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セラフィエルの憂鬱  作者: 笑顔猫
最終章

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第75話 聖魔法



 私の挑発に乗ってきたセラフィエルは慌てたように持ち直した斧槍で私に斬りかかる。


 焦ったな。

 そんな顔をしてはダメだと言っただろう。狙いが分かりやす過ぎるぞ。


 私の心臓目掛けて放たれた神速の一撃は、私の魔王化した腕によって受け止められた。


「ッ!」


 全くダメだ。

 間合いの取り方に妙な癖があるな?

 そんな歩幅では「あと三歩で攻撃しますよ」と言ってるようなものだ。


 同じ域にまで達した私に通用する筈が無いだろう。


魔王の呪剣(デモンブランド)


 私の血肉を犠牲にした呪いの剣だ。お前の斧槍にも匹敵する破壊力を持っているだろう。


 さぁ、最期にもう一度死合おうか。




 ◇◇




 また数十合と打ち合って分かったが、セラフィエルは戦いにおいては素人だ。

 目線の誘導、フェイントのかけ方、斧槍の力の入れ方でさえ分かっていない。


 ほら、今もそうだ。


「……なっ!」


 セラフィエルよ、突きとはこうするんだ。


 事前に構えるのではなく、()()してから突きへ移行する。

 突きは見えるように打つだけじゃない。消すように見せるのだ。


 私の『魔王の呪剣(デモンブランド)』は触れるもの全てを呪う。

 神性を纏った斧槍とは相性が悪いが、それは向こうも同じこと。


 こうして相対する事で初めて分かることもある。


 やはりこいつ、『敗北』を知らないな。

 それも当然だろう。こやつにとって勝敗などあってないようなものだ。


「"禁域の檻"」


 セラフィエルが神性の宿る術式を展開した。


 次の瞬間、聖なる檻とでも呼ぶべき鎖が私を縛るが、そんなもの無意味だ。

 魔王の前でのんびりするつもりでもあるのか?


 少々舐め過ぎだ。


「"絶望と虚無(ディスペアヴォイド)"」


「…………っ」


 全ての魔力的な術式を無効化する一撃だ。

 私の前でまともに魔術を使えるなどと驕ることは許さん。


「手も足も出ないか?」


「……おのれっ」


 セラフィエルの先程までの無表情が嘘のように、鬼面のような表情に変わった。


 おや、案外余裕が無いのか?

 聖魔法とやらを連発してくるかとも思ったが、消耗が激しいのか『黒雷』を打ち消して以降は一向に使う気配がない。

 私の挑発に乗ってくるかとも思ったが、表情が変わっただけで聖魔法は出てこない。


 ……あぁそうか。

 奴は神ではない。消耗もそれなりにするわけか。


 決定的な場面まで()()する事を選んだわけだ。

 セラフィエルにとってみれば屈辱だろう。たかが人間一人に消耗を気にするほど追い詰められるなど考えたことも無いかもしれない。



「何故魔王の力も、魔神の力も扱える!?禁忌の力を人の身で扱うなど、身の程知らずにも際限が無いぞ!」



 怒りに任せてより攻撃が単調になったな。

 我々の攻撃魔術で更地と化した大地でも、足元には砂煙が少々舞っている。


「……覚えているか?セラフィエルよ。覚えている筈だ、セラフィエルよ」


「……?」


 あぁ、覚えているだろう。

 そうでなければならない。そうでなければおかしい。



「私の真名はアーサー・アルバス・カストルム。地獄の底からお前を殺しに戻ってきた過去の亡霊である」


「……お前が?」


 顔の険が取れ、考え込むように私を見つめるセラフィエル。

 その美しい銀髪は激しい戦闘により煤で汚れ、鎧は剥げており、身体にはいくつもの切り傷ができている。


 一瞬の静寂。


「……どうして過去の記憶を持っているんだ。私はそのように世界を作った訳ではない」


「おいおいセラフィエルよ。嘘をつくんじゃない」


 もちろん、お前が私の事について知らなかった事は知っている。

 前世の記憶を持ったままセラフィエル討滅のために努力したつもりだったんだ。お前にバレないようにするのは当然の事だった。


 私が言っている()とはその事じゃない。


()()を作ったのは魔神だろう?お前じゃない。何を管理者気取っているんだ、愚か者め」


「……」


 黙りこくったまま私を睨みつけるセラフィエル。知らないとでも思ったか?


「恐らく私を転生させたのは魔神だろう。お前と魔神の関係は知らないが、私には生まれつき魔神の加護があった。それは、(ひとえ)にお前を討滅するためだ」


「……そうか」


 何か納得できたようだ。

 私でもよく分からない事が多いんだ。


 答えられない事は多い。

 それでも、これは言わせてもらおう。



「私はあの時。力無き人間だった前世、誇りを持って、忠誠に殉じ……それでも死を間近にして背を向け逃げ回った。お前は醜いと思うだろう。それが()()というものだ」


「分かっている。私も人間を見てきたからな。お前達のそれは、知っている。もう私が喪ってしまったものだ」


 セラフィエルは私を見ながらも、私の後ろを見ているような顔つきでそう言った。


 そうか、お前には感情があったのだろうな。

 何万年と繰り返される日々に感情が擦り切れていき、当時思い描いていた理想とは遠ざかる事が起き過ぎて、感情が思い出せなくなったのだ。


 私なら、どうなっているだろうか。

 大きい箱庭に詰め込まれ、無限の寿命を与えられ、やる事は人間を観察すること。


 ……理想の世界を創り出すために奔走したセラフィエルを責められるだろうか。

 私は家族を失ったが、セラフィエルは全てを失ったのだ。


 それは感情の喪失などと一言で表せるものではない。

 永遠とは、地獄そのものだ。


 神性など烏滸がましい。

 誰よりも神を恨んでいたのはセラフィエルだったのかもしれない。


 でも。



 それでも。



 私は振り上げた剣を降ろす事は出来ない。



 後戻りできないのは私も同じだ。



 全てを失ったのは私も同じだ。


 遠い存在に感じていたセラフィエルの想いは、存外私に似ていたのかもしれない。

 だが、お互い前を向くしかない。今までの犠牲を無にするような事だけは避けなければならない。 



「最後だ。セラフィエルよ、お前には必ず勝つぞ」


「イザベラよ。お前は確かに強かった。墓標には私自らそう刻んでおこう」


 ははっ。

 この戦いが始まって随分と感情を取り戻したじゃないか。


 お互い限界が近い。

 私の『魔神魔王化(デモンデビル)』も極限まで高められた神力によって崩壊してしまうだろう。

 角にはヒビが入り、もうすぐコントロールが効かなくなる。世界を破壊する前に死ぬか解除するしかない。


 聖女を笑えないな。

 死にたくないと思っていたがその実、私も死にたがっていたのかもしれない。

 最期まで自分の気持ちに決着がつかなかったな。


 たくさんの思い出と少々の後悔を胸に、私は()()に祈る。





「"魔黒雷(デモンブリッツ)"」





「"聖龍の憤怒(ドラゴノスフューリー)"」





 世界を破壊するほどのエネルギーの衝突が起こる。


 セラフィエルの聖魔法は本気も本気だ。

 あの表情を見れば全て分かる。アレで出し尽くしてないなんて無駄な事はしないはずだ。

 合理性の塊であるヤツならそうする。



 私の魔王化は解除した。

 というか、強制的に解除された。角は折れ、残った物も砂のように消えていった。

 全身の肌のヒビ割れは暗く濁り、二度と健康な肌には戻らないだろう。


 無理をし過ぎた代償だ。即死しないだけ温情というものだろう。



 さて、セラフィエルはどうだ。





「はぁっ、はぁっ、はぁっ…………」





 ちっ。まだ生きてやがるかあのニセ神は。

 だが全身から神力が抜け落ち、もう聖魔法は使えないだろうことは明確だ。

 鎧はボロボロになり、斧槍は持ち手の部分しか残っていない。

 美しかった銀髪は私の黒雷により一部剥げてしまっている。


 私はもうダメだ。指一本動かせない。


 懐かしいな。前世の死に際もこうだったか。

 私の記憶では十五年前なのだが、実際は数千年は経過しているはず。

 数千年前の出来事を懐かしいと思えるとは、まるで私が神になったような気分だな。


 いや、やめておこう。鳥肌が出そうだ。

 私が神など向いてない。クロエなら、別の世界で傲慢な神になっていそうだが、私のような小心者には荷が重過ぎるだろう。


「……どうだセラフィエルよ。私は強かったか?」


「強過ぎだ。死ぬかと思ったのは私が生まれて初めての事だった」


 息を整えたセラフィエルが答えた。

 やれやれ、私の哲学は最期まで通用しなかったようだ。


 さて、最期の言葉をかけてやろう。






「待たせたな、イザベラ」






 そう思った私に声をかけた人物がいた。


 ここにいるとはまるで思わなかったので大層驚いた。

 その衝撃で死んでしまうかと思った程だ。


 その男は急いで走ってきたのだろう。()()()()()を背中に乗せ、息を荒くして私に言葉を吐いた。


 その赤肌のオーガは、忘れたくても忘れない存在として私の記憶にこびり付いて離れない。




「……サイ」




「代償を貰い受けにきた」




 赤肌のオーガは私に向かってそう言い放った。

 

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