第76話 代償
「サイ!ちゃんと説明してあげなさいよ!……ていうか、ちょちょ、ちょっとイザベラ!大丈夫なの!?」
随分と懐かしく感じるな。
慌てたように近寄ってきたティナには感謝したい。
「ず、随分と傷だらけだけれど、大の字で寝転がっているあたりは流石だね……」
苦笑しながらゆっくり歩いてくるエイルも、かなり久しぶりに感じる。
ここ最近は神経を張り詰めていたから、学園の友人達と会うことで少し心が暖かくなる。
というか、ティナはサイを呼び捨てにしたか?一体どれだけ仲良くなったんだ。
「……お前は、あの失敗作か。何の用だ」
セラフィエルは警戒した様子でサイを見つめている。
聖魔法は使えず、私とほとんど相打ちしているとは言え、サイではセラフィエルの相手はまだ厳しいだろう。
「イザベラ、お前の友人を魔法で生き長らえさせた。その代償を貰うぞ」
……無視したな。
セラフィエルは無表情だが、あれは元々の顔か?それとも怒ってるのか?
サイは全く意に介していない。あれを元々の表情だと完全に思い込んでいるのだろう。
だが、アレは私との戦闘で多少なりとも感情を取り戻している。
つまり、ちょっとキレてそうだ。
だが、私も気になる言葉を聞いたな。
「代償?……ボロボロの私から持っていけるものであれば、持っていけ。今の私はただの死に損ないだ」
「ならば、遠慮なく」
サイは右手を鋭く変化させ、私の心臓へと突き刺した。
「がああっ!!」
「耐えろイザベラ。お前に死なれたらオレが困る。死ぬな」
そんな事言われても、死にかけているのはお前のせいなんだが……ッ!
「ぐああああッ!!!」
「イザベラ!」
ティナの声が聞こえるが、見る余裕はない。
ただ、サイは私を殺そうとしていないのは分かる。
突き刺されたサイの右腕に、私の根幹を成す魔力が流れていく。
その正体は、致命的な程の神力だ。
サイは、私の神力を完全に吸収しようとしている。
実際には十秒程度しか経過していないだろうが、永遠にも感じた時間、命の根幹を削ぎ落とされるような魂の痛みを感じた。
やがてサイの右腕は私から離れる。
魔術的な介入があったのだろう。私の胸には穴など開いてはいなかった。
その瞬間。
「───────あぁ」
思考に立ち込めていた暗雲が全て晴れ、全てクリアになった。
いつからだろうか。
私の精神は、生まれた時既に汚染されていた。
今までの私の行動は私自身の行動ではない。
魔神の呪いによって変えられた精神の変容だ。
母を殺し、兄と敵対し、双子の弟を狂気に染めてしまった。
数え切れない程の後悔が私を襲う。
そうか、そうだったのか。
ソロンは、裏切ってなどいなかった。
ソロンは、敵などではなかったのだ。
「……平気か?」
放心していた私に声をかけたサイは、いつもの厳つい顔で私を覗き込む。
「……当然だ。私を誰だと思ってる。さっさとケリをつけろ」
「あぁ。……ではな、イザベラよ。さらばだ」
そう言ったサイは神界へセラフィエルと共に戻って行った。
ボロボロになったセラフィエルがどうなるのかは、サイ次第だろう。
なんだ、私はお膳立てをしただけになってしまったみたいだ。
「イザベラっ!」
勢い良く抱き着いてきたのはティナかと思ったが、意外にもエイルだった。
長旅だったのだろう。
髪は少々乱れ、その服には痛みがある。
だが、安心する香りだ。
このまま死んでしまえば、幸せだろうか。
「エイル、あとは頼む。詳しいことはサイから聞いているだろう。父上を頼れ。無碍にはしない筈だ」
最期の言葉かもしれないと覚悟しているのだろう。
大粒の涙を目に溜めながらも、大きく頷いた。
「ティナ。お前には迷惑をかけた。アルベールは私の後を追うだろう。存分にその辣腕を振るい、アストリア王国を支えてくれ。ソロン兄上はお前の味方だ。安心しろ」
「待って!待ってよ!やっと会えたのに、そんな最期の言葉みたいに言わないで……」
あぁ、この場にはいないがクリスタにも迷惑をかけたな。
「エイル、クリスタにもよろしく伝えてくれ」
「…………分かったよ」
やはりエイルはいい女だ。
結婚するならこういう女がいい。
無駄口を叩かず、冷静で、明晰な立ち振る舞いのできる素晴らしい女性だ。
ティナもエイルも、私も涙しか流れていない。
ちゃんと喋ったつもりだが、声は届いただろうか。
きちんと伝わっただろうか。
「……お別れだ」
私は静寂の中、いい女に囲まれて目を閉じた。
◇◇
と、いい感じに言い残したのだが。
「……生きてるな」
目を開けたら見覚えのある部屋だった。
これは……私の部屋だな。
つまりはアストリア王国の王城である。
は、恥ずかしい……!恥ずかしいぞ!
『お別れだ』なんて格好つけて言ってしまったばかりに、あの二人に今後どう声をかけたものかわからなくなってしまったぞ!
しかし、一体どれ程寝ていたのだろうか。
顔を横に向けると……。
「…………」
目を見開いたソロンと目が合った。
「……ソロン兄様。今後、年頃の妹の部屋には無断で入らぬことです」
「その無駄口、間違いなく俺の妹だな。心配無用だったようだ」
一言目がそれか、と苦笑されてしまった。
あぁ、懐かしい。
ソロンは変わらずに私を支えてくれていた。
「すみません。私は己の力によって精神の汚染を受けていました」
「知っている」
「……ソロン兄上を敵だと思い込んでいました」
「困った妹だな、ハハハ」
そう、ソロンは敵じゃない。
これ以上無い味方だったのだ。
冷静になれば分かる事だった。
なぜソロンは、聖王国の手先のような振る舞いをしながら、決定的な破滅を招かなかったのか?
なぜ「監視」という生ぬるい手段で、私を泳がせ続けたのか?
なぜ私が暴れても国は維持されていたのか?
それはソロンが味方だった事で全て説明がつく。
ティナに手紙を送ったり暗躍していたのは母であるアナスタシアだ。ソロンは関係無い。
エヴァンを殺したのも、私の感情をコントロールするためのアナスタシアの策略だ。
ソロンは、何もしなかったのだ。
何もしない事で、私の足枷となる事を嫌ったが為に魔神の力を得た時も、エヴァンが殺された時も、聖王国へ侵入した時も黙っていてくれた。
アナスタシアの『洗脳されている』という発言は、私を揺さぶるブラフだった訳だ。
いや、エヴァンに関して言えばあえてソロンが疑われるように誘導した節がある。
そうする事で他国からの異端審問を回避したのだろうか。
ソロンは私などより余程考えて慎重に行動していた。
宰相であるセオドアがどっちつかずだったのは、一つの行動で全てが台無しになる可能性があったからだ。
後でセオドアにも謝らなければならないな。
……全て、私が汲み取れていなかったのだ。
思考の汚染を受けていて、私の考えが足りていなかっただけなのだ。
未熟な私の全てがそこに詰まっている。
「私はなぜ生きているのですか?」
「あぁ。お前の友人のティナ嬢は神聖魔法の大層な使い手だそうだ。イジーのその肌までは直せなかったが、死なない程度まで回復させる事はできたようだな」
「ギリギリですがね」
私の肌は暗く濁った亀裂が入ったままだ。
これは一生そのままだろう。身の丈に合わない力を使った代償だ。甘んじて受け入れるしかない。
それに、私の体から魔神の力はもう失われた。
これ以上悪化する事もないだろう。
「まだしばらく休んでいろ。食事を持ってくる」
「……ありがとうございます、ソロン兄上」
素直に感謝した事に驚いた様子だった。
失礼だな。私だって素直に謝ったりすることはある。
「気にするな」
頼り甲斐のある背中を、私は見えなくなるまで見つめていた。




