家事を行ってきたのだ。玲奈はそれを申し訳なく思っていたようだったが、仁奈としてはせめて自分も役に立ちたい。そんな想いからの行動であった。
そのため、今回の依頼も同郷である自分は有利だとすら思っていたのだ。
「――ニーナ嬢、夫人は社交界きっての食通だ」
「はい?」
オスカーに言われ、仁奈は目を瞬かせる。
「……僕も周りの人に夫人のことを聞いたんですけど、皆さんそうおっしゃってました」
気にかけて情報収集してくれたロビンの優しさを感じつつ、仁奈の顔色は悪くなっていく。貴婦人であれば、質の良い食材を使った料理を口にしているのは当然だ。
しかし、生粋の庶民である仁奈にはそんな発想はまったくなかったのだ。
「食通のアレクシスちゃんの心を動かす料理か――うーん、これはかなりの難題だね。どうするんだい? ニーナ」
この状況を楽しむかのようなキースの言葉に、仁奈は頭を抱える。
「――どうするって……ど、どうしましょう?」
シンクレア夫人との話し合いが穏やかなものであったため、仁奈はすっかり油断していた。
そもそも貴族である夫人を納得させる、ではなく心を動かす料理とはずいぶんと要求は高いのだ。
ぐでんとテーブルに伏せる仁奈だが、オスカー達はそれを注意することなく、ただ気の毒そうに見つめる。
キースだけがこれから何か楽しいことが起こるかのように、上機嫌で仁奈のために紅茶を淹れるのだった。




