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セラフィエルの憂鬱  作者: 笑顔猫
王宮動乱編
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第70話 終幕

 


「あぁ!やはり殺して下さるのですね!こんな日が来るなんて……!さすがは我が神です!さぁ、一思いに殺してください。正しい怒りの矛先は、既に定まっていますよ!」


 この聖女は救えない。

 この言葉を聞いて分かる通り、狂っている。


 ここまで狂っている人物は、私の過去の記憶を振り返っても中々居ないだろう。

 アナスタシアですらここまでぶっ飛んでいなかった。


 どういう脳みそをしたらこうなるのか。


「どうしたのですか!貴女の魔神の力こそが私を殺せる唯一の矛です!さぁ、どうぞ!……ッ!」


「うるさいな」


 激しく殺せと願う聖女の頬をぶっ叩いてやった。

 横に吹っ飛んでいったが、まぁ生きてるだろう。奴の魔力はそこそこだ。生半可な攻撃では確かに殺し切れないだろう。


「ぐ……ぐぶっ……うふふ。痛いのも好きですよ……貴女になら、ぐしゃぐしゃにされてもいい……」


 なぜか更に興奮したようだ。

 真性の変態じゃないかコイツは。


 さて、聖堂騎士が騒音で殴り込んでくる前に片をつけるべきだな。


「"魔王化(デモン)"」


 その瞬間、赤い瞬光が部屋を巡る。


 冒涜の魔力を身に纏い、練り上げられた。

 私の身体には赤い稲妻のような亀裂が走り、穢れた仄暗い魔力が放出された。


「……その力は先程も見ましたね。原罪を(あがな)う冒涜の力ですか」


「何を言ってるか分からないが、魔王の力だ。お前を殺すには十分な力だろう」


 警戒するような聖女の目線。

 あれだけ殺されたがっていた割に警戒……?


 やはり何を考えているか最期まで分からん奴だったな。


「言い残す事はあるか。聞いてやらんでもない。あぁ、聖王国は心配するな。蹂躙してやる」


「それは願ってもない事ですが……そうですね。一つだけよろしいでしょうか」


 続きを視線で促す。


「ありがとうございます。イザベラ様は、()()というものをご存知ですか?」


 吸い込まれそうな程に綺麗な金色の瞳が私を覗く。


 カガク?

 何だそれは。


「……いや、知らんな。それが何だ?」


 最期に聞くことがそれか?何か重要な事なのか?

 知らないと答えたが、聖女は考え込むように俯き、顎に手をやる。


「……そうですか。ならば心残りはありません。貴女との会話、人生で一番楽しかったですよ」


 何だか分からんが、納得したようだ。

 さらばだ、聖女よ。


「そうか。先に地獄で待ってるがいい。土産話は期待しておけ」


 どうせ私も地獄行きだ。


「はい!首を長くしてお待ちしております」


 元気良く笑顔で答えた聖女。

 その首を斬る直前、瞳の奥底には期待の色があった。


 水晶のようなその美しい瞳は、もう私を写してはいない。


 聖堂騎士が部屋に突入したと同時に、聖女の首は私の手刀によって斬り落とされた。




 ◇◇




「ままならない、ですか?」


 あれから少し経った後、私の独り言を聞いていたのかソルディア卿が私へ伺うように聞いてきた。


「あぁ。……聖堂騎士の役目は聖女様の守護だが、騎士団長はそれとは別に考えることが色々あるものだからな」


「教えてはくれないのですね。助け舟まで出してあげたのに……」


 困ったように眉を曲げられてしまった。

 ……質問責めに草臥れそうになったのは事実だ。


「はぁ……。任務に集中しろと言っておいた筈だが」


「はいはい、分かりましたよ騎士団長サマ」


 ここで話すには少々際どい話題だ。

 周りには警戒にあたっている聖堂騎士が三人もいる。誰がどこで聞き耳を立てているか分かったものではない。


「実際どうなんです?あのお姫様。相当ヤるでしょ?」


 また軽快な口でソルディア卿が聞いてくる。

 この程度ならば情報共有で済む、か。


「……彼女の戦闘技能を直接目にした訳では無いが、聖女様が直々に迎え入れているところを見るに魔王討伐は事実なのだろう」


「やはりオルフェン殿もそう考えますか」


 私は頷き答える。


「そして、殿下の技能はそれだけではない。僅かな情報だけで私の心の内を暴いてみせた事もあった」


 弱いくせに手段に拘るな、と喝を入れられた時は頼り甲斐があるように見えてしまった。


「なるほど。どうやら我々の敵は一筋縄ではいかないようですね」


「……?」


 我々の……敵?



 その瞬間は唐突にやってきた。



「ッッ!!!!」



 凄まじい魔力の波動。

 殴られたような衝撃。

 この冒涜の象徴のような昏く赤い魔力。



「殿下!」


「聖女様!!」



 我々は応接間へ急ぎ足を走らせた。

 会談の内容を聞かないように少し離れた位置で待機してしまっていた。


 くそ!殿下を信用し過ぎてしまったか?

 いや、あの方は善良な血筋を感じた。信じたい気持ちはある。


 この魔力は何かの間違いで、聖女様の身に何かが起きたのかもしれない。


 殿下……!


 我々が扉を開けた時、目に映ったのは殿下が聖女様の首を落とす場面だった。


 ボトリ、と重い音が流れ、全員があまりの事態に動けなくなっている。

 首と離れた胴体からは赤黒い血が噴水のように流れ出し、錆臭い匂いが漂っている。


 その血錆が、現実だと告げている。


「遅かったな、オルフェン」


 男神聖堂の前で見た顔と同じ顔で、黒い槍を持ちながら私を迎え入れた。


 その瞬間、私以外の四人の聖堂騎士が一斉に殿下へ斬り掛かる。


 もちろん、中にはソルディア卿も混ざっている。

 まさか彼も聖女様を喪う事になるとは夢にも思わなかっただろう。


「天風剣!」


「光輪脚ッ!」


「流水剣!」


「……炎帝閃」


 それぞれが極大の魔力を用いて殿下へその切っ先を向かわせる。

 一つ一つが部屋を抉り取り、壁を破壊し、天井すら破壊した一撃だ。部屋の中はまるで嵐。ただの騎士では立っていられない程の強風に眩い光、鋭い津波のような瞬剣に灼熱の一撃。


 どれを取っても一級の魔物に致命傷を入れられる程の攻撃だが……。


「"絶望と虚無(ディスペアヴォイド)"」


 手に持つ黒い槍でその全てをかき消し、一切の余波を感じさせない姿。

 禍々しく亀裂の入った身体に、僅かながら角まで生えている。


「……ありえ、ない」


「人間じゃない、のか?」


 あれでは、まるで魔王のようだ。


「なんだ、聖堂騎士と言ってもこの程度か。期待したんだが……魔王の魔術で止められる程度では話にならんな」


 魔王の……魔術?

 やはりあれは魔王の力らしい。


 さて、観察は終わりだ。

 そろそろわたしも動かなくてはなるまい。


「全員聞け!聖堂騎士第一席、オルフェンの名のもとに逆賊イザベラを屠る!ダナロス、スカハナは側面から攻撃!ソルディア、アレドナは私の援護だ!」


「……やはりお前は聖堂騎士だったか。やけに反応が薄いと思ったんだ」


 やはり見透かされていたか。

 私は聖騎士団長であり、聖堂騎士でもある唯一の騎士だ。


 かつてないほど勝ち目の見えない相手に複数の聖堂騎士で挑むなど今まで無かった。


 ははっ……これは。

 余りにも絶望的と言えるだろうな。


 笑えてくる。


「悪いな、私はやらなければならない事がある。お前達に構っていられないんだ。……悪魔の左腕(さわん)


 そう言って我々の剣戟を難なく防ぐイザベラ。

 今まで死に物狂いで鍛え上げられた魔力、剣技、体力、膂力。

 その全てが真正面から否定されていく。


 そして。



災厄の受肉カラミティインカーネイト


「……あぁ…………神よ…………」


 イザベラの左腕が巨大なまでに膨れ上がり、我々は纏めて押しつぶされた。

 そこには技術も何も無く、圧倒的な力によってただ蹂躙されただけだ。


 私は教皇様から直々に贈られた聖なる剣を地面に突き立て、なんとか立ち上がる。

 己の身だけは防御が間に合い、全身が痛む程度で収まったが……。


「…………ッ!」


 ダナロス、ソルディア、スカハナの三名は見るも無惨な肉塊となっている。

 残るアレドナも片腕を吹き飛ばされており、まともには戦えないだろう。


 敗北、だな。

 分かり切っていたが、やはり悔しいものだ。


 そう思っていると、イザベラは私に怪訝な顔で語りかけてきた。


「……分からないな」


 その圧倒的な力を持ってなおも警戒を怠らないイザベラは、私を見つめて疑問を口にする。


「おや、あの傲岸不遜な殿下にも分からない事がございましたか」


「ははっ。茶化すんじゃないぞじじいめが」


 全身が痛む中、私は笑う。


 最期なんだ。

 思い切り笑ってやろう。


「お前はこの国を見限っていると思っていた。聖女殺しは確かにこの国から追われるだろうが、国ごと破壊してしまえばいい。……なぜ私と敵対した」


 なんだ、そんな事か。

 分かり切っているだろうに、そんな簡単な事に気づかないとは殿下もまだ経験が足りないといったところか。


「殿下には分からないでしょうなぁ。国が滅んでも、信仰は消えぬものです。私の中にある信仰が、静かなる鼓動が、今も奥底で慟哭しているのです」


「……?」


 まだ分かりませんかな?


「弱い私を作り出したのは信仰です。しかし……弱き私を支えてくれたのもまた信仰という事です。弱い男の戯言だと思ってくだされ」


「信仰に殉じると、そう言うのか」


「くだらないと?案外、気分が良いのですよ。殿下も始めてみては?」


「くはっ。今からか?流石に間に合わんだろう。それに……じきに奴が顔を出すかもしれん」


 イザベラの槍を持つ手に力が入った。


「そろそろ終幕だ」


「そうですか……ならば私も、幕引きといきましょう。『"天剣"』」


 最後の力を振り絞り、ヒビが入りそうな信仰の剣に魔力を通していく。

 青白く煌めくその剣は、最早私を照らしてはいない。


 その理由は明確だろう。


「殿下、私は貴女を最期まで嫌いになれませんでした。どうか貴女を導く光が、最期まで照らされますようあの世でお祈り申し上げます」


「格好だけの……馬鹿めが」


 そう口にした殿下は、一切の躊躇を無くしてその大槍を剣ごと私を引き裂いた。


 こんな時にまで涙を流すとは、やはり経験が足りませんな。老兵に流す涙などいりませぬ。



 貴女の道筋に、幸があらんことを。


 

聖王国編、終了です。

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