第12話 家族のオムライス 4
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ジョセフの、いや藤原勇太の母は三人の息子をたった一人で育てあげた。
決して裕福とはいえぬ生活ではあったが、当時はめずらしいことではなく、勇太も弟もそれを気にする様子はなかった。
既に長男は家を出て、働いていたため、母が仕事から帰ってくるまでは弟と勇太二人きりだ。
夕日で染まった部屋がどんどん暗くなる――それは勇太を心細くさせたものだ。
「今日のごはん、何かな?」
クレヨンで絵を描いていた弟が尋ねる。
「うーん、チキンライスだろ。母さん、朝用意してたし」
冷蔵庫の中を思い出し、勇太はそっけなくそう答えた。
「違うよ。オムライスかチキンライスかどっちかなってこと!」
「……卵がなかったし、チキンライスだよ」
「なーんだ。俺、オムライスがよかったなー」
弟の生意気な言葉に勇太はむっとした顔になる。
忙しい朝に母が作ってくれた料理を否定された気がしたのだ。
そんな勇太に弟も頬を膨らませる。
「兄ちゃんだってオムライスのほうが好きなくせに」
「……それとこれとは別だろ?」
勇太だって、チキンライスよりはオムライスのほうが嬉しい。
チキンライスが嫌なわけではないのだが、黄色い卵が乗れば美味しさは倍以上になる。黄色い卵でくるむだけで、チキンライスが特別な一皿に変わるのだ。
チキンライスは勇太と弟の苦手なピーマンが細かく刻んであるし、人参も刻んで入っていることがある。
野菜が苦手な子ども達へ少しでも栄養をという母の愛情なのだが、それを感じるには兄弟はまだ幼いのだ。
「あーあぁ、母さん早く帰ってこないかなー」
家の近くを走る電車やトラックのせいか、電球が揺れる。
二人の兄弟は小さな部屋で母の帰りを待つのだった。
*****
「今ならあのときの母さんの優しさがわかるんだがなぁ……」
大人になった今なら、野菜を細かく刻んで入れた母の優しさが胸に沁みる。
決して十分とは言えない食材の中で、母はお腹いっぱい食べさせてくれた。
チキンライスは玉ねぎと鶏肉、そしてご飯とケチャップで家族三人の胃袋を満たしてくれる料理だったのだ。
かつての日々を思い出していたジョセフの腹がぐぅと鳴く。
ジョセフの心は空腹感と情けなさ、子ども達への想いがごちゃまぜだ。
「はは、こんなときでも腹が減るなんてな……。残った金はあいつらには届かねぇんだよな」
バッグの中には僅かだが貯めた金がある。せめてそれを子ども達に届けられたらとジョセフは唇を噛みしめた。
「――あいつらにもオムライス、食わせてやりたかったな」
これがジョセフの最後の言葉になる――はずであった。
だが、暗い森の中に目を開けられないほどの強い光が満ちる。
獣達はその光で怯み、ジョセフの周囲から遠ざかっていく。
ジョセフもまた、その強い光から庇うように目元を自分の腕で覆った。
「あ、お待たせしました! 異世界ケータリングですー!」
見たことがないほど大きな車の中から出てきた少女が、そう言って軽く頭を下げる。続いて緑色の瞳の少年が顔を覗かせた。
夜の森には不釣り合いな二人に、ジョセフは目を丸くする。
「な……なんだ? 俺は、俺の目はどうかしちまったのか……?」
階段を下りた少女はジョセフのほうへと向かってきて、にっこりと笑う。
スカーフを髪に巻き、エプロン姿の少女は親近感の沸く雰囲気がある。娘のシェリルが大きくなればこんな感じなのだろうか。
そんなことをぼんやりと思ったジョセフだが、大事なことに気付く。
「お、おい! あんたらに頼みがあるんだ!」
この場にいてはまた獣に狙われてしまう。せめて、どこか安全な場所に連れて行ってもらえば、ジョセフが家に帰れる可能性が高くなる。
ごそごそとバッグの中を探り、ジョセフは有り金をすべて差し出した。
「こ、この金で俺を安全な場所へ連れて行ってくれないか⁉」
少女はじっとジョセフの手元を見ると、再び先程と同じ笑顔を浮かべた。
その笑みにジョセフもつられるように笑みを返す。
「わかりました! でも、そのまえにしなくちゃいけないことがあるので、お時間をいただけますか?」
「あ、あぁ! もちろん……!」
ジョセフの返事を聞くと少女はくるりと少年へと振り向く。
「ロビン君、こちらのお客様をお願いできるかな」
「はい! あ、怪我をしているみたいなのでそちらも治しますね」
「うん、ありがとう!」
会話を交わした二人は軽快な足取りで、少女はローズピンクの大型車に、少年はジョセフのほうへと向かってくる。
「……なんだ、今の会話は……」
先程、自身の目を疑っていたジョセフだが今度は耳を疑う番だ。
少女はジョセフを森の外へ連れ出すことを承諾したうえ、彼をお客様と言い、少年は怪我を治すと言ったのだ。
あまりにも自分に都合の良い出来事にジョセフはとうとう自分自身が見聞きしているこの光景が幻のような気がしてくる。
「痛かったですよね。今すぐ、足の怪我を治しますね」
そういうと深い緑色の瞳をした少年が、小さな杖を振る。
するとジョセフの左足から痛みが消え去ったのだ。歩かずとも痛むこの左足の怪我で、ジョセフは出稼ぎを諦め、家へと変える決意を固めた。
その判断が、ジョセフの命に危険を及ぼしたのだ。
「治った……? 痛みが、痛みがねぇ……」
ジョセフの言葉にロビンと呼ばれた少年がくすぐったそうに笑う。
「そう言っていただけると自信が持てます。僕、まだまだ新米なので」
「…………そ、そうか。ありがとうな」
これだけの魔法を使い、まだ未熟だと言わんばかりに笑う少年。驚きの連続に、ジョセフはぎこちなく礼を言うので精一杯だ。
「ロビン、その男はもう大丈夫なんだな」
「はい、オスカー様。お立ちになれると思います」
現れた赤髪の男は騎士であろう。その鋭い視線に促されるように、ジョセフは立ちあがる。地面を踏みしめても、ジョセフの左足はまったく痛まない。
それどころか、両手や腕についた切り傷さえも消えているではないか。
「これで手を拭くといい。食事にその手では不衛生だからな」
そう言って赤髪の男が差し出したのは濡れたハンカチである。
どうすればいいのかと迷うジョセフの手に、男は無理やり握らせ、大型車のほうへと去ってしまう。
「本当は優しいんですよ、オスカー様は」
「……そうだろうな」
立ち上がり、転び、ついには這うように地面を進んできたジョセフの両手は土で汚れている。それにもかかわらず、オスカーという男は自分のハンカチを差し出してくれたのだ。
「ねー! ロビン。これって結構めずらしい薬草じゃない?」
遠くでしゃがみ込んでいる絹糸のような髪を持つ男に、ロビンが声を上げる。
「もう! キースさんも少しは手伝ってください! ご飯の準備はできなくっても手伝いは出来るでしょう⁉」
ロビンの言葉にジョセフは怪訝な表情へと変わる。
先程、オスカーも言っていたが彼らはここで食事を取るつもりなのだろうか。
ジョセフがそう思ったとき、懐かしい香りが鼻をくすぐる。
「これは――これは母さんのオムライスの香り……?」
起こりえない出来事の連続に戸惑うジョセフだが、一方で漂う香りに強い期待を抱くのだった。
チキンライス、グリーンピースやピーマンが入っていると
子どもの頃はちょっと…だったりしますね
作る側としては野菜を!と思うわけで…




