第62話 聖都
「ようやく聖都が見えてきたな。……なんだ?あの無駄にデカい壁は。まるであの中にいる奴らの無駄なプライドの高さを揶揄しているようではないか。なぁ?」
「なぁ、と申されましても……。私にはお答えしかねます」
退屈だった馬車移動が終わりを迎えそうだ。
そう確信させてくれるのは、徐々に大きく見えてくる聖都の外壁。
何人をも寄せ付けない巨大な城壁のようだ。
建前上は魔物への対策や神々をお迎えする為とかだろうが、本当の目的は他国への牽制だ。
こんな立派なものを作り上げられる国家だと喧伝する為の道具に過ぎない。
無駄なプライドの高さを表していると冗談めかして言ったが、当たらずとも遠からずといった具合だろうな。
「オルフェン、ここへは戻りたくなかったか?」
「……いえ」
そう答えるしかないだろう。
いくら色々聞き出してしまったとはいえ、私は一国の王女だ。
聖王国の腹を見せられるほど落ちぶれちゃいない。
「安心しろ。誓って悪いようにはしない」
「……かたじけない」
もうすぐ聖都だ。
セオドアが腹黒だと言い切る聖女のご尊顔が気になる所だな。
美人であれば、顔を殴るのはやめておこうか。
◇◇
「第二聖騎士団長のオルフェンだ。通してもらおう」
「ハッ!」
あのオルフェンが団長らしい事をしているな。
私の前では困り顔しかしていなかったが、こうして平の聖騎士の前では団長らしい佇まいだ。
顔パスで馬車が聖都を通った。
やはりこやつを連れてきてよかったという事だ。
「それと、アストリア王国のお転婆姫がご同乗なされている。後で聖都を案内する者を『女神聖堂』まで寄越してくれ」
「お、お転婆……?いえ、かしこまりました」
おい、お転婆姫とは何だ。
やり返すぞ私は。
「おい、そこの。案内役の聖騎士は女性を頼む」
「ハッ!」
馬車から顔を出し、門番へ命じる。
「…………」
無言の圧力を目の前の男から感じる。
「なんだ?私は一国の姫だぞ。案内には女を寄越すのが常識だ」
「それもそうなんですが……。失礼ながら、殿下と話しているととても年頃の乙女だとは思えないのです」
あの堅物が、中々鋭い事を指摘するじゃないか。
お前の言う通り、私はお前より年上だ。
「年頃の乙女に向かっていうセリフではないな。全く、聖騎士ってのは皆デリカシーが無いのか?」
「デリカシーが無いのは殿下なのでは……」
聖都の街並みを横目にくだらない会話をする。
「何を言うか。私の心はこの聖都のように真っ白で美しいものだ。ここの聖都を見ると私の心の有り様を真似されているかと思う程にな」
「……お戯れを」
諦観を示すかのように目を閉じてしまうオルフェン。
この街はとても綺麗だ。
街全体が神殿のように荘厳で格式高い雰囲気を感じる。
これを維持している辺り、確かな国力があるだろう。
それに、人々の顔は明るい。
信仰による抑圧的な思想が蔓延しているかと危惧していたが、そういう訳でもなさそうだ。
この街を見る限りは、だがな。
少々、明る過ぎる。
「そろそろ『女神聖堂』に到着します。しばらくはこちらでお過ごし頂きますよう申し上げます」
女神聖堂?
「さっきも言っていたな。女神聖堂ってのは何だ?」
「この国で一、二を争う格式高い宿舎です。食事も提供しております故、賓客を迎え入れる際によく使用します」
つまり、良い宿って事か。
それにしても……。
「女神ときたか。男神聖堂もあるのか?」
そう聞くと、オルフェンは驚いたように眉を上げた。
「よく分かりましたな。我らが母には性別の概念がありませんが、女神だと信奉する者が何十年も前に女神聖堂を作り上げました。それに異を唱えた男神派が、競うように男神聖堂を建て、お互いに生産的な競争を生んでいるようです」
ティナともそんな話をしたな。
セラフィエルは女神か男神か。
全くもってどうでもいいが、そのどちらでもいい感覚が悪い争いを生まないのだろう。
どちらでもいいから争いが起きない対立が生まれ、競争し、発展する。
「経済において独占は停滞を生む。女神聖堂ではなく、男神聖堂を建てた者が賢者であると私は思う。意識しているか分からないが、とても分かりやすい名前だ」
「ふむ……殿下は博識であられますな。私にはよく分かりません」
感心するように頷く。
だがな、そんな事は知っていて当然だろう。
「自分に関係ない領域だから学ばないのか?剣の腕だけを磨いているからそうなるのだ」
その意思の強い瞳が私を写す。
話を聞く体勢ができている。
「いいか?武器は剣だけではない。魔法が武器になるように、言葉も武器であり、知識も武器である。己を磨く手段が一つ、あるいは二つだけである等と自惚れるな」
つい二日前に言葉によって操られたオルフェンには耳の痛い話だろう。
頭痛を堪えるように目を細めた。
「ご高説、痛み入る」
「お前が聖堂騎士になれなかった理由の一端が垣間見えたな。弱い癖に手段を選ぶんじゃない。お前は格上に挑むのに聖書を持ち出すのか?」
私はイケてるジョークを口にしたが。
「フッ。……そのジョークは、とてもつまらないですよ」
あまり口に合わなかったようだ。
◇◇
「た、たたっ、大変ですぞ〜!大変です聖女様!」
脂ぎった豚が臭い汗を垂らして駆け回っている。
とても残念な事に、その目的は私に会うことだそうだが。
「ゲリウス枢機卿、そんなに大声を出されなくても伝わりますよ。ひとまず落ち着かれてはいかがですか?」
その口からの悪臭に鼻が曲がりそうだ。
顔が歪むのを我慢するのはとても辛い。
勘弁してくれないか。
「あ、こ、これは失礼を……!ふーっ、ふーっ」
私の目の前で深呼吸をし出すゲリウス。
両手を膝につけて下を向いたままだ。
最悪だ。
まさか悪化するとは思わなかった。
今なら顔を見られる事もないだろう。
一瞬だけ顔を作るのを辞める。
今の私はとても人様に見せられる顔ではないだろう。
仕方の無い事だ。この男は普段から私の身体に、まるで全身を舌で舐めているかのような視線を向けている。
全くもって腹立たしい。
お前に差し出せる物など一つもない。
「取り乱してしまって申し訳ない……。聖女様、ご報告がございます」
「聞きましょう」
ゲリウスが顔を上げると同時にいつもの顔に戻す。今の私は慈愛に溢れた聖女の顔だ。
しかしながら、枢機卿ともあろう方がここまで取り乱す事はあまり無い。
何か事件が起きたか。
それも余程の事件だ。まるで予想していなかった出来事が起きたのだろう。
突拍子が無く、意外性のある事。
そしてそれは致命的に悪い事であり、枢機卿が慌てる程の問題。
問題……?
私の神託はそもそも問題だ。
今になって騒ぎ出すような事は……。
………………ッッ!!!
ま、さか。
まさかまさかまさか。
まさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさか。
「あの姫が……!獅子姫が突然聖都へ来訪しました!」
「〜〜〜〜〜〜〜ッッッッ!!!!!」
私は興奮が抑えられなかった。
そう、なんて言えばいいのだろう。
『爆発』
多分それ、それだ。
私は爆発した。




