第64話 騎士
「ゲリウス卿、何か急ぎの用があったのでは?」
ソルディアと呼ばれた男がさらなる助け舟を出してくれる。
「むぅ……この小娘、次会ったら覚えておけよ」
「あぁ、もちろんだ。中々忘れられなさそうだ」
舌打ちをしてそのまま走り去っていくゲリウス。
全速力で走った事が無いのか、足がもつれて転んでしまいそうだ。
ところで……。
「お前はソルディア、と呼ばれていたか」
「……ええ、お初にお目にかかります。殿下」
そう言うと、ソルディアは騎士の礼をとった。
こやつにはバレていたか。
まぁ、私はバレていた事にも気づいていたが。
「先程は無礼な口を叩いてしまい申し訳ありません。ゲリウスにはさっさと退場してもらう方がいいかと思いましてね」
優男風に微笑みながらゲリウスをなじる。
まぁ、嫌われていてもおかしくはない奴だった。
指には宝石のついた指輪をいくつもしていた。服装も私が裕福だと一発で理解できるほどの精緻な出来の法衣だった。
見栄えを気にしているのはプライドがあるからだ。見栄っ張りで肥大した自尊心の塊のような人間だ。
「そうか。……そんな事はどうでもいいんだが、『男神聖堂』というのはどこだ?」
私のそもそもの目的はそれだ。
男神聖堂の経営者に会ってみたい。それと、そこに逗留するようにしたい。
「ほう……アストリアの獅子姫殿は男神派ですか。何を隠そう、この私ソルディアも男神派でして」
「……獅子姫?」
おい、まさか。
「はい。幼少期にかの有名なアストリア魔法学園大学にて腕利きのテロリストを単独撃破したとか。凄まじい活躍はこの国まで届いておりますよ」
「………………二度とその名で呼ぶな」
恥ずかし過ぎる。
その名はまるで私が制御の効かない獣のようではないか!
「あまりお好きではないようですね。他の騎士達にも伝えておきましょう」
他の騎士達、ね。
「はぁ。是非そうしてもらおう。ひとまず男神聖堂まで案内しろ」
「承りました。このソルディア、姫様を無事男神聖堂までご案内いたしましょう」
恐らく、こいつは聖堂騎士だ。
強靭に練り上げられた魔力、隙の無さ、佇まい。
それにこの年齢でありながら、あの自尊心の塊である枢機卿のゲリウスが気圧されていた。素直にソルディアの言う事を聞くのは、こやつの力がゲリウスと同等か、それ以上だからだろう。
「……ソルディア」
「はい?」
少し探りを入れてみるか。
オルフェンとは違う空気感を持つこの男が、どの程度聖女に賛同しているのか。
気にならないとは言えば嘘になる。
「黒死病の罹患者について、どう思う?」
私がそう聞くと、ソルディアは深い笑みを携えて口を開いた。
「万死に値する愚者共です。できるならこの手で全て殺し尽くしてしまいたいと、心から思いますよ」
◇◇
狂信者と共に聖都を歩く。
正直コイツはヤバい。戦力的にも、思想的にも。
こんなのがうじゃうじゃいるなら、アストリア王国が強気に出られないのも頷ける。
「殿下。魔王を討伐したというのは本当なんですか?」
「あぁ。証拠は無いがな。聖女は分かってくれるだろう。何せ、神託があるんだろう?」
魔王が打ち倒された事は確実にセラフィエルに伝わっている。
何らかの反応が聖女に対してあったはずだ。
その神託の密度も分からん。
どんな内容なのか、どこまでがセラフィエルの意図なのか。
なぜ、聖女にだけ神託を下すのか。
分からない事が多過ぎる。この辺は直接聖女と話さなければならないだろう。
「えぇ、その通りです。麗しの聖女様は我らが神と同様、全てを見ておられます」
コイツの事をヤバいと思ったが……阿呆なのか?
全てを見ているのは盛り過ぎだ。
そんなの、セラフィエルにもできない。
聖女は分からんが、セラフィエルが見ているのはこの世界の未来と展望だろう。
今を生きている人間や、その個人の感情や信仰などに興味は無いに決まっている。
もし今を生きている人間に興味があるなら、この病を放っておく訳が無いからな。
「………………………………ぁ?」
「……?イザベラ様?」
私はつい立ち止まってしまう。
セラフィエルの目的は不明だと思っていたが……ヒントはもうあったのかもしれない。
あの女は個人には興味が無く、人類を滅ぼす為に魔王を生み出す。
しかし、未来に希望を持っている事は確実だろう。
実験を繰り返すのは欲しい成果があるからだ。それを期待している。
ただし、今の世界には興味が無い。
それはこのパンデミックを放置している事からも明白だ。
いや…………違う。
パンデミックを放置しているのは人類だ。
私はこれを停滞だと感じたはず。
……それは、あの女も感じていたのでは?
「……そうか」
前世から数千年は経っているこの世界が技術的に発展していないのは、『停滞』しているからだ。
この停滞はセラフィエルによって起こされているものか?
違う。停滞しているのは、人類だ。
何故停滞した……?
「あの……殿下?」
「黙っていろ、気が散る」
ソルディアは困惑顔をこちらに向けている。
「えぇと……」
「喋るな、何も考えるな、息もするな。あっち向いてろ」
この停滞を生んでいるのは何だ?
パンデミックについてから考えよう。
思い出せ。
暗い海の底にしか存在しない、私の記憶の宮殿よ。
考えろ、考えろ、考えろ。
黒死病が流行ったのは人類のせいか?
いや違う、黒死病自体はセラフィエルが生み出したものだ。これは停滞ではない。
黒死病にかかった人類に非はあるか?
これも無い。あそこまで強力な感染力があれば誰でも罹患するし、誰でも死ぬ。
じゃあ、黒死病を治せないのは?
これは……人類のせいだ。
癒者の派遣をしない聖王国も聖王国だが……そもそも魔法以外の治療に頼ろうとしないのは人類の怠慢だ。
これが停滞の正体。
魔力の存在だ。
過去に私は、セラフィエルは魔力の無い世界を作りたいのかと考えたが……。
それは不正解だ。
あの女は……この世界から魔力を無くしたい訳ではなかった。
もしこの世界に魔力が存在しなければどうなった?
この病に対抗するために人類は抵抗するだろう。魔力を用いる以外の方法だ。迷信や村に伝わる治療法など、今でも魔力以外の治療法は噂程度だが確実広まっている。
だが、誰もこの病に対しての治療策を本格的に考えようとしていない。
「………………試練」
そう、これは試練だ。
セラフィエルが今の人類に興味が無いなどとんでもない。
興味は大アリだ。
この疫病に対し、どんな抵抗を見せるのか。
どんな解決策を用意するのか。
どうやって『停滞』から抜け出すのか。
あの女はそれが知りたいのだ。
そして、その結果は未来に繋がっている。
停滞の無い世界、魔力に頼らない世界。
あの女の期待はそこだ。
私も、停滞していた。
気付かぬ内に、このままでいいと思い込んでいた。
それは前世でも今世でも変わらない。
セラフィエルは、私を殺した訳ではなかった。
停滞した私の世界を破壊したのだ。
「私は…………」
私も……クロエすらも気づかなかった。
自らの停滞に甘んじ、成長を放棄していた。
前世で破壊された停滞に怒りを抱き、理不尽な復讐を企てる騎士。
なんと醜い騎士なのだ。
目の前が真っ暗になったように感じる。
私が今世でしてきた事は一体……。
「あの……そろそろ行きませんか?」
「…………」
腹が立つ程のハンサムな瞳を覗く。
光を映しているのは表層だけ。瞳の奥には狂信的な妖しい輝きを放っている。
…………黒死病を、乗り越えねばならない。
私の思惑も、あの女の思惑もひとまずはどうでもいい。
私が生きているのは今だ。
今この世界で起きている問題は、今生きている私達が解決しなければならない。
「あぁ、もう大丈夫だ」
セラフィエルよ、我が宿敵よ。
お前は数千年先の良き未来を見据えているのかもしれない。
だが、私は今を生きているぞ。
今を生きる人類が、今を良くしようと努力し、もがいているんだ。
「……馬鹿な女だ」
お前には決して分からないだろう。
分かってもらうつもりも無いがな。
セラフィエルよ。
やはり、お前とは気が合わないな。




