第7話 信田リカは語る
カーテンが開け放たれ、春の陽光が部室を照らす。芹澤ミヤコはプリプリと怒る信田リカをなだめすかすし、そのままソファに座らせた。
「まったく、先輩って本当にひどいんですから!」
「ごめんよぉ、許してよぉ~」っと、ミヤコはカフェオレが入ったマグカップをリカに差し出しながら言う。
「ちょっとした遊び心だったんだってばぁ~」
「もういいです……。怒ってません……」リカはじとっとした目でミヤコを見つめ、それからチビチビとカフェオレに口をつけた。
どうやら許して貰えたようだ。良かった良かった。ところで、リカが言っていた“逃げられる”、という言葉が気になる。ほっと胸をなでおろしたミヤコはリカのはす向かいにブラックコーヒーを置いてソファに腰かけた。
「リカ!それより、“逃げられる”ってどういうこと?事件はどうなっているの?」
「あ、そ、そうですね!なら、まずはあたしの推理からお話しますね。時間もちょうど間に合うでしょうし……」
リカはズレた大きな丸メガネを両手でなおして、コウモリと砂時計が描かれたスマートフォンを取り出した。コーヒーの湯気が揺れる中で、空気が一気に張りつめた。
「まずは……えーと……、先輩は、誰だと思いますか?犯人」
「え?そりゃ、朝倉アキラさんだと思うけど……、手口が分からないんだよね」
「それは直にわかると思いますよ。じゃあ、朝倉アキラさんが犯人だと仮定して推理を立ててみましょうか」
リカはスマートフォンを握りしめて伏し目がちに話し始めた。
「昨日の放課後、朝倉アキラさんは日高コウさんから鍵を借りて教室に入った後、すぐ返却しました。ここで教室の扉に細工を施したと考えられます――夜、施錠されていると誤認されるように」
「細工!?ど、どうやったの?」ミヤコは思わず息を呑んだ。
リカはメガネの位置を押し上げてはっきりと言う。
「わかりません。ですが、誰が犯行可能だったか、という基準で考えるなら教室の細工はそれほど重要なことではありませんよ。それに……いえ、これは後でお話します」
「わかった。鍵はしまっていなかったって前提ね」
「はい、問題は鍵がなぜ閉まっていたと思い込まされていたかですが」リカはカフェオレに少し口をつけると、話をつづけた。
「藤村先生は夜に見回りをしましたが、まんまと朝倉アキラさんの細工に騙されて、教室は施錠されていたと誤解してしまった。だから、状況がややこしくなってしまったんです。本当は――夜、教室に鍵はかかっていなかった。この時点で、藤村先生は犯人ではないと言い切れます」リカは言葉を区切るように、メモをなぞりながら言う。
「どうして?」
「もし、先生が夜にこっそり星月夜を描いたとしたら、潔癖気味の先生ならしっかり掃除をするはずです。そもそも扉に細工をする意味もありません。先生は本当に鍵が掛かっていたと思い込んでいたんです」
ミヤコの脳裏にニヤリと笑う藤村先生の姿が思い浮かぶ。
「なーるほど。でも、靴にはチョークの粉が少しかかってたよ?」
「それは、藤村先生は“先生”ですから。基本黒板の前に立っていますし、何よりも星月夜を消したときに汚れた黒板消しを使っています。その時にかかったのでしょうね」
考えてみればそうだ。それに、ドッキリをしたいのであれば、生徒の反応を気にするはずだ。だけど、先生はそれを確認する間もなくあっさり星月夜を消した。なら、先生は犯人ではないか。
「確かに。なら、やっぱり犯行時間は朝ね!」
「......だと思います。朝倉アキラさんは早朝にこっそりと登校して、細工した扉から教室に侵入。今度はしっかり内側から施錠をして、暗幕カーテンを閉めた。後は時間の許す限り星月夜を描けば、現場の完成です」
その時、芹澤ミヤコの脳裏に、勝ち誇ったような表情の朝倉アキラの顔が蘇った。そうだ、あの時確か――
「ちょっと待った!朝倉アキラが登校したのは7:50頃だよ!アリバイもある!」
ミヤコはスマートフォンをサッと操作して、アキラから写真を撮らせて貰ったチャット画面をリカに見せた。
◇◇◇
『宮本シイナ』
【アキラ】わり、もう学校ついちった(7:52)
【シイナ】はぁ?マジ?どったん?(7:52)
【アキラ】寝ぼけて一本早いの乗っちった(テヘペロ)(7:52)
【シイナ】りょ(7:53)
◇◇◇
ミヤコは渾身のドヤ顔でリカを見つめた。たまには先輩の威厳を見せておかないといけないしね。
リカは目を細めてミヤコを見ると、同じようにスマートフォンの画面を見せた。
「なら、これは事実ですか?」
◇◇◇
『ミス研グループチャット(2)』
【ミヤコ】ごめーん!ちょっと遅れるかも!(15:37)
【リカ】分かりました。早く来てくださいね(15:37)
【ミヤコ】りょーかい☆(既読)
◇◇◇
「あー……」ミヤコは痛いところを突かれて、威厳は瞬く間にしおしおと萎んでいった。全治1日といったところか。
「そういうことです。つまり――スマートフォンのチャット履歴はアリバイとして成立しません。そして、朝倉アキラさんは“いつ登校したか”を知られたくなかった。そのチャット画面こそ、朝倉アキラさんが犯人である証拠です」
「なるほど……。でも、星月夜を描いた後はどうやって教室を出たの?鍵は日高くんが来るまで動かされていないよ?」
リカは飲みかけのマグカップを机にそっと置いた。「朝倉アキラさんは絵をまじまじと見た後に、ずっとベランダにいらっしゃったんですよね?これはおそらく、概ね真実なのだと思います」
その言葉を聞いてミヤコは有名な密室トリックを思い出した。「あっ......“犯人は密室が破られるまで中に潜んでいた”」
「……朝倉アキラさんは急いで黒板アートを描き終えると、すぐベランダに身を潜めた。だから、黒板周りを掃除する余裕がなく、汚れていたんです。それに、いくら黒板の前でまじまじとアートを見たとしても、上履きの甲までチョークの粉で汚れることなんて、考えにくいですよ」
リカはチラリと時計を確認した。ミヤコも振り返り、時計を見る。16:20――。
「そして、教室には、扉の細工に使った何かしらの痕跡が残っているはずです。朝倉アキラさんは間違いなく放課後に“忘れ物”を取りに来ます」
「え、そうなの!?」
「はい。掃除も出来ないほど急いでいたなら、証拠を隠滅する暇もありません。そして、あたしの予想が正しければ、朝倉アキラさんは《《密室であること》》に拘ります。そこを押さえれば、密室の謎も明らかになりますよ」
「オッケー!じゃあ、行ってくる!」
「あ、せんぱ……」
ミヤコはそう言うや否や、コーヒーを一息に流し込み、胸の鼓動を抱えたまま、疾風のように駆け出した。
ミステリー研究会の部室には信田リカがひとり。静かにカフェオレをすする音だけが、春の放課後にぽつんと残った。
つづく




