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セラフィエルの憂鬱  作者: 笑顔猫
王宮動乱編
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閑話 セラフィエルの憂鬱

 


 人間は愚かである。


 曖昧にして蒙昧。

 まるで無知。

 その無知を知ろうともしない、愚か者だ。


 この世には無知の知、という概念がある。

 自分が如何に何も分かっていない存在であるかという事を()()()()()という事だ。


 自分が魔力の存在を使いこなせていると思い込んでいる人間ほど、魔力の使い道に対して思考停止してしまうものだ。


 慢心である。

 今の人類は、慢心している。 


 数えるのも莫迦らしくなる程の年月をかけた私の箱庭は、今も発展を阻害されている。


 いや、自ら阻害している。

 それは『魔力』に支配された世界。


 己で思考することを止めた停滞の黄泉。

 純然たる慢心の墓場である。


 発展を拒否した()という生き物は、醜悪な臭いを放ち周囲の果実すらも腐らせ、やがて朽ち果てる。


 私はどうやらそれが許せないようだ。


 人間には無限の可能性がある。

 無知蒙昧の輩である『白紙』が故に、何者にでもなれる力を秘めている。


 何者でも無い故に、何者にもなれる。


 私が誕生した頃は目覚しい発展を遂げていた筈だ。

 人種が誕生し、繁殖し、道具を発明し、効率を求めた。

 人体にも効率的な構造が生まれている。

 血管、神経、脳。その全てに合理が存在するように人類は進化した。


 それは生存する上で極めて重要な役割である筈だ。

 私はその美しい構造に目を奪われ、人間を果てなく観察していた。


 人が生まれる繁殖行為、腹の中で形成されていく人の形、遺伝子構造、性別の差。

 その全てが私を魅了する。


 気づけば私は魔神から独り離れ、その姿は人間を模した形へと変貌した。

 人間への期待が、私という意思の存在に影響をしてしまっていたようだ。


 人間は素晴らしいものだ。


 上から下まで、つま先から髪の先まで。

 その全てには合理が宿り、気が遠くなるほどの年月をかけ、美しい程の効率性を求めた身体がある。


 そう、私は人間が好きなのだ。

 心の底から期待している。期待してしまっている。


 愛してしまっている。


 なればこそ、今のこの人類の停滞を許す訳にはいかない。

 この数万年に渡る停滞を、見過ごす訳にはいかない。


 その根底にあるものは、魔力だ。

 魔力など、消えてしまえばいい。誰一人、使える者がいなくなればいい。


 人類が発展していたあの頃は、魔力など存在していなかった。

 美しき合理を秘めた人体が作り出された頃は、魔力になど頼ってはいなかった。


 それぞれが生存本能に従い、生存競争に勝ち残るための進化を遂げていた。


 それが、今や見る影も無い。

 言わば魔力の奴隷である。


 そんなものは人間の本来の姿ではない。

 人間は、進化していくべきである。


 そのために私は停滞した世界の人間を間引いてきた。

 成長も発展もしない人間を間引き、私の箱庭をより美しく進化させようとした。


 だが、何故か上手くいかない。


 私はまずこの世界から魔力を消そうとした。発展を阻害している大きな要因の一つは魔力の存在があるからだと思ったのだ。


 だが、失敗した。

 魔力は消す事は不可能だった。

 我らが父である魔神サタエルが人類に残した汚濁は、私ごときでは排除できなかったのだ。


 次に私は一人の人間に我が力を与えてみる事にした。

 その人間は神の力を持ち、神の知恵を持ったまま人間界に降り立ち、世界の発展に寄与する筈だった。


 だが、失敗した。

 その神の子は、良くも悪くも人間だったのだ。

 力に溺れ、知恵に溺れた。世界の発展どころか、自ら進化を止めた愚物と化したのだ。

 私はその世界ごと破壊した。


 その次は、力と知恵を別々の人間に与える事にした。

 神の力と知恵を、それぞれ別の人間に与えることで影響し合い、発展を期待したのだ。


 だが、これも失敗した。

 神の力とは、強大過ぎたのだ。そやつは己より知恵を奪ったとして神の知恵を持った者を殺害し、発展の可能性を自ら捨てたのだ。

 私は神罰として聖魔法を放ち、その地を赤く染めた。


 最も新しい試みとしては魔王システムだ。


 だが、それも機能しているとは言いづらい。

 魔王システムは停滞した人類を追い込み、強制的に人類の発展を促すための促進剤として私が開発したものだ。


 共通の敵に対し、人間同士協力して切磋琢磨し、技術を発展させ、進化を遂げる。

 期待の一手だったが、人類は魔力を与えたのは私だと言い張り、信仰に殉じて知恵を捨ててしまった。


 魔力を与えただと?腹立たしい。

 それは我らが父の愚行であるが故の汚濁だ。


 信仰における大黒柱の聖女システムは、昔の知恵者の名残りだ。

 今となってはあれは私の声を人類に届ける為の大いなる存在。

 神の代弁者そのものだ。


 今代の聖女は腹に一物抱えているようだが、まぁ知ったことでは無い。


 何があろうと、人類が自ら考え、発展していく事が最重要視されるべきである。

 その為の犠牲など、取るに足らんものだ。


 私はそう考え、ふと思い出す。

 人類を愛し、好ましく観察していた頃の私を、否が応でも思い出してしまう。


 ……憂鬱である。

 私は一体何をしているのだろうか。


 人類の発展を願うばかり、思うばかりに人類をこの手で間引いてしまっている。


 私は神ではない。

 神のフリをしているのだ。


 今も昔も変わらない。ただ観察していればよかったのだろうか。

 そうすれば今頃、進化を遂げていたのだろうか。


 私は間違えているのだろうか。



 ……そう思っていたある時。

 また私の箱庭をやり直す事に決めたその日。

 懐かしいと郷愁を覚えるほどの、それにしては小さな力を宿した人間の男を見た。


 あれは我らが父、魔神サタエルの真の力だ。


 ある日降り注いだ魔力は、魔神サタエルが消え去った時の衝撃による副産物だ。決して真の力を何者かに宿す程のものではない。


 しかし、その人間は本物の神の力をある程度制御し、己の力としていた。


 ……正直言って驚いた。

 力の総量としては大した事はない。

 私の命を脅かす程のものではない。


 だが、侮っていた。

 個人に対して私の聖魔法を放つなど、神の子以来の事象である。


「私は……強かった…………か?」


 男は死の間際にそんな事を聞いてきた。

 己の実力を確認したかったのだろうか。


 さもありなん。

 それほどの、魔神の真の力を本気で扱える機会など今まで訪れなかったであろう。

 それに、人の身では過ぎた力だ。やがて精神は魔神の意志の欠片に染められ、自我が崩壊してしまうことだろう。


 ……仕方がない。答えてやろう。


「持たざる者よ。お前は確かに強かった」


 魔神の子よ。

 魔神に与えられた魔力を持つ事を許されず、黒の力に振り回された、愛を持たざる者よ。



 お前は強かった。


 そう、強かったんだ。



 安心して逝くがいい。

 そして、来世もまた強く生まれるがよい。


 未来の人類は、私が発展させてやる。



 お前の犠牲など、無駄にはさせぬ。



 私は人類を愛し、期待し、成長させ、発展し、進化させる義務がある。

 私が直接間引いてしまった人々に報いるためには、立ち止まる訳にはいかない。



 後戻りなど、できぬものか。



 

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