十七話 維持
瞬きを繰り返し、何が起こったのかクラクラする頭で必死に思考する。
直前の行動が思い出せない。
何をしていたのかすらも。
そんな状態で煙の立ち上る空を眺めていた時だった。
「―――鬼丸さん‼︎」
視界に見知った顔が入ってきた。
泣きそうな顔で、いや、涙を流している顔で。
「……ぁ」
「鬼丸さん! っ、移動します。力を振り絞って捕まっててください!」
担ぎ起こされ移動する。振動が全身に伝わってきている。
「おい! まずいぞ、防壁が‼︎」
「補強だ! 補強しろ!」
「くそっ、総隊長は⁉︎」
「あの三首2体を同時に相手してるんだ、すぐにはこれねぇよ‼︎」
周りからはそんな阿鼻叫喚とした叫び声が上がっていた。
地面が軋む音、防壁が限界を訴える音、指揮系統が混乱し始め統率の取れなくなっていく様。
戦場は地獄と化した。
「っ、どこに向かえば……‼︎」
背負って走っていた見知った顔、律が立ち止まり周囲を見回した。
怪我人を退避させるに相応しい場所があらず、困惑しているのだ。
「……くっ、うっ。も、もう良いぞ。わしは、もう治っておる……」
「そんな! まだ治ってないですよ、足がまだ反対に曲がってるじゃないですか!」
「……くっ」
それに頭からも、と必死な顔で言ってくる律の言葉に、手で額を触れてみるとペチャっと、手先に血が付着した。
「無理もないですっ、あんな速度で高さから落ちたんですから……」
律の言葉を聞いて、ようやっと理解が追いついた。そして直前の記憶も思い出した。
「……っ、あの竜はどこじゃ!!」
「あ、あちらです……」
律が指差すのはこの戦いが始まる前に一度集まった広場だった。
竜はただそこに鎮座し、翼を広げるだけで何もしてこないが、ただそれだけでも災害のような被害を生み出し続けている。
どこからともなく竜巻が発生し、魔獣の波を食い止める防衛隊へと襲い掛かり、前線が崩壊する。
崩壊した箇所から魔獣が押し入ってきては吹き飛ばされた防衛隊を囲んで殲滅する。
統率された軍隊のように。
「……なんて様じゃ。わしも、ここも」
食い止めることができなかった自分に腹が立つ。
そのせいで防衛隊は。
「葛葉はどこじゃ」
「……わかり、ません。もう、情報の伝達ができないなんてレベルじゃないんです。もう、何もかもが崩壊してます……っ」
「そう、じゃったな」
分かりきったことを聞いてしまった。そう思いながら立ち上がった。
「っ、鬼丸さん……?」
「わしは行くぞ。前線を維持する。あの竜に挑むのは雑兵を蹴散らした後じゃ」
「そんなっ、無茶です! 千はいるんですよ!?」
「無茶じゃったら戦わぬのか? おぬし、それでも葛葉の右腕か? わしは伴侶じゃがな!」
弱音を吐く律へそう言い残して、物影から飛び出した。
千だろうと万だろうと、過去の戦争ではそれが日常茶飯事だった。
少数精鋭の鬼族の部隊は一人百殺が基本だ。
今の状況なら、それがただ千になっただけのこと。
ただちと武器がないのはきついかもしれない。
「が、武器がないのなら素手じゃ。手がないのなら口じゃ、口がないのなら骨じゃ、骨がないのなら魂じゃ。そうやってわしらは戦こうてきたんじゃからのう‼︎」
ガッと手始めに目の前の魔獣の頭を四頭分に爪で切り裂いた。
そして流れるように背後からやってくる魔獣の胴を貫く。
貫き持ち上げた魔獣の身体をぶん投げ、他の魔獣へとぶつける。
衝撃からか、曲げた魔獣の身体は粉々に破裂し、それが当たった魔獣の頭は潰れていた。
「挽回せんといかんのう!」
笑みを浮かべ群れを成してやってくる魔獣の前に立ちはだかる。
暴れっぷりは魔獣も理解しているが故に、恐る恐る警戒した足取りだった。
「―――クソッ‼︎」
そんな時だった、斜め後方から聞こえてくる声。
振り返ればそこには足を欠損した仲間を引き摺りながら後退する防衛隊員と、それに襲い掛かろうと駆けてくる魔獣という光景があった。
咄嗟に助けに向かおうと体の向きを変えようとした時、咆哮を上げながら飛び掛かってくる魔獣。
咄嗟に腕を前に出すことで、上半身への噛みつきを阻止した。
腕に噛み付いた魔獣を地面に叩きつけ、空いている片方の手を拳に変え、何度も撃ち放った。
完全に頭部が破裂し潰れたの確認した後、斜め後方へ振り返った。
もう遅い、頭では理解しておきながら心は否定していた。
そして目に映ったのは、
「ご無事ですか!!」
「っ、あ、あんたはっ……」
「ここは私が! あなたは早くその人を!」
「あ、あぁ!」
油断し飛び掛かった魔獣の首を一刀両断し、二人の前に立つ律の姿だった。
「……ふっ」
その光景に自然と笑みが溢れていた。
煽った甲斐があった、と口端を少々吊り上げつつも、とりあえずは自分の敵を見やった。
自分の身体を道具のように扱い、容赦なく仲間を排除する敵。魔獣の目にはそう映っていた。
故に、生物の本能が戦うことを拒否するが、後には退けないのだ。
「掛かってこい、わしが相手してやるのじゃ」
威圧感を出し、魔獣達へプレッシャーを掛ける。
戦場にで動揺は一番してはいけない行為だ。
一分一秒、コンマ数秒にすら命が懸かっているからだ。
そして鬼丸はそのコンマ数秒を逃すことはない。
走り出した、鬼丸の後に残るのは魔獣の断末魔と、無惨な死体のみだった。
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