第63話 裕福
『女神聖堂』にたどり着いたが、また待機だそうだ。
案内役である女性の聖騎士が来るまでは何もするなとオルフェンに釘を刺されてしまった。
またもや不毛な時間が生まれてしまった。
この『女神聖堂』の経営者らしき男と挨拶もしたが、いたって普通の男だった。
まぁ、ただの金持ちが高級宿を建てただけだからな。私が評価しているのは『男神聖堂』の方だ。
後発者利益というものをよく分かっている。
それに、名前もいい。
一発で覚えられるし、男神派は間違いなくそちらの宿を利用するだろう。
もし派閥が人口の半々だとしたら、『女神聖堂』の客を名前だけで半分奪った事になる。
とてもスマートでクレバーなやり方だ。
ポイントは、経営者が男神派でなくてもいいという点だろう。
経営者がどう思おうが、男神派の客は勝手に『男神聖堂』を利用する。
私でも全く同じ事をするだろう。
人を支配する能力に長けていて、目的のために手段を選ばず、誰よりも早くそれを実行し、それが敵の急所である。
凄まじい能力だ。
ふむ、そう思えば思うほど会いたくなってきたな。
じっとしているのも性に合わん。
それに、『女神』の聖堂などには居たくない。まるであの女の腹の中にいるような気分だ。
「よし、抜け出すか」
オルフェンには悪いが、魔神の力に目覚めてからどうにも堪え性が無くてな。
今の私には感情のブレーキが足りていない。
自覚していてもどうしようもないから諦めているが。
なるようになる。許せ、オルフェン。
普通にそのまま扉を開けてしまえば脱走がバレてしまうだろう。いや、いずれはバレるのだが。
ひとまず窓から脱出しようか。
街下を見下ろすようにその窓を見つめた。
外を映す透明なガラスに手を当てた時、ふと思う。
……あの頃を思い出すな。
在りし日の私とアルベールは、外の景色を見ようと思い二人で城を抜け出したんだ。
鍛え上げた身体と魔力を用いて森を駆け抜け、魔物を駆逐し、目的も無くただ走った。
ただ、そこで目にしたのは……。
「ウルネラ村、か」
病により崩壊した村、ウルネラ村だ。
あの時から黒死病の兆候はあったのだ。私が気づけなかっただけで、対応が遅れた。
魔王アーサーもあの頃から身体を蝕む呪いに耐えていただろう。
…………呪い。
セラフィエルはアーサーに呪いを与えたのだ。この恐ろしい病と共に。
だが……誰もこの病を調べようとしない。
解明しようとしない。
研究しようとしない。
選ばれし者だけが魔法による治療を受け、それ以外の者は病が運ぶ死に恐れ、迷信に惑わされ、隠蔽する。
そして、死の風が過ぎ去る。
停滞だ。
世界の危機に、誰も立ち上がろうとしない。
セラフィエルは今もこの世界で実験しているはずだ。この病に人間がどう立ち向かうのかを、上から眺めて観察している。
目的は……謎だ。
だが、セラフィエルは人類に何かを期待している。
試すように何度も実験を重ねているのはそのためだ。
……この世界を失敗作になどしてたまるものか。
私は必ず阻止してみせる。
世界のリセットを、延々と続く理不尽な死を。
◇◇
それはそれとして、高級宿を抜け出す事に躊躇いは無い。
窓を勢い良く開けた私はそのまま飛び出し、聖都へただ一人降り立つ。
この解放感、この高揚感。
やはり半拘束されるのは性に合わん。
女性の聖騎士も楽しみだったが、それより男神聖堂に興味がある。
道行く裕福そうな民に場所を聞くか。
丁度横を通りがかった、見るからに裕福そうな太った男を呼び止める。
「おい、そこの豚。『男神聖堂』ってのはどこだ?」
「ぶ、豚!?豚だと!?」
私が一言声をかけると、振り返りながら唾を飛ばして怒り出す男。
「あぁ、すまん。急いでいたようだから、引き止めるために強い言葉を使ったんだ。悪かったな」
「こんの小娘……ッ!私を誰だと思っている!」
……臭い。
何だこの男は。
「『男神聖堂』は何処だ?方角だけでいいから教えてくれ」
「だからっ!私を誰だと思っている!」
…………?
そう言われてもな……。
「……お前は誰だ?」
「ゲリウスだ!私は枢機卿だバカ娘!」
ほう、ほうほう!
枢機卿!
裕福そうな奴を選んだが、一発で大物を引き当てるとはな。
「その枢機卿サマがこんな所で何を急いでいたんだ?」
「む?……お前には関係の無い話だ。この私を豚呼ばわりした挙句、更に生意気な口を叩くとはな。全く……」
すごい熱量で怒っていたな。
豚と呼ばれるのが嫌なら痩せればいいものを。
せっかく聖堂騎士とかいう強者がいるのだから、お手本にして身体を鍛えればいい。
ま、コイツの武器はそれじゃないだろうが。
「貴様の家名を教えろ!今は時間が無いが、後で私から直々にお前の家に手紙を送ってやる。さあ、言え!」
……どうしたものか。
多分だがコイツ、私が来訪してきた事を知って大聖堂から慌てて走ってきたんじゃないか?
でなければ枢機卿ともあろう人物が自らの足でこんな所まで来ないだろう。
「なんだ?言えないのか?今更後悔しても遅いぞ。私はもうお前を許す気は無いのだ!」
怒り過ぎだろう。
人の上に立つ者は余裕を持たねばならない。
民から批判が起ころうとも、配下の者から苦情が来ようとも。
それを素直に受け止め、認める事が為政者たる第一歩だ。
素直さというものは、何にも変え難い人間の成長の種である。
「ゲリウス枢機卿殿、そこまでにしてあげて下さいよ」
どう答えようか悩んでいたところ、横からハンサムな若い男が救いの手を差し伸べてくれた。
「……ソルディア卿」
なんだなんだ。
誰だ、こいつは。
「年頃の女子に激しく詰め寄るのは美しくありませんよ。枢機卿なのであれば、相応の対応というものがあるでしょう」
「なんだと!こやつは私を豚呼ばわりしたのだぞ!」
思い出したかのように唾を撒き散らして吠えるゲリウス。
その様子を見て、若い男は手を叩いて笑った。
「ぶっ!アッハッハ!豚なんて言ったの?君が?よりによってゲリウス卿に?」
ツボに入ったようで、腹を抱えて笑っている。
「いや私は……」
『男神聖堂』の場所を聞きたかっただけなんだが。
「貴様!さっさと家名を答えんか!」
混沌とした場になってしまった。
思わず白目をむいてしまいそうだ。
◇◇
あのイザベラ・ルシアン・アストリアが来てる。
この聖都に!
会いたくて、会いたくて。
今にもこの心臓が飛び出て死んでしまいそうだ!
私はいても立ってもいられず、その場でゲリウスに迎えに行くように命じてしまった。
表向きは一国家の姫が来訪しているのだから、それなりの立場の者が迎えに行くのが筋だろうと。
それこそ賓客だ。アストリア王国の国力を考えると、聖王国における聖女と等しい程の立場であると思わねばならない。
まぁ、実際のところは早く会いたいから何も考えずに感情のまま命令してしまった訳だ。
私はなんの力も無いただの聖女だ。枢機卿を動かす権力も無ければ、国を動かす武力がある訳でもない。
それでもあのゲリウスが慌てて迎えに行くということは、私は凄い剣幕で命じたに違いない。
見た事のない聖女の様子に、本当にただ事ではないと滑るように外へ向かったゲリウス。
滑稽にも程がある。
さて、こちらもお迎えする準備をしなくてはならない。
着ている衣服に乱れが無いかを鏡で確認する。
あの方はきちんと理解してくれるだろうか。
きちんと、殺してくれるだろうか。




