第68話 神託
時系列少し戻ります。
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『……神は、沈黙されました。
しかし、言葉にせずとも私に授けてくださいました。
ーー祝福ある地と、そうでない地を分けよ。
病に覆われし土地は、もはや救済の埒外にある。
そこに手を伸ばせば、祝福ある者まで失われる――
これは慈悲ではありません。
それでも、これは神の御心です』
言った。
言い切ってしまった。
声は震えてなかっただろうか。
見抜かれていないだろうか。
うるさいくらいに心臓が音を立てる。
この鼓動が外まで聞こえてしまうのではないかと思ってしまう程の静寂だ。
きちんと伝わっただろうか、私の意思は。
お前達はいつも都合のいい解釈をするだろう。
良いように使うだろう。
伝わってほしいんだ、絶対に。
頼む、頼む、頼む。
頼む。
地獄のような静寂の後、そこへ……。
「……なんという事だ。神は、犠牲を所望しておられる」
…………!!!
教皇に伝わった!
できた!私にもできるんだ!
……いや、喜んではいけない。
感情は悟られるし、喜ぶような内容でもない。
上がりそうな両端の口角を気合いで押しとどめる。
「おお、神よ……この病に汚染された地は、背信の地だと言うのですね」
「それが神の正義であるならば、正義の執行を」
枢機卿と聖堂騎士もそれぞれ続いて解釈を垂れる。
言葉にする事で解釈の相違を確認しているのだ。
間抜けで中身の無い言葉だ。
だが、これでまず一歩進める。
「……申し訳ありません。今回の神託は負担が大きく、非常に疲れてしまいました」
一刻も早くこの場から抜け出したい。
ずっとここに留まると嘘を見抜かれてしまうのでは無いかと、とても不安になる。
激しく脈を打っているハズの心臓が凍えてしまいそうだ。
「これは気が利かず大変失礼いたしました。修道女を呼んでまいります」
私の言葉に反応した司教が急ぎ行動し始める。
だが、優しげな瞳の白髪の老爺はそれを許さなかった。
「聖女殿、大変お疲れのご様子で」
「……ええ、とても」
教皇グレゴリウス。
私が最も警戒し、そして私を最も警戒している男だ。
「我らが神は民に試練をお与えになったのですね。ですが、それも当然でしょう。神の試練に乗り越えられぬ者は、皆等しく聖堂騎士により裁かれるのですからな」
その通り。
私の神託によって、疫病に侵された村落や地区は背信認定をされるという事だ。
この国での背信行為の末路は決まっている。
死罪。
その場での騎士による斬首が認められている。
……そして、それを宣言したのは私だ。
私は確実に地獄に落ちるだろう。
でも、地獄に落ちるまでの僅かな間だけ。
少しだけでいいから、もがく事は許してもらいたい。
「私の意見を述べる意味はありません。私はただ、神の言葉をお伝えするだけ。そうでしょう?教皇猊下」
「……その通りです。今まで通り、お願いしますよ」
今まで通りとは、都合の良い解釈を黙って受け入れろという事だ。
教皇は唯一、私を恐れている。
何故なら私がいつでも嘘をつけると分かっているからだ。
そして、私が嘘をついたとしても誰にも分からず、誰にも私の言葉をひっくり返せない。
だからこうして釘を刺してくる。
「余計な事はするな」
と、そういう事が言いたい訳だ。
だからこそ私の神託を一番疑っているのはこの教皇だ。
だが、今回は上手く切り抜けられた。
教皇もパンデミックについては手を焼いていたのだろう。
実際、聖王国としてもこのパンデミックは脅威なのだ。他国に癒者を斡旋したくないと思う程には対処が難しく、尚且つ終わりの見えない病魔。
脅威じゃない訳が無い。
そんな中、汚染地域は救済の埒外であるという神託が齎された。
救うのが難しい地域を、信仰の名のもとに切り捨てる事が出来る神託だ。
都合の良い事に、国内では問題にはならない。
病を患った者は消えてもらうことで感染拡大を阻止できるし、健康な者は試練に打ち勝ったと思い込める事で、より信仰心が高まっていくだろう。
高まった信仰心により、黒死病に罹患した民間人の虐殺はむしろ背信者への必罰とされる。
みんな喜んで国に罹患報告をしてくれるだろう。
そして、自分達はちゃっかり癒者を抱え込む。
万が一自分が罹患した場合、黒死病ではなく他の病だと主張して治してもらうのだ。
これで国内での感染拡大は阻止される。
他の国では実行不可能な対処法だが、我が国ではできる。
ただ、問題が一つある。
それも、とても大きな問題が。
「……神のご意思のままに」
私はその問題を引き起こす為にこれを計画したんだ。
その大きな問題でこの国をぶっ壊す。
さすがの教皇も気づかないだろう。
魔王討伐の知らせを虚報として疑っているなら尚更気づけない。
その問題とは、聖王国の悪逆非道を許さない人間が現れる事だ。
獅子姫、イザベラ・ルシアン・アストリア。
この女は、恐らくこの地に来る。
私はセラフィエル様から与えられた知識によって魔王の存在を認識している。
勿論、脅威も。
その魔王を、存在が確認されてから最速で討伐してしまっているのがイザベラという女だ。
討伐までが早過ぎて、各国が魔王の存在を疑い、その脅威を認識できずにいる。
私ですら疑ってしまうほどに。
でも各地で魔人が現れている報告がある。
つまり魔王は存在していた、という事だ。
確認できた魔王を、被害が出る前に最速で討伐する正義感。
そして、その行為は他国から評価を受けづらい。
それでも危険を顧みずに自ら脅威に立ち向かって戦う者。
間違い無く、私の神託を許容できない人間だ。
あぁ、早く来てくれないか。
イザベラ。
イザベラ。
イザベラ!
まだ見ぬ貴女に焦がれている。
『出会いは全て必然だ。だからこそ、全ての必然を蔑ろにしてはならない』
貴女と私が出会うのは必然だ。
そうでなくてはならない。
聖堂騎士が全てを切り捨てる前に、この国を滅ぼしてくれないだろうか。
◇◇
「気色が悪いな、お前」
なんて口の悪い方なんでしょう!
でも、そんな貴女も素敵……。
眉をへの字にしながら私に罵声を浴びせるイザベラ様は、魔王を単独討伐する程の力を持つ人間。
私は、勘違いをしていた。
姫とは名ばかりのムキムキの人とか、単独討伐は嘘で大人数での行軍の末の討伐、その指揮官とか。
正直言って、そんな人間を想像していた。正義ではあるが、魔王は簡単には討伐できない。
どんな方法で切り抜けたのか……。色々考えたが、答えはシンプルだった。
超強い女。
ただそれだけだった。
圧倒的な個の力。一人で森を駆け抜け、一人で魔人を殺し尽くし、一人で魔王を殺した。
まさに私が求めていた人物。
本当に、本当に、本当に。
セラフィエルに手が届くかもしれない。
まるで太陽。まるで月。まるで星。
まるで、神。
イザベラ様は、まるで神なのだ。
人間のフリをした神。
その精神性、生き様、力、考え方。
全てが人間らしい。
それは異常だ。
まるで神の力を持つ存在が、人間のフリをして下界に降りてる。そんな違和感。
それに……。
セラフィエルは逆だ。
アレはまるで、神のフリをした人間のようだ。
「ルミナスよ、結局お前は何がしたいんだ?」
おや、話しかけられてしまった。
我が神よ、お答えしよう。
「貴女様に殺されたいのですよ」
そう、ただそれだけ。
私の命は、ただその為に。




