第14話 家族のオムライス 6
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「うわっ! 飛んでる? 飛んでるんだよな?」
「わふっ!」
ケータリングカーに乗せられたジョセフは、ソファーにしがみつきながらそう尋ねる。
同意してくれるかのように犬が鳴くが、泣きたいのはジョセフのほうだ。
ゆったりと腰掛けるキースは小首を傾げた。
「どうだろう? まだ2回しか飛んでいないしねぇ」
「な、なんだって!?」
青ざめるジョセフを見たロビンが腰に手を当て、キースを嗜める。
「もう! キースさん、そういうのはよくありません」
「そ、そうだよな。大丈夫だよな?」
希望を持ったジョセフに、ロビンはにっこりと笑う。
「正確には2回出動してて、戻ってきているので4回です!」
「変わんねぇよ!」
「ロビン、違うぞ。先ほどで3回だから、まだ4回じゃない」
「わふっ!」
生真面目にオスカーが訂正するが、この場合の正確さなどジョセフからすれば誤差に近い。
森の中で救われ、脚も治してもらい、懐かしい母の味まで食べることが出来た。
そのうえ、今は不可思議な車で家へと連れて行って貰う最中なのだが、だんだんジョセフには全てが夢であるかのように思えてくる。
「そうだよな……こんな都合良いことが起きるわけが……」
「あ! 見えましたよ! あれがジョセフさんの村ですよね」
小さな明かりがちょこん、ちょこんと心もとなく灯る村がジョセフの住んでいる地域だ。
決して裕福ではないが、支え合うように暮らす村だからこそ、ジョセフが一人で子ども達を育てられるのだ。
「あぁ、この村だ! ここが俺の村だ……!」
恐ろしさよりも喜びが勝ったジョセフが立ち上がり、フロントから見える村の明かりに涙を滲ませる。
ケータリングカーはゆっくりと下へと降りていく。
しかし、歓喜の声を上げていたジョセフの表情は村が近付く度に表情が固くなっていくのだ。
ジョセフの家のほど近くにケータリングカーは静かに降りる。
「さぁ、どうぞ」
ドアが開き、仁奈がジョセフに降りるように促すが、彼の表情はまだ優れない。
ジョセフがこうも落ち込んでいるのには理由がある。
家に帰り、子どもと会いたい––そう強く願っていたジョセフだが、せっかく出稼ぎにいったにもかかわらず、何も持たずに帰ってきたことを思い出したのだ。
「……がっかりするかもしれねぇが謝るしかねぇな」
ジョセフの一言でオスカーとロビンもハッとしたのか、顔を見合わせる。
ゆっくりと段を降り、ジョセフは故郷の土を踏んだ。
そんな彼の背中に明るい声がかけられる。
「これ、ご家族と一緒にどうぞ」
そう言って差し出されたのは、昔よく家にあった食品保存のケースだ。
お弁当や冷蔵庫に保存するときによく使ったものだと、これもまたジョセフを懐かしい思いにさせる。
中身はおそらく食べ物だろうとジョセフは仁奈から受け取る。
「……あ、あの、ありがとう。助けてもらったうえに、治療や食事までしてくれた。そのうえ、こうして飯まで……」
おずおずと不器用ながら、感謝の言葉を口にするジョセフに、仁奈は嬉しそうに笑う。
「いえ。無事に帰れてよかったです! では!」
仁奈がそう言うと、ケータリングカーのドアが閉まり、ふわりと浮き上がる。
そして、あのまばゆい光と共に消え去ってしまった。
全てが幻であったかのような、信じられない出来事なのだが、ジョセフの両手の中にはずっしりとした重さがある。
その重さと温かさがこれが真実なのだとジョセフに伝えてくれるのだ。
「……お父さん?」
かけられた声にジョセフが振り向くと、目を丸くした娘のシェリルがドアの前に立っていた。その後ろにはカレンもロンも驚きの表情でこちらを見ている。
なんと声をかけていいのか迷うジョセフに子ども達がわっと走ってきて、彼に抱きつく。
「父さん! 待ってたんだよ!」
「嬉しい! 父さんだー!」
純粋に帰ってきたことを喜ぶ子ども達にジョセフはぎゅっと胸が締め付けられる想いだ。
出稼ぎに行ったにもかかわらず、怪我をし、命まで失うところであった。
あの不思議な少女達に出会わねば、ここに生きて帰ってくることもままならなかったのだ。
抱きしめられた箇所から伝わる子ども達の体温、こちらを見て笑う表情。その全てがジョセフに今、自分が生きているのだと伝えてくる。
「ごめん……ごめんな……」
父が謝る理由がわからないのだろう。
きょとんとした顔で子ども達がジョセフを見つめている。
「……早く入ったら? もう遅いでしょう」
ドアの前で長女のシェリルがそうジョセフと弟妹に声をかける。
出稼ぎには決められた期間がある。ジョセが帰ってくるにはまだ早いのだ。
何か理由があったとシェリルは気付いているのだろう。
「……本当に悪かったな、シェリル」
「別に謝らなくっていいよ」
そう言うとシェリルは背中を向けてしまう。
そんな姿にジョセフはあの頃の自分を思い出す。
弟の前で弱さを見せまいと必死に気丈に振る舞っていたあの頃の自分––ジョセフは仁奈にもらった料理を息子のリックに渡すとぎゅっと抱きしめた。
「カレンもだな」
そう言ってカレンを、次にロンを抱きしめた。
そして、ジョセフはゆっくりとシェリルの元へと向かうと彼女のことを強く抱きしめた。
びくりと揺れたシェリルの肩が、しばらくすると震えるように揺れだす。
「ごめんな……、大変だっただろう」
「そうだよ! 父さん、遅い! 遅すぎるから!」
期限には早すぎる帰宅だが、シェリルにとっても他の子ども達にとっても時間は長く感じられたのだ。
生活のためには仕方がない。そう理解してはいても、寂しいという感情もまた消えるわけではない。それをジョセフもあの懐かしいオムライスの味わいと共に思い出したのだ。
稼いでくることが出来なかったジョセフだが、自分にとって大切なものが何だったのかを強く実感する。
「ねー! 父さん、これってなあに?」
仁奈から手渡された荷物にリックもカレンも、ロンも興味津々だ。
だが、ジョセフもまだ中身を確認していないのだ。
「あー、えっとなぁ……」
「わかった! おみやげでしょ?」
ジョセフが答える間に子ども達が蓋を開けてしまう。
すると、すぐに大きな歓声が響く。
「うわぁ! 可愛い!」
「……可愛い?」
食事だろうと思っていたジョセフはその言葉に首を傾げる。
温かな温度からもずっしりした重さからもジョセフは食事ではないかと推測していたのだ。シェリルと共に、ジョセフもリック達の元へと近付く。
中を覗き込むジョセフとシェリルも驚き、息を飲む。
「……オムライス、母さんのオムライスだ」
先程、仁奈に作ってもらったオムライスと同じものなのだろう。
四角い箱にも黄色い卵が一面に敷いてあり、そこにはケチャップで顔が描かれているのだ。点が2つに弧を描く線、まるでにっこり笑っているかのようだ。
「母さんの……?」
シェリルが不思議そうにジョセフにそう尋ねる。
記憶の中の母はこういう料理を作ったことがないはずだ。
そんなシェリルの言葉にジョセフが気恥ずかしそうに笑う。
「俺の母さんがよく作ってくれたんだ」
ジョセフではなく勇太であった頃、母に弟がよくケチャップで何か描いてほしいと強請った。そのとき、母は必ずハートを描いてくれたのだが、勇太はそれを嫌がった。
本心で嫌だったわけではなく照れていただけなのだが、母は少し考え込むとこの笑顔を描いてくれた。それ以来、弟のオムライスにはハートが、勇太のオムライスにはこの笑顔が定番となった。
「よし、皆で食べような!」
「うん! 楽しみだね!」
「父さんも帰ってきたし、今日はいい日だな」
嬉しそうに笑う子ども達にジョセフも笑みを浮かべ、隣に立つシェリルに頷く。
シェリルも嬉しそうに笑いながら、弟達に続いて家へと入っていく。
この世界にないはずの母の味、それを再び味わったジョセフは再び家族を守る決意を強く固める。
不可思議な出来事とそこで作られたオムライスは、ジョセフと子ども達に穏やかな時間を取り戻してくれたのだ。
嬉しそうにオムライスを食べる子ども達の姿を見たジョセフは、自分と弟がオムライスを食べていたときの母も同じであったのだろうかと思い、目を潤ませるのだった。
「さて、私達も到着ー!」
仁奈達が乗ったケータリングカーも王都へと戻り、王城の庭へと降り立つ。
皆が降りるとケータリングカーが浮かび上がり、眩く光と共に消えていく。
「ふふ、4回目も成功ですね!」
先程のジョセフとの会話を思い出し、オスカーもキースも笑いだす。
充実感でいっぱいの仁奈は無事に帰ってこれた喜びと共に口元を緩めた。
「あら、楽しそうね」
冷静な女性の声に皆がハッとして声の主を確認する。
すらりとした体躯に似合う華やかなドレスをまとった貴婦人に、仁奈も緊張で表情が強張る。
こちらの状況には疎い仁奈だが、装いと表情、何よりオスカー達の表情から高位貴族なのは確実だ。
緊張から解き放たれた後に訪れた新たな存在に、仁奈はどう対応すべきかと頭を悩ませるのだった。




