第6話 部室で待つ探偵
終礼を告げる鐘の音が鳴ると同時に、『以上』の一言で藤村先生の声が途切れる。2-Bの解散はいつも爆速だ。芹澤ミヤコは一目散に廊下へ飛び出し、階段を駆け上がる。
実習棟へ続く渡り廊下は、演劇部の大道具や“入部歓迎”のポスターで雑然としていた。紙や絵の具の匂いが頬を掠め、文化部の気配が一層濃くなったのを感じながらミヤコは事件のことを考えていた――。明らかに怪しいのは朝倉アキラだが、アリバイがある。なによりも、手口が一切わかっていない。リカは分かっているような口ぶりだったが……。直感に頼るなら犯行時間は朝だろう。しかし、その間に鍵を職員室に取りに来た生徒は日高コウだけだ。
実習棟三階。その突き当たりに埃っぽい教室が見えた。ネームプレートには手書きで“ミステリー研究会”と描かれた茶色いコピー用紙が張り付けられている。ミヤコはそっと扉を開けて中の様子をうかがってみた。薄暗く本棚に囲まれた部屋。教室の半分くらいの広さの部屋の奥に、どこからか仕入れた大きな書斎机。そして人ひとり入るくらいのロッカー。部屋の中央には膝くらいの高さのデスクに、二人掛けのソファが二つ。まるで探偵事務所。ミヤコはこの部室をたいへん気に入っていた。
まだ、リカは来ていないようだ。ミヤコはするりと部室に入り、扉を静かに閉める。古今東西のミステリー小説が詰め込まれた本棚を横切り、書斎机の椅子に深く背を預けた。ギィ……と軋む音が部屋に響く。現場に残された大量のチョークの粉。リカが言うには、犯人の靴は汚れているはず。だけど、クラスメイトの靴は大体汚れていたけど……?
そこで、ふとイタズラ心が芽生えた。もうすぐリカがやってくるはずだ。ゴソゴソと書斎机の下に潜り込み、スマートフォンを操作する。
◇◇◇
『ミス研グループチャット(2)』
【ミヤコ】ごめーん!ちょっと遅れるかも!(15:37)
【リカ】分かりました。早く来てくださいね(15:37)
【ミヤコ】りょーかい☆(既読)
◇◇◇
ミヤコはくくくっ……と笑いをこらえ、リカが来るタイミングを机の下でじぃっと待った。薄暗く、しんと静まった部室。カーテンの隙間から光が落ち、床の木目を鮮やかに照らしているのが見える。まるで光の島だ。しばらくすると、廊下から声が聞こえてきた。楽しそうな笑い声、発声練習の声。目を閉じ、音に耳を澄ませる。なんてことのない日常の音。それは、ミヤコが最も愛する瞬間でもあった。
ガラ…
控え目に扉が開かれた音がした。踵をするような足音。間違いない、リカだ。続いてソファに深く腰掛けるような音。もう少し様子を伺ってみよう。ミヤコはさらに息を殺した。
「はふぅ、つかれたぁ……」
かわいい後輩だ。後で、カフェオレを贈呈しよう。
「……今日くらいは淹れてあげようかな、コーヒー」
……なんだか、驚かせるのが可哀そうになってきたな。……よし、そろそろ出るか!ミヤコはリカにそっと声をかけようとゆっくり書斎机から這い出ようとした。
その瞬間だった。
「先輩、早くしないと犯人に逃げられちゃうよ……」
「に、逃げられるっ!?どういうことって、痛たあぁぁあ!?」
「ひ、ひやぁああっ!!だ、だれぇえええ!?」
派手に頭をぶつけたと同時に、背後で事件性のある悲鳴が聞こえた。痛む頭を押さえながら急いで書斎机からゴソゴソと出て、机に手をついて立ち上がる。デスクに目を向けると、小柄な体に不釣り合いなほど大きな丸メガネを携えた、黒髪の少女。芹澤ミヤコの相棒、信田リカが胸の前に両手をきゅっと合わせて、涙目になっていた。
つづく




